12:代理シンデレラと魔法使い
継母の嫌がらせにより、シンデレラは舞踏会に行けず家で留守番をする事になる。
用意したドレスは破かれ笑いものにされ、その挙げ句に置いてけぼりだ。酷い話ではないか。
哀れシンデレラは己の境遇を嘆き……、嘆くはずだった。少なくともシンデレラだったなら嘆いただろう。
「私が作りあげたこの破れにくいドレスに苦戦して手を痛めて、ざまぁみろ!」
高らかな勝利宣言をしたのはシンデレラ、もとい、シンシア。
着ているドレスはあちこちが破かれており、その姿は傍目には痛々しくさえ映るだろう。
だがシンシアにとってこのボロボロ具合は想定内。むしろ勝利の余韻を与え、ドレスを破いてやろうと躍起になる姉達の悪戦苦闘の声が脳裏に蘇る。
『なによこの……、このっ……! 本当に何の布を使ったのよ!!』『ハサミの刃が欠けたわ!!』という悲鳴じみた声は実に心地良かった。
「さて、継母達も舞踏会に行ったし、ここで悲しんでいれば魔法使いが現れて……、噂をすれば」
今後の段取りを思い出していると、さぁと涼しい風が吹き始めた。
強風という程ではなく、さりとてシンシアの髪を揺らす程度には強い風。それが草木を揺らして小さな竜巻を作る。
かと思えば竜巻の中に突如一組の男女の姿が現れた。
まさに瞬きの間。シンシア以外の者が見れば魔法かと驚愕するだろう。
実際に魔法なのだが。
そして魔法により現れたのは魔法使い。正確に言えば世界に名立たる魔法使い。
「テオフィル師匠、お久しぶりです。お元気そうでなにより」
「久しぶりだなシンシア。そちらの首尾はどうだ?」
「予定通り継母達は舞踏会に行って、こちらの準備も出来ています。ただ、カボチャが……」
カボチャ畑は潰されてしまった。
そうシンシアが重い口調で告げれば、テオフィルの隣に立っていたシンデレラが小さく息を呑んだ。
彼女にとって母親との思い出が詰まった大事なカボチャ畑。大事に手入れをし、毎年の実りを楽しみにしていたのに……。
「守れなくてごめんね」と謝罪をすればシンシアのせいではないと宥めてくれるものの、彼女の表情には落胆の色がある。悲しくないわけがない。
そんなシンデレラの肩に優しく手を置いたのはテオフィル。
シンデレラを見つめる彼の瞳は労りの色が濃く、名前を呼ぶ声も普段よりも落ち着いている。
しばし二人は視線を交わし、シンデレラがまるで何かを理解したかのように小さく頷いた。
「カボチャ畑は残念ですが、お母様との思い出が消えるわけじゃありません。だから大丈夫です。それより、今は舞踏会についての話を進めましょう」
「あぁ、そうだな。シンシア、馬と御者にするネズミを連れて来てくれ」
「は、はい……。彼等なら既に準備を終えていつでも出発できるって言ってます」
微かな疑問を抱きつつも、シンシアは木陰に隠れているネズミ達に「出てきて」と声をかけた。馬役に二匹、御者役に一匹、チュッと高い鳴き声でこちらに駆け寄ってくる。
昨夜おこなった選抜会議で選ばれたネズミ達である。選考基準が『温厚』だったのは言うまでもない。
「それじゃぁ、師匠はまずシンデレラに魔法をかけてあげてください。私はネズミ達と最終確認をしてきます」
「その件なんだが、シンシア、すまないが舞踏会にも出てくれないだろうか」
「私が?」
突然の師からの頼みに、シンシアは思わず間の抜けた声で自分を指さした。
元々の予定では、舞踏会を機にシンシアの代理シンデレラ業は終了するはずである。
ここから先は本物のシンデレラが行う。魔法をかけられて舞踏会に赴き、そこで王子と出会い、十二時の鐘の音を聞いて別れ……。
そのはずでは? とシンシアが問えば、テオフィルが気まずそうに「そうなんだが……」と返してきた。世界に名立たる魔法使いとは思えない歯切れの悪さだ。
「やはり舞踏会で王子と踊るというのは荷が重いらしい。なぁ、シンデレラ」
「は、はい……。もちろん『世界からの依頼』に抗う気はありません。ただ、もう少しだけテオフィル様と……、いえ、その、やはり舞踏会という華やかな場に行くのは……」
歯切れの悪いテオフィルに続き、シンデレラも随分としどろもどろだ。
もっとも、シンシアの記憶にある彼女は元々気弱で控えめな性格だったのだが。
そんな彼女の自尊心を回復させるために自分が代理しているのだが、効果はあったのだろうか?
ところで、テオフィルとシンデレラの距離が近いように感じるのは気のせいだろうか?
「……なにかが私の知らないところで進んでいる気がするんですが」
「シンシア、今は舞踏会について話を進めるべきだ。それで話を戻すが、引き続きシンデレラの代理として過ごしてくれないだろうか」
「別に構いませんけど……」
さすがに師に頼まれては断れない。乗り掛かった舟というものだ。
それに、人間の生活は目まぐるしく眩く楽しい。代理シンデレラになってまだ数ヵ月だが、今まで魔法使いとして生きてきた期間に匹敵するぐらいに充実している。
継母と姉達からの嫌がらせだって、シンシアは感情を露骨にぶつける人間らしさとして受け入れていた。さすがに好ましいとまでは言えないが、彼女達の悪意に対して自分の中で負の感情が湧きたつことすら面白いのだ。
そう話せば、テオフィルが「相変わらずだな」と苦笑交じりに肩を竦めた。
「随分と変わり者の弟子を持ったと思っていたが、今はそれに感謝しないといけないな。それじゃあ魔法を掛けてやる」
「せっかくなんで、とびきり素敵なドレスでお願いします。あ、あと、ダンスのサポート魔法もお願いします。人間の舞踏会でのダンスなんて何すれば良いか分かりませんし」
「任せておけ、靴が勝手に動くようにしてやる。あれはなかなか難しいからな」
「踊ったことがあるんですか?」
魔法使いにとってダンスとは無縁で理解し難いもの。音楽に合わせて体を動かすことも、そもそも音楽というものも、意味がないと言い捨てるはずだ。
魔法使い百人に聞いても百人がそう答えるだろうし、テオフィルはその中の一人。いかにもな魔法使い的思考の持ち主ではないか。
だけど先程の彼の口振りは、まるでダンスを踊ったことがあるかのようだった。
ん? とまたも疑問を抱きシンシアが首を傾げる。……のだが、問うよりも先に眩い光に包まれてしまった。




