13:代理シンデレラ出発
テオフィルが魔法で作り出してくれたドレスは美しく、月明かりの下だとまるで輝いているように光を受ける。
とりわけ美しいのがスカートの部分だ。ふんだんに布が使われてるためボリュームがあり、小さな動きでも優雅に華やかに見せてくれる。それでいて重々しくはなく、実際の重さも感じないのだから流石の一言に尽きる。
そんなドレスを身に纏い、シンシアはテオフィルと舞踏会についての確認をしていた。
「十二時の鐘が鳴り始めたら魔法が解けるようにしたから、聞き逃さないように気をつけなさい」
「聞き逃したらどうなりますか?」
「公共の場で下着姿になりたくないなら聞き逃さないことだ」
「肝に銘じておきます」
舞踏会の真っ最中に下着大公開はいただけない。これは人間だろうと魔法使いだろうと変わらぬ共通認識である。
「それと忘れてはいけないのはガラスの靴だ。去り際に階段に落としていくように」
「任せてください。慌てるあまり脱げちゃった感じを演出して残していきます。あ、ちゃんと靴だけは残るように魔法を掛けておいてくださいね」
「もちろんだ」
抜かりないとテオフィルが得意げに頷く。
代理での舞踏会出席を頼んできた時こそ妙にしどろもどろだった彼だが、今は普段通りの態度に戻っている。己の魔法を信じ、これぐらい造作ないと得意げに話す。これぞ師匠、これぞ世界に名立たる魔法使いだ。
対して彼の隣にいるシンデレラはいまだ申し訳なさそうで、テオフィルに寄り添いつつもそっとシンシアの手を取ってきた。
「押し付けてしまってごめんなさい、シンシアさん……」
「気にしないで。私も適当に人間の舞踏会を楽しんでくるから。あ、もちろん王子様と踊るのも忘れないから安心して!」
「王子様……」
王子の話を聞いてシンデレラの声が僅かに沈む。
やはり王子を相手にするのは気が重いのだろうか。
「大丈夫だよ。『世界からの依頼』が踊るように命じてくるんだから、きっと良い王子様に決まってる」
「ありがとうございます。そう、ですよね……」
「どんな王子様かもしっかり見てくるし、もし悪い人だったら……、魔法で、こう、ちょちょっと……」
ちょちょっとね、とシンシアが笑う。ちょちょっと何をするか具体的には言わず。
これにはシンデレラも面食らったのか一瞬驚いたような表情をしたものの、ふっと小さく息を吐くと目尻を下げて笑ってくれた。
二人に見送られながら馬車に乗り込む。
もちろん巨大カボチャに魔法をかけて作り上げた馬車である。立派なカボチャを選んだかいあって乗り心地も良く、リクライニングシート付き。見た目も華やかだ。
窓から身を乗り出して前方を覗けば、立派な馬二頭と手綱を握る御者の姿が見えた。
彼等の正体はネズミだ。だがその面影はまったくない。馬は映えるようにと全身が黒毛になっており、御者もどこからどう見ても人間である。どちらも相応の飾りを着けており、まるで貴族の家の馬車と御者だ。
「慣れない姿で大変かもしれないけどよろしくね」
『任せてよ。ちゃんと会場まで届けるから、大船に乗った気で座っていて』
「安全運転でね」
『大丈夫だって、僕達は峠を攻めたりなんかしないから』
「良かった。やっぱり温厚な子を選んだのは正解だった。それじゃぁ出発!」
上機嫌でシンシアが告げれば、ゆっくりと馬車が走り出した。
あの選抜会議は無駄ではなかった。ネズミ達の中にもちゃんと温厚な子はいるではないか。
……そう思った瞬間、グンと一気に体に重みが掛かった。窓の外の景色が妙に早く流れていく。
『ちっ、前の馬車遅ぇな! とろとろ走ってんじゃねぇ、抜かすぞ!!』
「しまった手綱を握ると性格が変わるタイプだ!」
降ろして! とシンシアが悲鳴をあげるもネズミ達には届かず、立派な馬車は一気にスピードを上げて道を駆けていった。
◆◆◆
「なんで突然スピードをあげたんだ?」
とは、去っていく馬車を見守るテオフィル。
シンシアを乗せた馬車は最初こそゆったりとした進みだったがなぜか突如スピードを上げ、あっという間に見えなくなってしまった。
急ぐ時間でもないのに、と疑問を抱いていると、隣に立つシンデレラが小さく溜息を吐いた。
「舞踏会のことまでシンシアさんに押し付けてしまって……、大丈夫でしょうか」
「シンシアは魔法使いとしては変わっているが出来た子だ。咄嗟の判断力もあるし、問題ないだろう」
「なにも問題もなく戻れるといいんですが……。王子様と踊って……、そのあと、私が出会うために……」
シンデレラがまたも溜息を吐いた。
だがこの溜息はシンシアへの申し訳なさからくるものではなく、別の、悲痛そうな色を込めたものだ。
次いでテオフィルを見上げる彼女の瞳にもまた悲痛な色が濃くあり、見つめ返したテオフィルもまた苦しさを隠し切れずに眉根を寄せた。
「舞踏会が終われば話は一気に進む。きっと忙しくなるだろう。あと僅かな時間だがゆっくり過ごそう」
テオフィルがそっとシンデレラの手を取った。
シンデレラもまた彼の誘いに「はい」と小さな声で応え、彼の手を握る。
残り僅かな時間を惜しむよう、しばし二人は見つめ合った。
爆走する馬車の中、
「ネズミなんか信じた私が馬鹿だった! 次があれば絶対にカピバラに協力してもらう!!」
椅子のシートにしがみついたシンシアが声をあげたのだが、もちろん、見つめ合う二人には届かなかった。




