17:王子様の人探し(違う、そうじゃない)
『王子様が舞踏会で踊った女性を探している』
という噂が街中どころか国中に広がったのは、舞踏会から数日後のこと。
図書館の司書からその話を聞いたシンシアは思わず小さくガッツポーズをしてしまった。
まさに『世界の依頼』が指示してきた通りの展開だ。首尾よく話が進んでいる。
……もっとも、
「手がかりは巨大なカボチャなんですって。それを元に女性を探して回っているらしいの」
という続きを聞いた瞬間には、今度は落胆で膝から頽れてしまったのだが。
突如頽れたシンシアに周囲の者達がぎょっとし、司書が怪訝な顔でカウンター越しに覗いてくる。
「……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……。でも、巨大なカボチャって……」
思い当たる節がある。否、ありすぎる。
だがもちろんそれを司書に話すわけにはいかず、シンシアはゆらりと立ち上がると「面白い話をありがとう」と震える声で伝え、よろよろと図書館を後にした。
あの晩、テオフィルが掛けた魔法は十二時になると解けるようになっていた。
現に魔法で作り上げられたドレスは光の粒となって消え、魔法で御者と馬になっていたネズミ達も元の姿に戻った。
唯一例外なのはガラスの靴。それも片方だけだ。
……つまり、魔法で馬車になったカボチャも例に漏れず、魔法が解けてカボチャに戻った。
巨大なお化けカボチャに。
「そりゃあ靴とお化けカボチャならカボチャの方がインパクト強いよね……」
うっかりしていた、とシンシアが呟いたのは図書館からの帰路。
あの後もそれとなく情報を集めたところ、その道のプロこと王子は本当にカボチャを手掛かりにして人探しをしているようだ。
年頃の女性がいる家を一軒一軒周り、カボチャを見せ、このカボチャに見覚えは無いかと問う。
殆どの者が首を横に振っただろう。辛うじて覚えがある者も「催事で見かけた」という程度だ。
中には玉の輿や情報提供の褒美を目当てに「知っている」と答える者もいたらしいが、追及されれば直ぐにボロが出てしまい、王子はまた別の家に……。と繰り返しているのだという。
「カボチャを手掛かりにしても私に……、いや、シンデレラには辿り着けるんだけど、でもこれじゃ『世界からの依頼』とちょっとずれちゃうなぁ……」
しまったとシンシアが頭を掻いた。なんとも言えない微妙な、それでいて絶妙なズレだ。大きく外れているわけではないが、さりとて見過ごして良いものとも思えない。
まんじりともせずシンシアが溜息を吐けば、肩から下げた鞄からチュッ! と高い鳴き声があがった。隙間からネズミが一匹顔を出す。
『どうするの、シンシア』
「どうしようか……。なんとか王子様にはカボチャじゃなくてガラスの靴に注目して欲しいんだけど」
『でも難しいんじゃない? 僕達でもガラスの靴かお化けカボチャかってなったらカボチャを選ぶよ』
「だよねぇ……」
ガラスの靴は魔法で作られた世界でたった一足の靴だ。特別なんてレベルではない。
サイズがぴったりと合うのもまた世界でたった一人。いな、世界で二人、シンデレラと代理シンデレラのシンシアだけである。
その二人以外が履くとガラスの靴は小さかったり大きかったりとサイズを変える。言わずもがな魔法だ。
だがそれを知っているのは、魔法を掛けた張本人テオフィルと、同じく魔法使いのシンシア。シンデレラが詳細を知っているかは不明だが、もしかしたらあらかた把握しているかもしれない。それとシンシアの協力者であるネズミ達。
つまり王子はガラスの靴について何も知らない。彼にとって、ガラスの靴はあくまで『とても美しく珍しい靴』でしかないのだ。
「さすがに王子様に事情を話すわけにはいかないし……。でも王子様を誘導するぐらいなら大丈夫かも」
『誘導?』
「そう。王子様に『ガラスの靴の方が効果的ですよ』『ガラスの靴なら見つかりますよ』『さぁガラスの靴を手に人探しをするんです』ってそれとなくアドバイスするの」
名案だ、とシンシアが表情を明るくさせた。
次いで来た道を引き返すのは、もちろん思いついたなら直ぐに行動すべきだからだ。
帰ったら夕食の準備をしなければならないのだが、優先すべきは王子様と『世界からの依頼』。
脳内で継母達が『私達の食事は!』と急かしてくるのを華麗に聞き流し、シンシアは王宮への道を急いだ。
王宮は当然だが頑丈に警備されている。それが夜遅くともなれば猶更。
門の両サイドに警備の騎士が立ち、敷地内にも常に巡回している。その徹底さと言ったらなく、蟻の子一匹通すまいという警戒心がひしひしと感じられる。
この警備をすり抜けて城に潜り込み、更に城内のどこにいるのか分からない王子に会うのは難易度が高過ぎる。不可能だ。
普通なら。
「ところが私には出来るのさ。なぜなら私は魔法使いだからね!」
ドヤァ! とシンシアが胸を張ったのは城の庭。人気の無い場所。正確に言えば、魔法で軽く人払いをした『人気を無くした場所』。
敷地内に入るのは魔法で容易だった。更に魔法で調べたところ、彼は今私室に一人でいるらしい。助言をするにはうってつけのタイミングではないか。
『さすがシンシア。忘れそうになるけどちゃんと魔法使いなんだね!』
「そうだよ。私だってちゃんと魔法使いで……、……馬鹿にされてる?」
『それよりこの後はどうする? 王子の部屋に行くにしても、今のままじゃ入れないよね』
ネズミの話に、シンシアは確かにと頷いた。――若干うまい具合に話をそらされた気がするが……――
王子様が探しているのは『舞踏会の晩に踊った女性』。
それはシンデレラの事なのだが、正確に言うならば『代理シンデレラ』、つまりシンシアの事である。
『シンシアを探すためのアドバイスをシンシアがしに来る』
本末転倒も良いところだ。
「このままの姿じゃ王子様の前に出られないね。かといってどんな姿で彼に会えばいいのか……」
『ここは慎重にならないと。人選を失敗すると警備を呼ばれちゃうかもしれないし、それは免れてもアドバイスを聞き流されちゃうかもしれないよ』
「アドバイスを信じて貰えるぐらいには王子様と関係がある人物かぁ。でも身近過ぎると本人にその話をされちゃうかもしれないよね」
魔法で他人に成り代わるのは可能だ。姿そのものを変えることも出来るし、今シンシアが代理シンデレラを務めているように周囲の認識を変えることもできる。
だが他者に成り代わるのは容易でも、魔法を解いた後が面倒である。
たとえば今ここで王子の身内に成り代わってアドバイスをしたとして、明日の朝、王子が本人にその話をしてしまっては元も子もない。
『昨日の夜の件なんだが』『何のことですか?』と、こんな感じであっさりと水の泡だ。王子の身内に変装した侵入者のアドバイスなど信じて貰えるわけがないし、下手すればガラスの靴が不審者の証拠になり、結果的にシンデレラが怪しまれかねない。
「王子様と話が出来て、でも今夜のことを話さない人物……」
王子の家族は駄目だ、近すぎる。側近や国の重鎮達も話をされる可能性が高いので却下。
かといってあまりに縁遠かったり地位の低い者でも面倒な事になりかねない。
『王子の側に行っても怪しまれない』なおかつ『今回の件を話すことがない』、この二つの条件をクリアする人物……。
いや、いっそまったく無関係な人でもいいかもしれない。
シンシアが新境地に思い至ると、ネズミ達がどういうことかと尋ねてきた。
『知らない人だと王子様が警備を呼んじゃうかもしれないよ?』
「普通の知らない人ならね。でも思いっきり神秘的な演出をすれば、それに圧倒されて話を聞いてくれるかもしれないでしょ」
『なるほど、神秘性を出すわけだ』
有りだね、とネズミ達がチュウチュウと同意を示してくる。
シンシアはさっそくと己に魔法をかけるために軽く手を振った。手の先からキラキラと光りの粒が舞い上がる。
光の粒……。たまに親指サイズの光の粒――どちらかと言えば玉――が舞い上がっているが。
『テオフィルの魔法と比べてシンシアの魔法は光の粒が大きくて荒いね。これは弟子だから? それとも性格?』
ネズミ達の鋭すぎる指摘にシンシアは無言で手を振り、光の粒を鞄の中に侵入させた。




