21:シンシアとシンデレラ、シンデレラとシンシア
『魔法使いも今日まで』
テオフィルの言葉に、シンシアは理解出来ず呆然としてしまった。
真意を尋ねることも出来ず、数度ぱちくりと瞬きをしながらテオフィルを見つめる。彼は随分と落ち着いており、シンシアが唖然とするのも仕方ないと言いたげに頷いて返してきた。
「突然こんな話をしてすまない。だが『世界からの依頼』は魔法使いの義務、それを破るなら魔法使いでいられなくなる」
「そ、そんな……。だって、このままシンデレラがガラスの靴を履けばいいのに、どうして」
「シンデレラは僕と生きる。いや、僕がシンデレラと生きる、と言った方が正しいかな」
「それって、師匠……」
「シンデレラと生きるために人間になる」
淡々とした声。落ち着いた口調。それでいて揺るぎない意志を感じさせる。
対してシンシアは落ち着いてなど居られず、矢継ぎ早に告げられる事実に思わず「えぇっ!?」と声をあげてしまった。ようやく彼の言わんとしていることを理解出来た、だが理解したからこそ混乱してしまう。
「し、師匠が人間に!? だって師匠は、でもそうしたら、なんで」
「言いたいことは分かるから落ち着きなさい。僕もどんなリスクがあるかは理解している。それでもシンデレラと生きていきたいんだ」
テオフィルの瞳が己に寄り添うシンデレラに向けられる。優しい瞳だ。
彼の決意を聞くシンデレラは悲痛そうな顔をしているものの、それでも自らもまたテオフィルへと身を寄せた。
離れられない、離れたくない。そんな二人の切実な訴えが聞こえた気がする。
「シンデレラと共に過ごして日々の美しさを知ったんだ。食事の美味しさや他愛もない会話をする楽しさ。『効率』よりも大事な『充実』だ。シンデレラは僕にそれを教えてくれた」
「シンデレラが……」
「あの生活を手放すなんて考えられない。魔法使いとして効率だけを考えて生きる無限の時間より、シンデレラと共に生きる数十年の方が尊いと思えたんだ」
だからとテオフィルが話せば、不安気だったシンデレラが小さく彼を呼んだ。
彼の決意を受け止めた嬉しそうな表情。細められた目には薄っすらと涙が浮かび、「私も……」と呟くような声は小さいがこちらもまた決意を感じさせる。
「私もテオフィル様と一緒に生きていきたいです」
涙ぐんだシンデレラの声には喜びの色が溢れている。今まで聞いた彼女の声で一番感情に満ちた声だ。
見つめ合う二人は幸せそうで、どんな問題が起ころうが離れるまいという強い意志が伝わってくる。想い合う二人の、片時も離れまいという強い意志。これほど熱を感じさせるものはない。
だけど、そんなの……。
「そんなの……、ずるい」
「確かにシンシアが非難するのもわかるが……、ずるい?」
責められる覚悟はしていたが『ずるい』という言葉は予想外だったのか、テオフィルが目を丸くさせた。
「ずるいって、どういう事だ?」
「だってずるいですよ。私だって、出来るなら人間になって……、それで」
それで、彼と。
シンデレラじゃなくて、いや、代理シンデレラとしてだっていい。
私が彼と暮らしたい。
痛む胸の内を押さえつつ、シンシアが俯きながら呟くように語り……、
「そうだ! 私がシンデレラと正式に入れかわれば良いんだ!」
と、パッと顔を上げた。
「シンデレラとシンシアが?」
「はい。私が『人間のシンデレラ』になって、シンデレラが『魔法使いのシンシア』になるんです! テオフィル師匠ならそれができるでしょう!」
「ま、まぁ、二人を入れ替えるぐらいなら。でも、そうすると……」
「私だって人間の生活を尊いと思っているんです。むしろずっと前から言ってました。私の方が先です!!」
「……そうだな、お前は以前から話していたな。今まで理解してやれなくてすまなかった」
苦笑交じりのテオフィルに、シンシアは胸を張って「ようやく理解できましたか」と返した。
弟子らしからぬ態度と言うなかれ、この話が通ればもう弟子ではなくなるのだ。最後に一度くらい調子に乗っても許されるだろう。現にテオフィルも苦笑を強めるだけで、咎めるどころか得意げなシンシアを愛でるように目を細めている。
そんなやりとりの中、
「僕も名案だと思うよ」
という、穏やかで爽やかな男性の声が聞こえてきた。
全員が驚いて声のした方を見れば、部屋の扉を前に立つのは……、王子だ。
「王子様!? な、なんで、どうして、止まってるんじゃないの!?」
「僕以外はみんな止まっているよ」
「きみが王子か……、どうして動けているんだ? 僕が掛けた魔法は?」
「魔法というのはよく分からないけれど、多分この子のおかげだろうね」
王子が肩を竦めれば、彼の背後から小さな何かが肩に現れた。
ネズミだ。
一匹のネズミが彼の肩に乗り、チュッ! と高い鳴き声をあげた。
曰く、会話の最中にネズミの鳴き声が聞こえ、次の瞬間には周囲全てが止まっていたという。
彼自身は止まっていた時間のことは覚えておらず、ネズミに説明されて初めて、自分が周りと同じように停止していたのだと知った。
そうして顛末をネズミから教えられ、シンシア達の話を静かに聞き、先程の発言に至る……。
「僕は魔法使いでもないし、『世界からの依頼』というのもネズミからの又聞きで詳しくないから、とりあえず大人しく話を聞いていたんだ。それで、僕は『シンデレラと末永く幸せに暮らす』ということで良いのかな?」
「そ、そうなんだけど……。でも、シンデレラは」
「話を聞いた限り、シンデレラはきみじゃないんだよね」
王子に問われ、シンシアは僅かに躊躇い……、だが小さく頷いた。
彼は確認がとれたと言いたげになるほどと頷き、次いでシンデレラへと視線をやった。
「きみがシンデレラで、僕はきみと結ばれる。……というのが、『世界からの依頼』なんだね」
「は、はい……。そう、らしいです」
「だけど君はそれを反故にしたい。そこで、二人が入れかわろうとしている。なるほど」
納得したと言いたげな王子の口調。どうやら事の顛末を確認し終え、彼なりに理解できたのだろう。
かと思えば今度はパッと明るい表情を浮かべた。次いで出た彼の発言が、
「それなら、僕はこのまま黙って話を聞いていた方が良さそうだ」
と、これである。
思わずシンシアが「え?」と声をもらした。シンシアだけではない、テオフィルやシンデレラまで驚いている。
だというのに王子は堂々としたもので、「どうぞ話を続けて」と上品に促してきた。この流れで話を続けられるわけがないのに。
「このままって……」
「だってこのまま黙っていれば、きみがシンデレラになるんだろう?」
王子が呼ぶ『きみ』とはシンシアのことだ。
そして確かに、このままの流れではシンシアがシンデレラになりつつあった
彼はそれを望んでくれている。つまり……。
「僕としてもきみにシンデレラになってほしい。そうすれば僕と結ばれてくれるんだから」
微笑んで王子が言い切る。
爽やかな笑み。それでいてどことなく悪戯っぽい色もあり、シンシアが目を丸くさせて見つめているとパチンとウィンクしてきた。
そんな彼の笑みに背を押され、シンシアは「私も!」と声をあげると彼の手を取った。
「私も貴方と結ばれたい!」
ずっと胸の内にあった気持ち。
それをはっきりと、彼の手を強くに握り見つめたまま伝えれば、胸の内が弾むと同時に一瞬にして晴れやかになった。
「師匠! 私、シンデレラになりたいです!」
「そういうことか。まさか二人同時に人間に恋をするとは、やっぱり師弟なんだな。それじゃあ可愛い弟子に師から最高の魔法を贈ろう。準備はいいね。シンデレラも、これで良いかな」
シンシアに対しては以前通り苦笑交じりに、シンデレラに対しては穏やかに優しく、テオフィルが問う。
これにシンシアは「はい!」と力強く答えた。王子と手を繋いだまま……、が良かったのだが、「もしかしたら魔法が伝わって二人ともシンデレラになっちゃうかも」と案じてひとまず手を放しておく。
そしてシンデレラもまた、穏やかながら意志を感じさせる声で「はい」と返した。こちらはテオフィルを見つめたまま。
そうしてテオフィルが片手を軽く振れば、彼の手からとびきり美しい光の粒が舞い上がった。




