14:代理シンデレラと舞踏会のプロのワルツ
「凄い早く着いた」
とは、よろよろと馬車から降りたシンシアの疲労たっぷりの言葉。
一度火が付いたネズミ達は止まらず、まるで風のような速さで城までの道を駆け抜けていった。いったい何台の馬車を抜いたか、途中から数える気にならず放棄したのも記憶に新しい。
次があったら絶対にネズミは選ばない。カピバラだ。そう心の中で決意する。
「……それじゃあ私は十二時までお城で過ごすから、貴方達は待機してて」
『分かったよ。シンシア、気を付けてね。舞踏会楽しんできて』
「やだ、停まったら途端に温厚な性格に戻ってる……」
こわぁ……、と思わずシンシアは震えあがってしまった。
城の中はまさに絢爛豪華の一言に尽きる。
会場内はどこもかしこも華やかに飾られており、着飾った者達が楽し気に談笑して時には手を取り踊り合う。
とりわけ今日の招待客は『未婚の女性』なため舞踏会が初めての者も多いのだろう、会場内は興奮と期待に満ち溢れていた。それと、自分が王子に選ばれるのだとギラギラと瞳を輝かせる者達の熱意も混ざっている。
そんな中、シンシアはどうして良いのか分からず庭の隅に佇んでいた。
最初こそ人間の舞踏会を物珍しさで楽しんでいたが、男性達からは執拗にダンスに誘われ、女性達からは妙に見られ、居心地の悪さに耐え切れず庭に逃げてきたのだ。
ただでさえ爆走馬車で悪目立ちしたうえ、他に類を見ない美しさのドレスで会場に乗り込んだのがまずかったか。あまりに目立ちすぎてしまったようだ。
「今戻ってもまたダンスに誘われるだろうし、もう少し地味なドレスにしておくべきだったかな」
「地味なドレスでも同じだったと思うけどね」
「そうかな。それならやっぱり馬車でかっ飛ばしたのが駄目だったのかぁ」
「それのせいでもないだろうけど、安全運転は大事だと思うよ」
「だよね、やっぱり次はカピバラを……。その道のプロ!?」
自然な流れで会話に入ってくる声に驚いて振り返れば、そこにはカボチャの重さ当ての時に世話になった青年の姿。その道のプロだ。
彼は「カピバラ?」と首を傾げたものの、シンシアが驚いているのを見て楽し気に微笑んできた。
先日だって質の良い服装をしていたが、今日はより一層上品さを感じさせる出で立ちだ。整った見目と合わさり、さながら物語の王子様のようではないか。「やぁ」と軽い挨拶と片手を上げる仕草が様になっている。
「なんでその道のプロがここに? まさか舞踏会のプロでもあったの?」
「舞踏会に関しては何度も出てるし、プロと言えばプロではあるかな」
「カボチャの重さ当てに留まらず舞踏会まで極めるなんて、多才なんだね」
凄い、とシンシアが褒めれば、青年が照れ臭そうに笑った。
次いで彼は改めるようにシンシアを見つめてきた。濃い色合いの瞳が正面から真っすぐに、ほんの少し熱を感じさせて、シンシアに注がれる。
「素敵なドレスだね。とても似合っているよ」
「ありがとう。特注なんだよ」
師のドレスを評価してもらったからか、それとも間接的に魔法を褒められたからか、彼からの褒め言葉はシンシアの胸に伝わり馴染んでいく。
純粋な嬉しさが胸に湧き、もっと見て貰おうとスカートを軽く揺らした。それだけでは足りないとクルリとその場で一回転すれば拍手までしてくれるではないか。
嬉しい。嬉しさでふわふわしてくる。なんて心地良い感情だろうか。
「貴方のその服もとても似合ってるよ。まるで王子様みたい」
「王子様みたい、か。ありがとう。きみに褒めて貰えて凄く嬉しいよ」
彼もまた上機嫌で、クルリとその場で回って洋服を見せてくれた。
濃い青を基調とした正装。細かな刺繍と飾りが高級感を漂わせ、それでいて華美にはならない絶妙な塩梅を保ち、彼の見目の良さをより引き立てている。
曰く、彼の正装も特注なのだという。
魔法ではないだろうが、魔法と同じくらいのセンスの良さだ。
「ところで、プロはどうして庭に出てきたの? もしかしてここってプロがこっそり楽しむような隠れスポットだったりするの?」
「実を言うと会場できみを見つけて声を掛けようとしたんだ。だけど上手く近付けなくてね」
物珍しさからシンシアはあっちこっちとふらふらしていたが、青年はそんなシンシアを追いかけていたという。
だが彼は人気者らしく――プロなのだから人気があって当然だ――、移動するたびに声を掛けられダンスに誘われてと足止めを喰らっていた。
その結果、庭に出てようやく追いついて今に至る……、ということらしい。
「ダンスの誘いを断るのはプロも手こずるものなんだね。私もあっちこっちから誘われて困ってたんだ」
「きみが綺麗だからだよ。だからみんな誘わずにはいられない。全部断っていたけどダンスは興味が無いのかい?」
「ふらふらしながら揺れて回るのはあんまり面白いとは思えないなぁ。それに後で踊る予定があるし」
人間の娯楽は興味深いが、音楽に合わせて揺れるダンスはなんだか眠くなりそうだ。
だからダンスは一回で十分。
そうシンシアが話せば、青年は意外なことを聞いたと言いたげに「え」と小さく声を漏らした。
「ダンスの約束があるのかい? もしかしてエスコート相手が?」
どいうわけか、尋ねてくる青年の表情と声には焦りの色がある。
それほどシンシアのダンス相手が気になるのだろうか。
「約束というか、予定というか。あとで王子様とダンスを踊らないといけないんだ」
「王子と……?」
「そう。約束してるわけじゃないんだけど、なんとかして踊るの」
「……きっと踊れるよ。でもその前に練習がてら僕と一曲どうかな」
穏やかに微笑み、青年が片手を差し出してきた。
スマートな誘い方だ。それでいて表情は照れ臭いのか少しはにかんでいる。そのギャップは魅力的で彼をより眩く見せる。
散々ダンスの誘いを断ってきたシンシアだが、この誘いを断る理由は無い。
「もしかしたら足がうまく動いてくれなくて踏んじゃうかもしれないけど、それでも良いかな?」
ガラスの靴に掛けてられた魔法は『ダンスを上手に踊れる魔法』なのか『王子様とのダンスを上手に踊れる魔法』なのか。
もし後者だったら青年とのダンスでは魔法は作動しない。それを懸念して確認するも、青年は気にも留めずに微笑んで了承してくれた。
そうして彼の手を取りそっと寄り添い、風に乗って聞こえてくる音楽に合わせて体を揺らす。
彼の動きに合わせて一歩前に踏み出し、時に一歩引き、優雅に回る。魔法のおかげか、もしくは青年のリードが上手いからか、おかげで初心者のシンシアでも難なくステップを踏めた。
優雅に、ゆったりと、音楽に合わせて。傍目には眠くなりそうだと思えたダンスだが、実際に踊ってみると面白いではないか。
大振りのスカートは動きに合わせて揺れて輝き、まるで夜の海を漂う海月のよう。そうダンスの最中に話せば、青年は「呼び方を海月のきみに変えた方がいいかな」と笑いながら尋ねてきた。
「音楽に合わせてゆらゆらするだけの何が面白いのか不思議だったけど、貴方とゆらゆらするのは楽しいね」
「嬉しいな、僕も凄く楽しいよ。ダンスの経験は多い方だけど今が一番楽しい」
この時間を噛みしめるような口調。酔いしれるように細められた瞳。お世辞でもなく心からの言葉なのだと伝わってくる。
彼の動きと自分の動きが一つに混ざっているような感覚に、シンシアもまた目を細めた。
彼の金色の髪が夜空に映え、クルリと回るたびに靡く。夜空に広がる星よりも美しい。軽やかな音楽と共にこの光景を眺め、溶け合うように動きを一つにする。なんて楽しく心地良いのだろうか。
これがダンスの醍醐味ならば、なるほと皆誘い合って踊るわけだ。
一曲終われば互いに頭を下げて離れ、だが新たな曲が流れ始めれば再び手を取って踊る。
それを数度繰り返し、一曲を終えたタイミングでシンシアははっと我に返った。
「今何時!?」
「今……、あと十分で十二時になるよ」
「あと十分!?」
懐中時計を見ながらの青年の言葉に、シンシアは思わず声をあげてしまった。
十二時。ドレスの魔法が解ける時間だ。
予定ではシンシアは王子様と踊っており、鐘の音を聞いて慌ててダンスを中断して帰ろうとする。
その最中にガラスの靴を落として……。
だというのに現在地は庭。もちろん王子様もいない。
慌てて会場へと走り出せば、気になったのか、青年も並ぶように走りだした。
「すぐに王子様と踊らないと!」
「王子と? まだ舞踏会は終わらないからそんなに急がなくても良いんじゃないか?」
「十二時までに踊らないと駄目なんだよ。そうしないと……」
「そうしないと……?」
走りつつ深刻な声色でシンシアが話せば、当てられたのか青年がゴクリと生唾を呑んで尋ねてきた。
十二時までに王子様と踊らないと……。
「公共の場で私が下着姿になる」




