22:人探しは最後まで
細かく、眩く、軽やかな音を奏でる光の粒。それらが風に煽られるように宙を舞い、シンシアとシンデレラを包み込んだ。
シンシアの視界が光の粒で覆われ、まるで世界すべてが輝いているかのようではないか。
眩しい。だが眩しすぎない。不思議と柔らかさと温かみを感じさせる輝き。その美しさと言ったら無いが、世界に名立たる魔法使いが本気で、そして想いを込めた魔法なのだから当然と言えば当然か。
そんな光がゆっくりと消えていき、眩く輝いていたシンシアの視界がゆっくりと元に戻っていった。
そこに居るのは変わらず王子だ。それとテオフィルと、彼の隣には目を瞬かせるシンデレラ。
……いや、シンデレラではない、彼女はシンシアだ。
そして自分こそがシンデレラだ。
「私、シンデレラになってる……。変なの、何も変わってないのに、なんだかはっきりとシンデレラだって分かる」
「『変なの』とはなんだ。これこそが魔法だろう」
まったくと言いたげにテオフィルが話す。
次いで「シンデレラ」とはっきりと呼んできた。シンシアに。……否、今はもうシンデレラだ。
テオフィルの「シンデレラ」という呼びかけが胸に馴染み、シンシアだったシンデレラははっきりと「はい」と返事をした。
「シンデレラは人間だ。だからもう魔法は使えない。でも安心しなさい、世界に名立たる魔法使いのこの僕が幸せでいられるようサポートするから」
「末永く幸せに暮らしました、ですもんね」
「あぁ、任せなさい。それじゃあ、世界への報告があるから一度僕とシンシアは戻るよ。時間の停止を解除したい時は指を鳴らしなさい、それで解けるようにしておくから」
手短に説明し、テオフィルが「行こう」とシンシアに告げた。
つい先程までシンデレラだったシンシアに。
彼女もまた自分がシンシアになったという自覚があるのだろう、穏やかな声色でテオフィルに応え、次いでシンデレラへと向き直った。シンデレラだったシンシアと、シンシアだったシンデレラが見つめある。
「シンデレラさん、本当にありがとうございました」
「私の方こそありがとう、シンシア。師匠と……、テオフィル様と幸せに」
「はい。シンデレラさんも王子様と幸せに。私もしっかりと末永くサポートしますから」
穏やかに微笑むシンシアは幸せそうで、かつてあった薄幸そうな印象も儚げな印象もない。
そんなシンシアがテオフィルと並んで立つ姿はお世辞抜きにお似合いである。二人とも幸せそうで、テオフィルが「また会いに来るよ」と告げるとパッと姿を消してしまった。まるでシャボン玉が弾けたかのように。
二人がいた場所はしばらくキラキラと光が瞬き、それも次第に薄れていった。
そうして最後に鈴の音のような音が軽やかに響き、周囲はシンと静まった。
そんな沈黙を破ったのは、
「ところで」
という一言。
シンデレラが横を向けば、そこに居るのは当然だが王子だ。
彼は穏やかに微笑んだままシンデレラを見つめ、目が合うと愛おしそうに目を細めた。元より麗しい顔立ちの彼の顔が、今のシンデレラの目にはより眩く映る。
「これでようやく僕はきみの名前を呼べるんだね」
嬉しそうな王子の声。改めるように手を握ってくる。
だが彼が「シンデレラ」と言いかけるのを、シンデレラは人差指で彼の唇を押さえることで制止した。
王子の目が丸くなる。どうして? と言いたげな不思議そうな表情。どことなくお預けを喰らった子犬のような色もあり、シンデレラは思わず小さく笑ってしまった。
まだだ、
まだ、あと少し。
「時間を戻すから、ちゃんとそこで『私』を見つけて」
ね、とシンデレラが悪戯っぽく笑えば、王子も理解したのだろう楽しそうに笑みを零す。
パチン、と、シンデレラが指を鳴らした。
物語の山場の始まり。
否、山場の再開だ。
◆◆◆
「王子、こちらにいらしたんですね」
王子の護衛が部屋に入ってきたのは、シンデレラが指を鳴らした直後。
まさか自分が魔法で止まっていた等とは思いもしていないのだろう、平然とした様子である。シンデレラを見ると「こちらの女性は」と尋ねてきた。
どうやら『食い下がる継母達に辟易した王子が『もう一人の娘』を探すため家の中に入っていった』という事になっているらしい。もちろんこれは魔法による辻褄合わせである。そうしないと、彼等にとっては王子が瞬間移動したことになってしまう。
「彼女がこの家の三人目の娘さんだ。すぐに靴を履いてもらおう」
「かしこまりました。準備をしてまいります」
警備が颯爽と部屋を出ていく。他の警備や側近になにやら話している声が聞こえるが、きっとガラスの靴の準備をしているのだろう。
靴を履いて確認するのは今更すぎる話だ。なにせもう全て分かっており、きっと魔法使いらしい魔法使いならば『無駄』だの『二度手間』だのと言って呆れるだろう。
だが二人にとってはその今更こそが面白く、小声で「笑わないようにね」「きみこそ」と話しつつ護衛の後を追った。
王子と共に現れたシンデレラを見て、二人の姉は不満そうに顔を顰めた。対して継母は辛うじて外面を保ちはしているものの、「あら」という声は図随分と冷ややかで白々しい。
「シンデレラ、そんなところで聞き耳を立てていたのね。申し訳ありません、顔も出さずに盗み聞きなんてはしたない真似を。この子は夫の連れ子で、どうにも前の母親に甘やかされたようで礼儀というものを知らず……」
謝罪をしつつ継母がシンデレラをこき下ろす。挙げ句に、「こんな娘が王子の相手なわけがない」とまで言い出すのだから相変わらずだ。
挙げ句にシンデレラには試す必要も無いと部屋に戻っているように命じてしまう。
だがその横暴さに待ったが掛かった。
「それを決めるのは貴女ではありません」
きっぱりと継母の話を一刀両断したのは王子。
淡々と静かに、声を荒らげるでもなく、話を遮るわけでもなく。たとえ横暴な人物だろうと自国の国民なのだからと考えているのか、嫌悪を隠した口調はさすがだ。
だがその言葉の奥に密かな怒りがあるのは彼を知っていれば誰でも分かるだろう。普段の穏やかで朗らかな口調とは違いすぎる。
次いで彼はパッとシンデレラの方へと向き直ると、穏やかな笑みを浮かべて「こちらへ」と促してきた。
「お嬢さん、どうかこちらで靴を履いて頂けますか」
「えぇ、もちろん」
分かりきった展開に笑いたくなるのを堪えてシンデレラが王子に付いていく。
そこでは護衛が数人並んでおり、一人がガラスの靴を準備していた。質の良いクッションの上にちょこんと飾られたガラスの靴はまるで芸術品のような美しさではないか。靴を履くために用意された台にさえも装飾が施されている。
たかが靴を履くだけ。だがそれは王子の人探し。それも未来の王妃になる女性を探すのだ。なるほど装飾が多めになるのも頷ける。
そうして台の上に乗せられた靴にそっと右足を伸ばした。
全員の視線が自分の足に注がれるのはなんとも不思議な感覚だ。
それでもゆっくりとガラスの靴に足を入れる。指先にひんやりとした冷たく硬い感触が伝い、靴の奥へと進めれば馴染むような心地良ささえある。
最後に踵を入れれば、シンデレラの右足はガラスの靴に包まれた。誰が見ても分かるほどぴったりと。小さすぎることもなく、大きすぎることもない。まるでガラスの靴含めてシンデレラの右足かのように。
おぉ、とざわついたのは王子の側近や護衛達だ。歓喜の色さえあがっており、数人はすぐに城に報告にと馬に乗って走っていった。
対して息を呑み顔色を青ざめさせたのは継母達である。二人の姉はわけが分からないと混乱し、継母も取り繕う余裕を無くしたのかわなわなと震えている。
そんな周囲の反応を他所に、シンデレラは目の前の王子に視線をやった。
彼は穏やかに微笑んだままそっと片手を差し伸べてくる。もちろんこれを拒否する理由は無く、己の右手を彼の手に置いた。
「ようやく見つけた。名前を聞いても?」
柔らかく手を握り、王子が名前を尋ねてくる。
彼の問いに、シンデレラもまた笑みを零し、ゆっくりと口を開いた。
「シンデレラ。私の名前はシンデレラです」




