20:ガラスの靴の人探し(巨大カボチャを添えて)
「シンデレラ、こんなところに居たの? さっさとお茶の準備をしなさいよ。相変わらずノロマで……、きゃー!」
「お母様ー! シンデレラがノールックで灰を投げてくるー!!」
両手に構えた灰の球をそれぞれ投げつければ、二人の姉に見事にヒットした。
左右どちらも姉達のスカートを見事に汚す、なんという狂いの無いコントロール。哀れ二人の姉は「シンデレラのくせに高い命中率よー!」「抜群のサウスポーよー!」と情けない悲鳴をあげて逃げていった。
そうしてしばらく待つと現れたのは継母。怒りを露わにした表情できつくシンシアを睨みつけてくる。その背後には身を隠す二人の姉がいるのだが、これも含めて見慣れた光景である。
「シンデレラ、貴方こんなに素敵な姉に灰を投げつけるなんてどういう……、やめなさい、話の最中に投球の構えになるんじゃないわよ」
「灰を投げる……、灰を投げてこそのシンデレラ……、灰を投げぬシンデレラはシンデレラにあらず……」
「やだ、この子、灰を投げる事に自我を奪われている……。とにかくさっさとお茶の準備をなさい。まったく、なんでこんな変わった子になったのかしら。以前の従順なノロマの方がまだマシよ」
「くらえ!」
継母とて容赦はせぬ! とシンシアが灰の球を投げつけた。
見事球は継母のワンピースに命中。やたらと豪華なワンピースに灰の汚れはよく目立つ。
当てられた継母は怒りにわなわなと震え、シンシアを怒鳴りつけようとし……、だがノックの音を聞くと跳ねるようにそちらへと向いた。表情は一瞬にして期待に満ち「来たわ!」という声は普段よりも明るい。
「二人共、早く着替えてらっしゃい。シンデレラは屋根裏に居て出てくるんじゃないわよ、いいわね」
「はい、お母様」
「分かったわ、お母様」
「嫌です、お母様」
一人だけ断固拒否の構えをシンシアが見せれば継母が露骨に顔を顰めた。
だが今はシンシアの相手をする暇はないようで、「顔を出さず大人しくしていなさい」と譲歩の命令を出して玄関へと向かってしまった。「今出ますのでしばしお待ちを」と外にいる者に声をかけるが、その声は普段以上に高く鼻にかかっており、つい先程まで娘をいびっていたとは思えない。
おかしい、とシンシアが首を傾げれば、二人の姉が「一番綺麗な服を着ないと」「一番素敵な服を着ないと」といそいそと自室へと向かっていった。
突然の来訪は王子と彼の護衛達。街で噂になっている『王子様の人探し』だ。もちろんカボチャではなくガラスの靴を使っての人探しである。ーーなぜか巨大カボチャも持ってきているーー
ガラスの靴がぴったり合う、世界で一人だけの女性を探している。
そう王子から直々に説明を聞き、継母と姉達は自分達こそが探している女性だと名乗りをあげた。
継母に至っては既婚者ではと王子の側近に言及されていたが、そこは無理やりに押し通してしまった。その際の「夫は長く遠方に行っており、未婚のようなもの」という言葉のなんと白々しいことか。
そんな悪意のある三人にガラスの靴が応えるわけがない。
現に上の姉は靴が小さすぎて、下の姉は靴が大きすぎる。継母に至っては足先を先端にいれることすら出来なかった。
明らかに靴の持ち主ではないと分かる。だというのに三人はしつこく言い訳を始め、もう一度履かせてくれと粘りだした。
「今日は足が浮腫んでしまっているの。明日ならきっとピッタリ入るわ。だって私の靴だもの!」
「違うわ、私の靴よ! パーティーの時だって大きすぎたのよ、それを詰め物をして履いていたの。だからこれは私の靴!」
「二人共落ち着きなさい。ですが聞いて頂けましたよね、そういうわけですから後日また」
三人がなんとか食い下がろうとする。
だがそれに対しては王子の側近が「靴を履くのは一人につき一度のみ」ときっぱりと断りを入れた。
心なしか王子を庇うような仕草をしているのは、継母達のしつこさに警戒しているからだろうか。
「届け出では、この家にはもう一人娘さんがいらっしゃるはずでは」
「あ、あの子は……。舞踏会には行っていません。興味が無いからと舞踏会の晩は家に籠っていたんです。皆様の前にお出しするのも恥ずかしい変わり者で、親の言う事をまったく聞かないし、灰に塗れるどころか灰を投げつけてくる子なんです」
嫌悪を露わに継母が伝え、二人の姉もそうだそうだと同意する。
先程までの強引さが嘘のように継母は儚げになり、姉達も悲痛さを醸し出す。途端に彼女達は『変わり者で乱暴な娘に困らされている可哀想な家族』ではないか。その変わり身の早さと言ったらない。
これには王子の側近や護衛達も騙されたようで、「そんな変わり者なら」と次の家へ行こうかと話している。
だが王子だけはそれでもともう一人の娘を呼ぶように継母達に頼んだ。
変わり者でも良いと言いたげに。むしろ変わり者の娘だからこそと言いたげである。食いつきが良くなっているのは気のせいだろうか。
変わり者の、この家のもう一人の娘。
言わずもがなシンデレラの事だ。
「しまった! 聞き耳立ててる場合じゃない、シンデレラを連れてこないと!」
隣の部屋の扉に身を隠していたシンシアがはっと我に返った。
ここで本来ならばシンデレラが登場するべきなのだ。
そしてガラスの靴を履き、シンデレラこそが王子が探していた女性だと判明する。これが『世界からの依頼』で指定されていた流れである。
だが今この家に居るのはシンデレラではない、代理シンデレラのシンシアだ。
ガラスの靴はぴったりはまるだろうけれど、それでは駄目だ。
……駄目だ。でも。
「今、もしも私が……」
今ここで彼等の前に出てガラスの靴を履いたらどうなるだろうか。
むしろ王子ならガラスの靴を履く前に気付いてくれる。
そうしたら、彼とずっと、末永く幸せに……。
「な、なに考えてるんだろう……。シンデレラを連れてこないと」
一瞬浮かんだ考えを頭を振って掻き消し、すぐさま師匠であるテオフィルに連絡を取ろうとする。
だがそれより先に「シンシア」と声を掛けられた。
振り返れば、先程まで居なかったはずの師の姿。それと彼の隣にはシンデレラもいる。
「師匠! 良かった、あの、今王子が来ていてガラスの靴を持ってきてて。あっ、カボチャもありますよ! 王子様はカボチャも持ってきてるんです!」
「落ち着きなさい、状況は把握してる。だから来たんだ。……少し話をしよう」
諭すようにテオフィルが告げ、パチンと指を鳴らした。
その瞬間、周囲に光の粒が舞い上がる。……が、舞い上がるだけだ。ドレスを作り上げるわけでもなく、カボチャを馬車にするでもない。だが確かにテオフィルは魔法を使ったはず……。
魔法の行方を探すようにシンシアは周りを見渡し、ふと継母達の声が聞こえてこないことに気付いた。あれだけもう一度ガラスの靴を履きたいとしつこく食い下がり、かと思えばシンデレラのことを扱き下ろしていたのに。
いったいどうしたのかと覗いて様子を窺えば、彼女達は確かに玄関に立っている。それに王子や彼の側近と護衛達も。
だが居はすれども動いてはいない。継母と二人の姉は必死に何かを訴えるように口を開いて前のめりになったまま止まっており、王子や護衛達はそれを受けて困惑の表情を浮かべたまま、こちらもまた止まっている。まるで静止画のように。
「時間を止めたんですか?」
「話をするために少しばかりね」
「さすが師匠、時間も止められるなんて凄いですね!」
「そりゃあ、僕は世界に名立たる魔法使いだからな。……でもそれも今日までだ」
「……え?」
静かな声色で告げられたテオフィルの話に、シンシアは聞き返すことも出来ず躊躇いの声を漏らした。
今、彼はなんと言った?
『世界に名立たる魔法使い』だと。だけどそれは『今日まで』だと。
まるで今日を境に魔法使いを辞めてしまうかのようではないか。
「師匠、どういう事ですか?」
「シンシア、ここまで協力してくれて申し訳ない。だが僕は『世界からの依頼』に反することにした。魔法使いも今日で終わりだ」
テオフィルの口調は言い聞かせるような優しさを含みつつ、はっきりとした意志を感じさせる。さながら宣言のよう。
彼の隣にはシンデレラが居り、彼女は眉尻を下げて困惑の表情を浮かべつつ、それでもテオフィルに寄り添っている。彼女の肩にはテオフィルの手が乗せられており、不安がるシンデレラを宥めるようにそっと己の方へと引き寄せた。
その距離は、寄り添いあう二人は、まるで恋仲のようではないか。




