第十話 【小悪党の魔法】
誰もいない骨董屋の奥まで踏み入れたディルモットは、辺りを見回して眉間にしわを寄せた。
見張りも居らず、監視の類いである魔法や動物など居るわけでもなく、あからさまに怪しい扉は誘っているとまで見てとれるのだ。
扉を蹴破れば、中から突然の反撃を食らうかも知れない。
だが、ここで暴れれば間違いなく外から野次馬が乱入してくるだろう。
「選択肢は二つに一つってやつか……ねえ!」
ディルモットは躊躇うことなく、怪しい扉を勢いよく蹴破った。
凄まじい音が骨董屋に響き渡り、扉が壁にぶつかると共に埃を舞い上がらせていく。
「な、何だ!? 誰だテメェ!」
悪役のお決まりな台詞を吐いたのは、割りと狭い部屋の右端にいたモヒカン頭の男だ。
荷物とテーブルを囲むように、他の下っ端共が三人。ディルモットの登場に驚きつつも、睨みを効かせ身構え始める。
部屋の中には藁や布が多く、戦闘をしても大丈夫だろうと確信した。
「やあこんにちは。小悪党の皆様」
軋む床板を踏み鳴らし、わざと煽るように言い放ちながら、ディルモットは小悪党の前に歩み寄っていく。
ターバン男、優男、ハゲ男。
警戒する三人の下っ端共だが、先に吠えたモヒカン男は、勢いよくディルモットに殴り掛かった。
その拳を、ディルモットはほんの少し後ろに下がり避けると、モヒカン男の足を掛ける。
「ぬおぉっ!?」
お手本のようにディルモットの足に引っ掛けられたモヒカン男は、よたよたと前へ進むと、体制を崩し藁の中に頭から突っ込んでいった。
「おいおい、止めてくれないかな。まだ挨拶しただけじゃないか」
呆れるディルモットに対して、モヒカン男は素早く藁から顔を出し、無策で再び殴りに掛かろうとした。
それを、太い何かが制止させた。
「おい、止めろ」
制止させたのは、髭面で大柄な男だ。
身長は二メートルはあるだろうか。
エプロン姿がミスマッチで、大部分は筋肉で出来ているであろう大男は、凄まじい形相でモヒカンを睨み付ける。
モヒカン男は小さく悲鳴を上げ、情けない姿を晒しながらも下っ端共の後ろに下がっていった。
「よぉ、ここは骨董屋だ。暴れてぇなら場違いだぜぇ」
「生憎、わざわざ暴れたくて来た訳じゃなくてねぇ。ちょっくらこの店の前で落とし物をしたのさ。なあに、見つかれば帰らせてもらうよ」
大男は腕を組み、ディルモットの前で笑った。
その気迫や威圧は相当なものだが、ディルモットは飄々とした態度で言葉を返す。
「はぁん、落とし物たぁ……そりゃあなんだ」
大男の問いに、ディルモットは沈黙した。
下っ端共が気味の悪い笑みを浮かべ、大男は鼻を鳴らしディルモットを見下す。
状況は最悪だ。
数は多いがそれほど問題ではない。
だが、この大男の存在は厄介だ。
他は雑魚でも、この大男だけは只の小悪党ではないらしい。
「話してくれねぇなら仕方ねぇ。だが、簡単に帰す訳にはいかねぇ」
「アタシも、簡単に取り返せる落とし物とは思ってないさ……っ!」
どちらが早かっただろうか。
ディルモットの言葉が終わると同時に、大男の拳が彼女に襲い掛かった。
それを、間一髪で躱したディルモットは、後ろに飛び退きダガーを構える。
「……狭いな」
だが、ディルモットの背中は既に壁と密着しており、前から奮われる大きな拳を避けることで精一杯だった。
「舐めんなよ糞アマがぁっ!」
大男の攻撃を避けたところで、狭い部屋の中では次々と下っ端共の追撃に襲われるばかりだ。
一人一人に時間を掛けていては、すぐさまねじ伏せられてしまう。
ならばと、ディルモットはモヒカン男に目を付けた。
「おらおら! 死ねぇっ!!」
下っ端共の中でも最下層であろうモヒカン男は、味方の攻撃やサポートなど無視して、ディルモットに向けて湾刀を振り回す。
おかげで周りの下っ端は手を出せずに、怒鳴りはしても観戦するだけ。
これはチャンスと、湾刀が縦に奮われた瞬間、ディルモットはモヒカン男の手首を強く引き、鳩尾に蹴りを入れる。
「ごはっ……!」
モヒカン男は勢いよくテーブルや椅子を押し倒し、味方の群れへと倒れ込んだ。
「まず一人」
驚き怒る下っ端共が、再び襲い始める中で、ディルモットは扉付近にいたターバン男の首筋にダガーを一閃させる。
噴水のように涌き出る血飛沫が壁を汚し、ターバン男は死を認識する前に首元を押さえ崩れ落ちた。
「こいつ!」
大男と共に拳を奮ってきたハゲ男。
ディルモットは大男の拳を躱すと、その背中を支えにハゲ男へと向かっていく。
遠心力を利用し、大男の視界をロングコートで覆い隠すと、勢いよくハゲ男の後ろ首に蹴りを叩き入れる。
「二人」
ハゲ男は眼を白目に変え、唾液を撒き散らしながら倒れると共に、ディルモットも床に着地しようとした。
だが、その着地を狩ろうと棍棒片手に奮ってきたのは、優男だ。
「ウラァッ!!」
獣のような叫びを上げ、ディルモットの頭上に振り下ろした棍棒。
それを辛うじて右腕の腕輪で防いだディルモットは、反撃には転じず大男との距離を取る。
「こいつ、運び屋かよっ!」
動かないモヒカン男。
床に血溜まりを作り上げたターバン男。
首を蹴られいつの間にか倒れていたハゲ男。
無惨にも倒れる仲間たちを一瞥し、優男はディルモットの腕輪を目視して驚愕していた。
「こいつぁ、まさかの展開だぜ」
眉間にしわを寄せる優男だが、その隣で大男は手を叩いて笑っていた。
仲間を殺され、一刻一刻死が近付いているなど、微塵も頭にはないのか。単に頭がおかしい奴なのか……。
どちらにしても、優男はディルモットと大男を交互に見つめ息を飲んだ。
ディルモットは再び蹴破った扉付近に戻り、ダガーの付着した血を振り払う。
「笑ってる場合じゃねぇよ! この女、普通の運び屋じゃねぇぞ」
焦る優男に対して、大男は余裕の表情でディルモットを真っ直ぐ見据え、溜め息と共に肩を竦めた。
「家出した王子に、まさかこんないい女が護衛してるたぁなぁ。予想外だぜ」
「……その王子がいる場所が、ここだと聞いてね」
「なるほど。とんだ“落とし物”な訳だぁ」
ディルモットの言葉に、大男はひとしきり笑って腰に差した武器に手を伸ばした。
手頃な鉄の斧が二本。
その一本を右手に構え、大男は優男に離れるよう指示を出す。
「王子はこの奥だぁ。だがなぁ、これは返してやれねぇ。俺が拾ったもんだからなぁ」
「……魔臓器」
大男が腰の布袋から取り出したのは、紛れもなくアールスタインが持っていたはずの魔臓器だった。
四角の透明な箱に入れられた魔臓器は、微かに脈打ち、大男と共鳴するように震えている。
「あの馬鹿……」
悪態をつくディルモットだが、大男は豪快に笑い魔臓器と見つめ合う。
「誰もが失った魔法を使うことが出来る魔法使いの心臓……俺はこいつさえありぁ、あの王子なんてどうでもいい」
「どうでもいいって……ティーチの旦那! そりゃあ契約違反──」
「黙れ」
ティーチと呼ばれた大男は、優男の頭を鉄斧の柄で殴ると、ディルモットに向かって笑みを漏らした。
優男は額から血を流しながらも、ティーチを睨み付け棍棒を強く握り締める。
「悪ぃが、俺はここで退場だぁ。予定が詰まってるんでね」
「それを持ったまま、ここを通すとでも?」
「あぁ、そうだったなぁ。だがなぁ、俺の“魔法”は……強いぜぇ」
扉の出入り口を塞ぐディルモットに対して、ティーチは魔臓器を上へとかざし始めた。
魔臓器の脈が早くなると、ティーチの手、腕を伝い、身体の奥底へと魔力を注いでいく。
ディルモットはすかさずティーチの側面に回り込み、ダガーを奮おうとしたが、遅かった。
ティーチの鉄斧がダガーより先に奮われ、金属がかち合う音と共にダガーは宙へと飛んだ。
「止まれ!」
最後の賭けと、ディルモットは拳銃を引き抜きティーチの後頭部に銃口を当てた。
銃声が鳴り響けば、いくら賑わいを見せる砦でも観光客は気付くだろう。
それで魔法の発動が止まり、魔臓器が手元に返って来るならば、いっそそれでも構わない。
だが、ディルモットの考えは、それすらも手遅れに終わってしまった。




