10:巨大カボチャとその道のプロ(後)
カボチャの重さの正解発表は二時だが、カボチャの受け取りは四時以降になるという。すぐに持ち帰って保存魔法を掛けたいところだが決まりなのだから仕方ない。
曰く、重さ発表後を楽しみにしている者も多いらしく、現に正解を知るや「こんなに重いのか」と盛り上がる者が後を絶たない。中には来年の参考にしようとメモする者や、挑戦はせず結果だけを見に来るという者も居る。
「正解を出したあとも楽しむなんて、人間はどこまでも楽しみを求めるんだね」
面白い、とシンシアは話しながらご機嫌で街を歩いていた。
発表のあと図書館に戻って二時間潰し、再びテントへと向かう。ちょうど四時にしたのはもしかしたらあの青年が来るかもしれないと考えたからだ。
「彼に会えたらお礼を言って、カボチャを持って帰って……。待てよ、どうやって持って帰ろう」
カボチャがどれだけ重かろうと魔法を使えば容易に運べる。鳥の羽より、むしろネズミの尻尾よりも軽々だ。
だが人前で魔法を使うわけにはいかない。仮に魔法を見られずに持ち出せたとしても、継母達に「どうやって持って帰ってきた」と問い詰められる可能性は高い。
「カボチャ運びのプロが居てくれると助かるんだけどなぁ。でもプロは出荷で忙しいか」
「カボチャを持って帰るときは荷馬車を貸してくれるよ」
「荷馬車! 確かに荷馬車なら運べる……、その道のプロ!」
覚えのある声に慌てて振り返れば、背後に立つのは先程の青年。その道のプロだ。
爽やかな顔立ちは大人びて見えるが、「また会えたね」と嬉しそうに笑うとあどけなさも覗く。甘いマスクとはきっと彼のような顔立ちを言うのだろう。
周囲も彼の見目の良さに惹かれているようで、じっと見つめる者もいれば、チラチラと横目で様子を窺う者も。女性に限らず男性の目も奪っているのは流石だ。
「ありがとうその道のプロ! 貴方が当ててくれたからカボチャを持って帰れるよ!」
「本当? よかった。引換券を譲ったはいいけど、当たってなかったら様にならないなって思っていたんだ。きみにカボチャを贈れて僕も幸せだ」
「貴方はこんなにいい人間……、いや、いい人なのに、実を言うと私は一瞬でも悪い道のプロなのかもと疑ってしまったんだ……」
申し訳ないとシンシアが謝罪をすれば、青年は驚いたと言いたげに一瞬目を丸くさせ、次いで声をあげて笑い出した。
自分が疑われているというのに随分とご機嫌だ。思い返せば、先程も彼は疑惑の言葉に笑って返していた。なんて寛大なひとなのだろうか。これがプロの余裕というものか。
「安心して、僕は悪い道のプロじゃないよ。そもそもその道のプロでもないんだけど。まぁとにかく、カボチャを受け取ってきなよ」
いっておいで、と青年が微笑む。
どうやら受け取りを見届けるつもりらしい。どこまでも面倒見のいい青年だ。
◆◆◆
「なるほど、友人のカボチャ畑が……、それは大変だったね」
カボチャを運び出す準備を待つ間になぜ巨大カボチャが欲しかったのかを説明すれば、青年はまるで己の事のように悲痛そうな声色で労ってくれた。
といっても、もちろんシンシアが魔法使いであることや舞踏会への馬車にすることは話していない。出来るだけ話に矛盾の無いように、友人が継母と義理の姉に嫌がらせをされていてその延長で……と話したのだ。
「カボチャ畑を大事にしていたから、せめて立派なカボチャをあげようと思って。これだけ立派なカボチャならシンデレラ……、いや、えっと、友達もきっと喜ぶはず!」
話しつつ荷台に乗せられたカボチャを見る。
改めて見ても立派なカボチャだ。色、艶、形、大きさ、どれをとってもまさにカボチャ。それでいて巨大。
これは豪華な馬車になるに違いない。そう期待を抱いてカボチャを見つめていると、青年が苦笑を浮かべた。
「その友達が喜んでくれるなら僕も嬉しいよ。でも本当に一人で大丈夫かい? 馬の扱いは?」
カボチャを乗せた荷台を引くのは一頭の馬。これは重さ当てを企画した者達が貸してくれた子だ。きちんと躾をされているようで出発の時を静かに待っている。
本来ならば荷台と馬と共に馬を操る者も同伴するらしいのだが、それは断っておいた。
巨大カボチャは出来れば継母達には見せたくない。なので馬と荷台だけ借りて家の近くまで運び、そこから魔法で隠して部屋に持ち帰る算段だ。これならば目撃者は馬一頭で済む。
「馬の扱いには長けてるから大丈夫。それにこの子は大人しいらしいし、血の気が多いネズミより穏やかそうだから」
「ネズミ?」
「いや、えぇっと、たとえ話で……。そう、畑作業をしていると馬より作物を食べるネズミが厄介だから」
だから畑に関した冗談だったのだと慌てて誤魔化した。なかなか無理のある誤魔化しなのは自覚している。
だが幸い青年は畑仕事には明るくないようで、「そういうものなんだ」と納得してくれた。
良かった、とシンシアが内心で安堵の息を吐く。……この際なので鞄が微妙に振動していることや、耳障りな小さな音がしていることは気にするまい。――たぶん鞄が食い破られている――
「それじゃあ、用意が出来たみたいだから私はもう行くね。本当にありがとう、その道のプロ」
青年の手を両手で掴んで感謝を示せば、彼は面食らったように目を丸くさせた。
唖然としてシンシアを見つめてくる。
「どうしたの?」
「い、いや……。そんなに喜んでくれるとは思っていなかったんだ。ところで、きみの」
言いかけた青年の言葉が馬の嘶きに掻き消された。
どうやら準備を終えて馬が痺れを切らしたらしい。見れば前足で地面を掻いて急かしており、周囲にいる者達が「お早めに」と促してくる。
「もう行かないと、馬が暴れちゃう。色々とありがとうね!」」
「ま、待ってくれ、名前を」
別れの言葉に馬の嘶きが被さる。躾は出来ている馬と聞いたが、あまり待つのは好きでは無いようだ。。
慌てて駆け寄り、ひょいと飛び乗る。軽く横腹を蹴れば馬はようやくかと言いたげに鼻息をふんと一度吐いて歩きだした。
「会えたらまた会おうね、その道のプロ! 本当にありがとう!」
「あ、あぁ、また……。感謝してるのは分かったから前を向いてくれ、手を振らなくていいから手綱をちゃんと握って!」
気を付けて! と声を掛けてくる青年にシンシアはそれでもと大きく手を振り続けた。




