11:王家主催の舞踏会
巨大カボチャを入手してからも、シンシアは相変わらずシンデレラの家で継母と姉達にいびられていた。
「お母様ぁー! シンデレラが灰を投げつけてくる!!」
「しかも水と混ぜて練ることで硬さを出してきてるのよ!」
「灰投げのシンデレラとは私のこと! くらえ!!」
片手に構えた灰の塊を投げれば、見事上の姉にヒットした。甲高い悲鳴があがる。
「お母様ー!」と情けない声が次第に遠ざかっていくのを感じ、シンシアは達成感でふぅと一息吐いた。
「九球のうち七球ヒット、なかなかの命中率。惜しむらくは最後の一投が出来なかったことか」
『シンシア、ねぇ、誰か来たみたいだよ。国からの使いって名乗ってるけど……、舞踏会の話をしてるみたい』
「もうちょっと水を減らして強度を上げてもいいかな。いや、でもまずはより球体を目指してコントロールの精度をあげるべきか……」
『シンシア! 灰を投げることを追求してないで! 舞踏会だよ、舞踏会!!』
「舞踏会!?」
ヂュウ!! というネズミの鳴き声にシンシアははたと我に返った。
そうだ、今は灰を投げることを追求している場合ではない。――今に限らず今後もそんな場は無さそうだが――
どうやらネズミ達曰く、国からの伝令が来て継母達と舞踏会についての話をしているらしい。ならばとシンシアも話に加わるべく、彼女達のもとへと向かった。……灰の球はしっかりと握ったまま。
◆◆◆
家の中で一番広い部屋へと向かえば、そこには継母と二人の姉の姿。どうやら国からの伝達は寸前で帰ってしまったようだ。
姉達のドレスが汚れているのはいわずもがなシンシアのせいである。しかしあの汚れ具合を見るに、もう少し粘度をあげたほうがいいかもしれない……。
そんなことをシンシアが考えていると、こちらを向いた継母がきつく目を吊り上げて睨みつけてきた。
「シンデレラ、あなた二人に灰を投げつけたんですって? 言う事は聞かないしそのうえ灰を投げつけるなんて、いったいどんな育てられ方をしたのかしら。信じられないわ。可愛そうに、二人ともすっかり怯えちゃって」
「そんなことより舞踏会です。お母様、舞踏会について教えてください」
「姉を傷付けておいてそんな事とはどういうことよ。やめなさい、灰の球を構えて威嚇するんじゃないわよ!」
シンシアがサッと灰の球を掲げれば、姉達が悲鳴をあげて継母の背後に隠れた。「酷いわ」だの「乱暴者」だのと抗議の声があがる。
だがその抗議の声を華麗に聞き流し、シンシアは改めて継母に向き直ると「舞踏会について教えてください」と説明を求めた。片手ではいまだ灰の球を持ち、いつでも投げられることを匂わせつつ。
「ほんとうに可愛げのない子ね……。いいわ、そんなに知りたいなら読みなさい」
継母が吐き捨てるように告げて一枚の用紙を差し出してきた。国からの御達しだという。
書かれている内容は国が主催する舞踏会について。
本来舞踏会とは王族や貴族が主催し互いを招き合うものであり、一般家庭のシンデレラの家が招待されるわけがない。
だが今回の舞踏会は特殊で、身分を問わず未婚の女性ならば全員が招待されるという。
『未婚の』と条件つけるところが分かりやすい。
これは王子の花嫁探しだ。
「なんという事でしょう、とっても驚きでございますわね」
「なによその態度は。気味の悪い子ね。そもそも自分が舞踏会に行けると思っているの?」
「まぁ! お母様、どうして私は舞踏会に行ってはいけないんですか!?」
「……なんだかさっきから妙に白々しいわね」
継母の眼光がより鋭くなる。
だが態度を問い詰めるよりシンデレラを傷付ける方がいいと判断したのか、疑いの表情を侮蔑の笑みに変えた。
いやらしく口角を上げ、露骨に鼻で笑う。「決まってるでしょ?」という前口上には勝利の確信すら感じさせた。
「あんたみたいなみすぼらしい娘を舞踏会に行かせられるわけがないでしょう? 家の恥だわ」
「そんな……、でもこの紙には、『未婚の女性すべて』と書かれているのに」
「そんなの建前に決まっているじゃない。その程度も分からないなんて本当に浅はかな子ね。第一ドレスだって碌なもの持っていないし、まさか買ってもらえるとでも思っていたの? こんなに美しくて優れた娘が二人もいるのに、灰を被って掃除をするしか能のない娘にお金をかけるわけないでしょ」
悪意のある言葉は一度始まると止まらず、よくここまで嫌味垂らしく話せるものだと感心してしまう。
そんな継母の悪意ある言葉にシンシアは「そんな」と悲痛な声をだした。ヨヨヨ……と嘆く仕草も付け足しておく。
そうして「お母様酷いわ」と痛々し気な声を出し……。
「可愛い娘をいじめるなんて……。くらえ!」
と最後に威勢よく告げ、手にしていた灰の球を地面に投げつけた。
その瞬間、
カッ!!!
と眩い光が周囲を包み込んだ。
「目が!」と叫んだのは誰か。継母かそれとも二人の姉か。
シンシアは彼女達の悲鳴と罵声を背に、部屋に戻るべく悠々と歩き出した。
もちろん、「お母様、ひどいわー」と悲しむふりをして被害者の立ち位置を守ることは忘れない。




