16:代理シンデレラ継続
門を抜けてからも走り続けてしばらく、『シンシア!』と高い声が聞こえてきた。
足元に現れたのは三匹のネズミ。ここまで連れて来てくれた馬二頭と御者役のネズミ達だ。彼等の魔法も十二時の鐘の音と共に解け始め、あっという間に元の姿に戻ってしまったという。
シンシアとしては、帰りの足としてせめて馬一頭は残しておいてほしかったのだが……。
「まぁ解けちゃったものは仕方ない。家まで走って帰ろう。持久力には自信があるから安心して」
『そうだね。ところでシンシア、そっちの魔法も解け始めてるけど大丈夫?』
案じてくるネズミ達の言う通り、シンシアの魔法は刻一刻と解け、徐々に布面積が少なくなっている。
豪華だったスカート部分は風船のようにしぼんでボリュームが無くなり、胸元のレースは紐が解けるように減っていき肌が露わに。下着も見えてしまっている。
ドレスが解けて光の粒に変わっていく様は美しいの一言に尽きるが、当事者としては魅入るわけにはいかない。
「もし下着姿で走ってるところを見られたとしても、私の持久力なら逃げきれるから大丈夫だよ。最後に頼れるのは持久力!」
『風のように走ろう! 下着姿で!』
チュッ! とネズミが気合いを入れて走る速度を上げる。
布の半分以上が消えつつあるシンシアも彼等に遅れるまいと急いだ。
帰路を急ぐ途中、「私も魔法使えるんだ!」と思い出し、魔法で簡易的な洋服を出してネズミの一匹を馬に変える。
そうしてシンデレラの家に辿り着けば、テオフィルと本物のシンデレラが出迎えてくれた。
「……なんで魔法使いという事を忘れるんだ」
とは、帰路の話を聞いたテオフィル。唸るような声色には呆れの色がこれでもかと込められている。
曰く、十二時のタイミングで魔法を解けるようにはしたが、弟子のシンシアならば問題無いと考えていたのだという。帰路でドレスが消えても魔法を使えばいい、ネズミがいるのだから馬にして乗ればいい……、と。
だというのに実際のシンシアはそれに思い至らず、結構な距離を下着姿で走り抜けていた。気付いたのは城と家の中間、それどころか若干家寄りだったのだから、テオフィルの溜息が深くなるのも仕方ない。
当のシンシアはといえば、師の呆れの溜息がなんとも居心地悪く「だってぇ」と情けない声をあげた。
「大変だったんですよ。美味しい料理がいっぱいあるし、それにお酒も。私がどれだけ強い忍耐力と揺るぎのない精神力でお酒を我慢したか、分かってるんですか?」
「得意げに語ることじゃないだろ……。だがまぁ、予定通りガラスの靴を残してきたのなら良しとしよう」
「なんでガラスの靴にシューズストラップつけちゃったんですか?」
「弟子に苦労させまいという師の優しさだ。脱ぐ時は魔法でどうにかすると思ったんだが、まさか叩きつけて壊すとは。なんでこうも魔法を使わない魔法使いなんだ」
テオフィルがまたも盛大な溜息を吐いた。
これに対してシンシアは文句の一つでも言ってやろうとし……、出掛けた言葉を飲み込んだ。確かに魔法使いらしくない力技主義なのは自覚している。咄嗟に頼るのは勘や持久力で後々に魔法に思い至る、こんな魔法使いは確かに他に例を見ない。
ここは話題を変えるべきか。そう判断して今後どうするのかと問えば、テオフィルと、彼の隣で静かに話を聞いていたシンデレラが顔を見合わせた。
次いで話し出したのはシンデレラだ。落ち着いた声だがどこか切なげな色もある。
「後は王子様を待つだけだとテオフィル様から聞いています。なのでここからは私がお役目を果たそうかと……。これ以上シンシアさんにばかり負担をかけるわけにはいきませんし」
「そんな、別に負担なんかじゃなかったよ。人間の生活は楽しかったし、それに……」
それに彼と出会えた。
この言葉は思い浮かびはすれどもシンシアの口からは出なかった。
その代わりに胸が苦しさを覚える。いったい何だと服を掴んで己の胸元を見下ろすも、特に変わった点は無い。
「シンシアさん、どうしました?」
「え、あ、いや別に……。それより代理なんだけど、もしシンデレラさえ良ければ、最後までやってもいいかな」
「最後まで、ですか?」
「たとえば王子様が探しに来る時までとか。それまで私が代わりにこの家に居て、王子様が来た時点で入れ代われば良いと思うんだ。ほら、王子様が来るまで少しとはいえ継母達と過ごさないといけないわけだし」
テオフィルと過ごすことにより、シンデレラの自尊心はだいぶ回復したようだ。
最初に会った時に感じた薄幸そうな雰囲気は失せ、話の最中に浮かべる笑みも明るい。さすがに積極的になったとまでは言えないが、それでも淑やかな少女程度にはなっている。
だが継母達と暮らすことによりせっかく回復させた自尊心を再びへし折られる可能性もある。そうなっては元も子もない。
「だからさ、王子様が来るまではこのまま私がシンデレラとして生活して、王子様が来たタイミングで元に戻るのが一番安全かなと思って。師匠もそう思いませんか?」
「……確かに一理あるな。せっかくここまで予定通りに進んでいるんだ、不安要素は避けるに限る」
「ですよね。そうですよね。だからもう少しだけこのままで……。シンデレラもそれでいいかな?」
問題無いかとシンシアが問えば、不思議そうな表情をしていたシンデレラが「えっ」と声をあげた。どうやら心ここにあらずだったらしい。
だが入れかわりを継続することに異論はないようですぐさま了承してくれた。
「そういうことなら、お願いします。お母様達と暮らすことで嫌な思いもするかもしれませんが……」
「嫌な思いは確かにしたけど、でもああいう人間らしい感情は嫌いじゃ無いよ。それに街に行って買物したり図書館に行ったり、私も楽しんでるから気にしないで。この前は限定のクレープを食べたんだ」
代理シンデレラ生活を楽しんでいるのだと話せばシンデレラがほっと安堵した。負担ばかりではないと理解してくれたのだろう。
対してテオフィルはシンシアの話に「相変わらず変わってるな」と苦笑を浮かべた。
まさに魔法使いといった思考の彼からしたら、人間に混ざっての生活なんて考えるだけで嫌になるのだろう。図書館にある人間達の本も興味が無いし、クレープなんてもってのほか。
……のはずが、どういうわけか、シンデレラが「今度クレープを焼きますね」と話しかけると満更でもなさそうな表情を浮かべるではないか。
ん? とシンシアが首を傾げた。
「師匠、何かありましたか?」
「な、何かってなんだ?」
「何かと聞かれると答えようが無いんですが、なんだか変わったような気がして……」
「気のせいだろう。それより今後の事を確認しよう。念のために王子の動きを探る必要があるかもな」
さっさと話題を変えて話を進めるテオフィルに、シンシアは首を傾げつつも彼が提供した話を続けることにした。
『世界からの依頼』はもう終盤、そしてここからが山場である。
王子様がガラスの靴を頼りにシンデレラを探しだすのだ。
……シンシアではなく、シンデレラを。
寄り添う二人を想像した瞬間シンシアの胸がチクリと痛んだが、気付かなかったふりをして話を続けた。




