24:末永く幸せに暮らしました←いまここ
窓を開けていないのにサァと涼しい風が吹き抜け、その風に煽られるように細かな光の粒が舞い上がる。
鈴のような軽い音が光と共に溢れ、その光が次第にゆっくりと収まり……、
そして光が消え去る前に、痺れを切らしたテオフィルが現れた。今は光の粒さえ煩わしいと手で払い除けながら。――自分の魔法なのだが――
彼の隣にはシンシアの姿もある。言わずもがな、かつてシンデレラだったシンシアだ。
「テオフィル様、シンシア、お久しぶりです」
「やぁシンデレラ、元気そうでなによりだ」
シンデレラが挨拶を告げれば、テオフィルが穏やかに微笑んだ。
かつては『師匠』『シンシア』と呼び合っていたのだが、あの日からはすっかりとこの呼び方が馴染んでいる。馴染み過ぎてまるで以前からそうであったかのように思えるのだから、やはり世界に名立たる魔法使いの魔法は凄い。
ちなみに、そんな彼等の登場に王子が「僕の部屋は鍵をかけても意味が無いね」と楽しそうにシンデレラと話している。
「この国に強い魔力を感じたからもしやと思って来てみたら、ランプの魔人だと? 願いを三つ? まったく馬鹿々々しい」
「馬鹿々々しいって、あんまりな言い草ですね」
「馬鹿々々しいに決まってるだろ。シンデレラと王子は末永く幸せに暮らすんだ。それはこの世界に名立たる魔法使いである僕が保障する。それをたかが三つの願いだと? 僕なら百でも千でも叶えてやれる」
自分の方が優れていると自負しているのだろう、テオフィルの態度はまさに居丈高。ランプの魔人の比ではない。
これにはランプの魔人も面食らったようで唖然としており、見兼ねたシンデレラが「あの」と彼に声を掛けた。
「そういうわけだから、末永く幸せに暮らせるからランプにお戻り頂いて大丈夫だよ」
「そ、そうか……。あー、それなら、私の自由を願って貰っても?」
曰く、ランプの魔人はこの数百年ずっと人間の願いを叶え続けていたという。
そもそも元はランプの魔人ではなく、ただの魔人。現状は過去に仕出かした罪への償いのようだが、話を聞くに既に禊は済まされ、解放される条件はあと一つ……。
その条件こそ『三つの願いの内の一つを消費し、自分の自由を願って貰う』ということらしい。これがなかなかどうして難しく、誰も願ってくれない……と。
「いいよ、任せて」
「あ、だがせっかくなら二つ叶えて、最後の一つで」
「じゃあいくね、自由になってどうぞ」
お願いねー、とシンデレラがランプの魔人に彼の自由を願った。あっさりと、それどころか若干食い気味に。とても軽く。
その瞬間、紫色の煙がランプから溢れ出て彼を包み始めた。魔法を使う時に舞う光の粒とは違う、それでも同じくらいに不思議な煙。
そんな煙がゆっくりと消えれば、そこには変わらずランプの魔人が立っていた。見たところ変化は無さそうだが彼なりに変わったことを実感しているのか、居丈高だった表情が今は期待に溢れた輝かしい表情をしている。
「ありがとう、これで自由だ! もうランプに入らなくて済む!」
「よく分からないけどおめでとう。入らなくていいならそのランプ貰って良いかな。明日カレーを入れたいんだ」
「ど、どうぞ……。それじゃあ私は失礼するよ。……あの魔法使いが凄い睨んでくるから。でも本当にありがとう。なにか困ったことがあれば呼んでくれ、いつでも助けに……、いや、困ったら私じゃなくてあの魔法使いに言ってくれ。それじゃあ」
ここはもう去った方が良いと考えたのか、ランプの魔人改め自由になった魔人がパンと弾けるように消えた。
紫色の煙が一筋ふわりと上がるも、これもまた急ぐように消えてしまう。
残ったのは金色のランプだけ。
「まったく、なにがランプの魔人だ。突然現れてわけの分からないことを」
「少しぐらいはランプの魔人に頼んでも良い気がしますけど」
「冗談を言うんじゃない。シンデレラと王子が末永く幸せに暮らせるように見守るのは、依頼を受けた魔法使いの役目。そうでなくとも、元弟子の幸せを見守るのも元師匠の務めだからな」
断言するテオフィルにシンデレラは肩を竦めるだけで返した。
次いでシンシアへと向き直れば、王子と話していた彼女がこちらに気付いて苦笑を浮かべた。「意外と頑固ですよね」という彼女の言葉には困っている色は皆無、それどころか頑固な一面も愛おしいと言いたげではないか。
かつて薄幸な印象を纏っていたシンデレラは、シンシアになって陽だまりのような朗らかさを纏うようになった。誰にも迫害されない生活、愛する者との日々、それが彼女を本来あるべき美しい少女に戻したのだ。
「しかしランプの魔人を追い返すとは、さすがテオフィル殿だね」
とは、苦笑交じりの王子。
この言葉にテオフィルは当然だと言いたげだ。
まったく悪びれる様子は無く、仮に魔人が戻って来てもすぐに追い返してしまうだろう。
「当然だろう。きみとシンデレラの幸せを見守るのは私の役目だ」
「僕とシンデレラか……。それは僕達の代だけで終わってしまうのかな?」
「きみたちの代?」
「我が儘になるかもしれないけど、王族としては出来ればこの国の行く末を見守ってもらいたいんだ。この先も平和が続くように、次の世代も、その次の世代も……」
魔法使いと違い人間は短命だ。王子もシンデレラもまだ若いとはいえ一日一日老いていき、いずれ終わりを迎える。どれだけ充実した人生であろうと、魔法使いからしたらあっという間だ。
それを考えたのかテオフィルが小さく息を呑み、「もちろんだ」と食い気味に肯定の言葉を口にした。
「次の世代だろうが何代先だろうが見守っていくさ。もちろん生まれ変わったシンデレラも見守る。ついでに王子様、きみの生まれ変わりも見守ってやろう。世界に名立たる魔法使いの『末永く』が一代や二代で終わるわけがないだろう」
「そうか、僕達だけじゃなくて、僕達の子供も孫も末永く幸せに暮らせるのか。有難い話だね、シンデレラ」
穏やかに微笑み、王子が同意を示してくる。
この話にシンデレラもパッと表情を明るくさせた。自分達だけではなく子供、孫、その先もずっと、世界に名立たる魔法使いが見守ってくれるなんて嬉しい話ではないか。
これは安心、とお腹に手を添えながら王子と顔を見合わせた。彼も嬉しそうに愛おしそうに目を細めて微笑んでいる。そっと伸ばされた彼の手が、自分の腹部に添えたシンデレラの手に重なった。
二人のこの仕草に先に気付いたのはシンシアだ。
さすが元人間なだけあり、気付くやいなや弾んだ声で「おめでとうございます!」と祝いの言葉を告げてきた。その声は今まで聞いた彼女の声の中で一番明るい。
対して根からの魔法使いであるテオフィルは未だピンときていないようで、「ん? どうしたんだ?」とシンデレラと王子とシンシアに順繰りに視線をやっていた。
そうして待つこと十数秒、ようやく思い至ったのか、テオフィルが「……子供」と微かな声を漏らした。
「……もしかして、子供、か?」
信じられない、だが期待が高まる。そんな声と表情だ。
以前の落ち着き払った魔法使いらしからぬ表情にシンデレラが思わず苦笑を浮かべ、はっきりと「はい」と口にした。
「先日お医者さんから言われたんです。まだ秘密ですけど、最初に話すのはテオフィル様とシンシアが良いと思って」
ね、とシンデレラが同意を求めれば、王子も嬉しそうに頷いた。
「そうか、子供か。二人の子供が……。もちろん見守るよ。二人も、二人の子供も、その子供が更に子供を産んでも、その先もずっと」
「末永くですもんね、頼りにしてますよ」
「任せてくれ。そうだ、こういう時は祝いの品を用意するべきだな。今日は戻ってまた後日改めて祝いを持ってくるよ」
嬉しそうに話しながらテオフィルが告げ、シンシアに戻ろうと告げた。
別れ際にシンシアがシンデレラの手をぎゅっと握り、改めて祝いの言葉と、そして自分も未熟ながら魔法使いとして見守ると約束してくれた。
彼女はまだ魔法使いになって二年。初歩の魔法を勉強している最中らしいが、はっきりとした言葉にはかつての彼女には無かった強い意志と頼りがいを感じられる。
そうして二人が魔法を使って部屋から去っていった。
眩い光と鈴のような軽やかな音と共に。
いつもより光が柔らかく音もオルゴールのような音楽を奏でているが、これは祝いの気持ちが込められいるからか、もしくは魔法の使い手であるテオフィルが浮かれているからか。
「なんだか賑やかな夜だったね」
魔人の居なくなったランプを眺めながら王子が話す。試しに中を覗いてみたりと興味深そうだ。挙げ句に「もう一人出て来たりしないかな」とランプを擦っている。
平然とした態度。今まさに突然の来客、それも人ならざる者達が来ていたというのに動じる様子は一つもない。むしろ楽しかったと言いたげだ。
さすが自分以外の時間が止まっても静かに話を聞いていただけある。そうシンデレラが冗談交じりに褒めれば、彼が笑みを強めた。
そんな王子の隣に並ぶように布団に入り、二人でランプの中を覗き込む。
「そういえば、これを持ってきた時に『不思議な感じがする』って言ってたね。今はどうだい?」
「なにも感じないや。もうただのランプだね。魔人が居ないから明日カレーか海老のビスクを入れよう」
「魔人が居ても居なくてもグレイビーボートじゃないんだけどね」
そんなことを話しつつ、さぁ寝ようと部屋を暗くさせ……、
「「そうだ、カボチャのスープを入れよう」」
と、二人揃えてパッと顔を上げて提案した。
一字一句同じ言葉。同じメニュー。
これにはシンデレラも王子も揃えて目を丸くさせて互いを見た。
唖然とする相手の顔、シンと静まる部屋。それら全てが面白く、数秒後、二人揃えて堪えきれないと笑い出した。
「明日の朝になったら、ネズミ達と一緒にお母様のとろこに行ってカボチャを奪ってくるよ。美味しいスープにしてもらってランプに入れよう」
「面白そうだね、僕も一緒に行こうかな」
二人で笑いながら話し、そろそろ寝ようと再び枕に頭を戻す。
眠気が湧き上がるのを感じ、シンデレラは暖かな微睡の中でそっと王子の肩に擦り寄った。とんと頭を肩にぶつければ彼が額にキスをしてくれる。
眠る直前の微睡も、寄り添う体から伝わる体温も、キスの感覚も、抱き寄せてくれる腕も、すべてが暖かい。
シンデレラは解けるような心地良さの中でゆっくりと目を瞑った。
きっと明日も楽しく幸せに過ごせる。
だってシンデレラは王子様と末永く幸せに暮らせるのだから。
…end…
『代理シンデレラだって末永く幸せに暮らしたい』これにて完結です!
サクッと読めて幸せになれる明るい物語を目指してみました。いかがでしたでしょうか?楽しんで頂けたなら幸いです。
最後までお付き合い頂きありがとうございました!




