36話
ドロシーにどう説明するか悩んでいるとムカデのほうに進展があった。
巨大なムカデにひらりひらりと舞うように近づいていく。
ジャンプして宙に舞っている間に一匹の巨大ムカデの咢が飛び込んでくる。
しかし慌てることなく乗馬鞭をふるう。
本来鞭は音だけでダメージを与えるものではない。ましてや甲皮に包まれたムカデなどに効くはずがない。
しかし鋭く振るわれた鞭は易々とムカデの頭を両断する。
まるで豆腐をつぶすようにこともなく殲滅していくさまは異常。
だがそれが彼女、孔雀明王の特性。毒、呪いというものに対し完全解除し滅することができる。
呪いであり毒である蠱毒は彼女にとっては何の意味もなさない。
蒼白い浄化の炎によりつぶされたムカデは灰も残さず燃え尽きていく。
動くムカデをすべて倒してから淡々と歩いてくるマユーリー。
よく見ると連れて行った恰好のまま左手にアンバーをぶら下げている。
戻ってきたアンバーはしっかり目を回していた。
『もうこいつとは顔も合わせたくにゃいにゃ』
ぐったりしているアンバーを解放していると緋焔と紫苑が戻ってきた。
ムカデの炎は村に燃え広がっている。
『呪いの浄化を行っています。あと数分で燃やし尽くせますのでご安心ください』
「村はやはりだめだったか?」
『生きている生物はおりませんでした。あれが蠱毒なら一番に犠牲になったのは村人でしょう。最終的にムカデが一匹になることがあの結界の解除条件であったと思われますが』
「犯人は捜せるか?」
『無論です。呪術で私をたばかることは不可能です。ですがまずは契約の順守が優先します』
「後回しってわけには・・・?」
『こういうのは早く済ませた方がよろしいのですよ。それでは明王召喚条項第4項【敵対者に与えた分の苦痛を召喚者も負う】発効』
言うや否や全身をとんでもない苦痛が襲う。
ただ痛みに転げまわるしかできない。
ファムとドロシーが駆け寄ってくるが気にすることもできない。
『貴様、主に何をする?返答次第によっては明王部の殲滅も辞さぬぞ』
緋焔が人型に戻りマユーリーの首筋に剣を突きあてる。
しかし、当の彼女は殺気の塊である剣がまるでそよ風であるかのように気にしていない。
『これは明王部にのみ存在する召喚条項だ。貴公らにどうこう言う権利はない。』
『主に苦痛を与えることが条項というのか?』
『いかに主とはいえ人は人、殺戮の意味を知ってもらわねばいけない』
『ましてや明王は鉾にしかなれない。殺戮でしか主の力になれないのだよ。命の重みをだからこそ知ってもらわねばならない』
すこし苦痛が和らぐ。とはいえ浄化した命の分だとしたらこれでもまだ一部分なのだろう。
「サー、これでおよそ一割が終わったくらいだがどうする?続けていいか?」
「一割?きついなぁ死なないとはいえ死にそうにきつい」
「止める方法はある。契約破棄条項としてこれ以降の指令遂行の破棄および召喚リストからの明王部の抹消によりこれ以上の条項執行を破棄できるが、どうする?」
「あ、いや、そういう意味じゃないんだよ」
一瞬不思議そうな顔をするマユーリー
「今回のことで明王部は味方でいてほしいことがよく分かった。手放さないのは決めたことだ。」
彼女の目を見てはっきり言う。
「この与えられる苦痛はおそらく君の受けた苦痛だったんだろ?呪いの浄化のために身で受け苦痛を感じて浄化する。苦しいけどそれを強いたのも俺なんだからそれくらいは受けるよ。」
驚いているようだ、気づかないとでも思ってるのかね?
[痛み]をそのまま移すことなどできはしない。
ファムの[一時拝借]のように一度自分で受けなきゃこんなことできないよね?
もっともそう気づいてしまったからこそ耐えるしか選択肢がないんだけどね。
「そうですか、サーの覚悟受け取りました。一気に参ります」
そういうと近付き口づけされる。
え?どういうこと?と思う間にまた苦痛がやってくる。
先ほどと同じくらいの時間のたうち回りやっと苦痛が終わる。きついなあと五倍ほど?
見ると相変わらずマユーリーが皆に睨まれているドロシーもファムもかなり敵愾心をむき出しの視線である。さすがに喧嘩売るのはやめなさいって。
「サー、今回はこれで終わりだ。私はもう一つの依頼を果たしに行く」
「そうか、頼むよ。無理はしないでくれ」
「了解した。」
そういって近づいてきてもう一度口づけする。
「二つ報告がある。一つはサーに苦痛耐性のスキルを譲渡した。これで少しは明王の召喚が楽になると思う。申し訳ないが私には苦痛無効のスキルがないのでこれだけだが。」
「最初の苦痛並の時間で済んだのはそのスキルのおかげってこと?」
一部で終わらせてくれたのかと思いきや全部の苦痛であれだけだったらしい。
見てみるとスキル欄に【SR苦痛耐性LV2】が付いている
「あと、これからは私を呼ぶときは[孔雀明妃]で呼ぶように。それなら明王部条項に触れずにいつでも呼び出せるので」
私にだけ使える裏技ですがね、そういって空をかけていくマユーリー。
気に入ってくれたのかね。でもとりあえず動き出すのは体力戻ってからにしよう。




