23:シンデレラと王子様
王子の人探しから二年後。
国内は変わらず平穏に満ちており、国民は両陛下や王子、そして王子が見つけた王太子妃を心から慕っていた。
一部を除いて。
具体的に言うなら、王太子妃の継母と二人の姉を除いて。
「どうしてシンデレラが……、忌々しい!」
悔しそうに吐き捨てるのは継母。
かつては煌びやかな洋服を毎日着ていた彼女だが、今着ているのは泥塗れの作業服。手にしているのも上質の扇子ではなく農作業の道具で、家事すべてをシンデレラに押し付けて指輪で飾っていた美しい手も土に塗れて農具のタコが目立つ。
悔し気に唸り、まるで腹いせのように足元の土を蹴飛ばした。
豪華な屋敷。その庭にある畑。
シンデレラーーかつてのシンデレラであり、今はシンシアーーと彼女の亡き母親が愛したカボチャ畑。二年前、そこを継母達が踏み潰すように壊して噴水を設けようとした。
だがそれを王子と結ばれたシンデレラーーこちらはかつてのシンシアであり、今のシンデレラーーが噴水設置を止めたのだ。
噴水作りも花壇作りも全て中止し、即刻カボチャ畑に戻すよう命じた。それも業者には頼まず全て自分達だけの手作業でだ。
もちろん畑に戻すだけでは終わらない。カボチャを豊かに実らせ、実ったものを近所の者達に振る舞わなければならない。それを毎年、これから先何年、何十年も……。
そしてなにより継母達を追い詰めたのがシンデレラの父親の帰還だ。彼は娘への仕打ちを知ると継母達から資産も贅沢品も全て取り上げ、慈悲は無いと離縁を突きつけたのだ。
今は温情で辛うじて家に残されているが、それも今後の態度次第でどうなるか分からない。ゆえに継母達は文句を言いつつも必死にカボチャ畑を管理している。
見るたびに敗北を思い出させるカボチャ畑。
だがそれを整備し管理することだけが唯一の生存手段。怠れば無一文で放り出される。
敗北の象徴たるものに縋りつかなければならないのは、彼女達にとってどれだけ苦痛だろうか。
「姉達に王室関係者でも紹介してくれればいいのに、本当に気の利かない子。あまつさえカボチャを育てろですって? 当てつけよ、腹の立つ!」
「お母様ぁ、私もう嫌よ! これじゃ灰被りじゃなくて土被りだもの!!」
「そうよ。だいたいカボチャを美味しく大きく育てたいなら土の改善をしなきゃいけないわ。それに雨季の対策ももっとしっかりして、種を植える間隔も見直さないといけないのに!」
継母の苛立ちに当てられたのか二人の姉も文句を言い出す。――姉の一人がカボチャ造りに目覚めているのが気になるが――
なんて忌々しい、なんて腹立たしい。あの小娘の成功をなんとか邪魔してやりたい。
そう舌打ちしながら、「やってられないわ」と農具を放り投げた。
次の瞬間……、
ズシャ、と継母の足元の土が抉れた。
その一角だけ茶色ではなく灰色になってる。
まるで灰が巻き散らされたように。……否、巻き散らす等という緩さではなく、勢いよく投げつけてその衝撃で土が抉れたような強さだった。
更にそれが二発、三発と続く。継母の足元を囲むように……。外しているのではなく、敢えて囲んでいるのだ。
「灰の球! またシンデレラがどこかから見てるのね! あの子、最近は遠距離を放てる装置を開発して……、忌々しい!」
「お母様ぁー! 連射式になってるわー!!」
「お母様ぁー! 灰は畑に良いから程よく散布できるように四方に散りましょうー! シンデレラ、こっちよ、こっちよー! きゃー!」
継母達が悲鳴をあげ、カボチャ畑に散り散りに逃げていく。
その姿にかつての横暴さは無い。なんて哀れなのだろうか。
だが再婚相手の連れ子を虐めたのだから自業自得、むしろこれで済んで感謝してほしいぐらいである。
そう考えながら、シンデレラは灰の球を特殊装置にセットして標準を合わせるように構えた。
◆◆◆
王太子妃となったシンデレラにはやるべきことや学ぶべきことが多い。
今まで社交界のしゃの字も知らなかったのだから余計にだ。――社交界のしゃの字は知らないが、魔法使い世界のまの字は知っている。もちろん言えるわけが無いが――
幸い現王も王妃も出来た人物で、シンデレラが一般市民の出だと知ると無理のないよう学びの場を設けてくれた。成長を見守る彼等はいつも優しく、まるで我が子のように接してくれる。
王族として学び、職務を全うし、たまに空いた時間で継母達に灰の球を放つ。
これがシンデレラの日常である。
「ねぇ、倉庫で面白いものを見つけたよ」
話しつつシンデレラが寝室に入ったのは一日を終えた夜。
手には金色のランプを持っており、「見てこれ」と王子に差し出した。
先にベッドに入り本を読んでいた彼も珍しそうにそれを受け取り、横から下からと眺めだす。倉庫にしまわれている物はある程度は把握しているらしいが、どうやらこのランプには覚えがないらしい。
「倉庫にしまわれていたってことは、どこかの国からの贈答品かな?」
「なんだか不思議な感じがするんだよね。明日カレーを入れようよ」
「これはグレイビーボートじゃなくてランプだよ」
「それなら海老のビスクを入れよう」
楽しみ、とシンデレラが笑えば、王子もつられて表情を綻ばせた。
そんな彼の手にある金色のランプ。それを見つめ、シンデレラはふと側面に何かが彫り込まれている事に気付いた。
柄というよりは文字だろうか。だが覚えのない文字だ。元魔法使いの名残りでシンデレラは言語能力に長けており、近隣諸国はおろか海を越えた国の言語も理解出来る。それでも読めないのだから現存している言葉では無さそうだ。
「ちょっと錆びてるし、綺麗にしたら分かるかな」
試しに、と文字が彫り込まれている側面を袖で拭ってみる。
側面についた錆が少し剥がれた……、と思った瞬間、ランプの先端から紫色の煙が溢れ始めた。
「わっ」と声を出したのはシンデレラか王子か、もしくは二人揃ってか。王子が咄嗟にランプを放れば、ランプはカランと床に落ち……、
そこに現れた一人の青年の手に拾い上げられた。
部屋に入って来たのではない。突然そこに現れたのだ。
まるで魔法で出現したかのような青年の登場に、二人が同時に目を瞬かせた。
「驚かせたな。しかし喜べ、運の良い人間。私はランプの魔人、お前の願いを三つ叶えてやろう」
堂々と、それどころか居丈高な態度で青年が告げてくる。
『ランプの魔人』というのは事実だろう。彼の纏う空気は確かに人間のものとは違う。
「願い?」
「あぁそうだ。人の生き死に以外なら金でも名声でも何でも三つ叶えてやろう」
どんな願いでも問わないというランプの魔人に、思わずシンデレラは王子と共に顔を見合わせてしまった。
なんとも不思議な話ではないか。これはまさに魔法のよう。
だけど……、
「そういうのは足りてるから大丈夫だよ」
シンデレラがはっきりと答えた。
その瞬間の室内の静けさと言ったらない。
先程まで居丈高だったランプの魔人も唖然としている。
「……足りてる?」
「うん。足りてる。というか足りすぎているぐらいで、多分怒ってる」
「なにが」
なにが怒っているのか。そうランプの魔人が尋ねようとしてくる。
だがそれに被さるように「怒るに決まってるだろ!」という声が寝室に響いた。
次話で完結です!
今夜21時頃更新予定です。最後までお付き合い頂けると幸いです。




