16話
午後、更衣室で着替えていると後ろから女生徒に声を掛けられる。
「ドロシー?どうしたの着替えたりなんかして?」
「うん、きょうは武技クラスに混ぜてもらえることになったの」
「へぇ。兄妹対決?」
「ううん、ラウルと交替」
そういうと聞いてきた彼女は肩をすくめる。
「あんたたち二人とも才能豊富だからね。今日は気をつけなさいよ」
「大丈夫よ。ただの授業だし、ここには来ないけど家では姉さまとかに鍛えてもらってますからね」
「剣姫仕込みね、こわいこわい」
そういって先に着替え終わった彼女は出て行った。
「姉さまよりもラウルの方が怖いんだけどなぁ・・」
誰もいない更衣室でひとり呟く
ヒルデ姉さまは正当な剣術。敵わないけれど鍛錬で追いつける自信がある。
しかしラウルの剣は異質。剣で戦うことを想定していない気がする。どこから来るのかわからない斬撃。かと思えばいきなり剣を手放し拳で殴ったりする。まるで獣。対峙するときは双子の妹なんて思ってもいない。練習と言えど死を思わせる冷たい殺気。でも普段はかいがいしく面倒見てくれる兄。
いつからだろう、そんなラウルに追いつかなければと思ったのは。
いつからだろう、そんなラウルを兄として以上に見てしまうようになったのは。
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幼い頃は普通に仲良く二人で遊んでいた。
ラウルは兄だと言われていたが、女の子の方が成長は早い。特に自分は活発だったのだろう。
いつもラウルを引っ張りまわして遊んでいた。文句を言いながらもしっかりついてくるラウルを弟のように思って遊んでいたと思う。
10歳になるある日庭の木に一匹の猫が登っていた。子猫が登ってしまったはいいが降りられずに鳴いていた。私はそれを見つけて助けようと木に登った。でも猫のところに来た時に私は自分のしでかしたことに気づいた。とても高くて怖くなってしまったのだ。手足がすくんで動けなくなった。
その時ラウルは庭に立てかけてあった梯子をもってきてくれた。といっても登った枝には届かなかったので木の幹に立てかけて上まで来てくれただけだったけど。猫は動けない私の上を通ってすんなりと梯子を伝って降りて行った。あとは怖がって動けないでいる私。ゆっくり動くように指示をしてくれてようやく枝の根元まで動くことができた。でもそれが当時の私の限界だった。いきなりラウルに飛びついてしまったのだ。
その結果二人とも梯子から落ちた。私にけがはなかったが、地面から私を守るようにして気を失っているラウルを見て私はただ泣きじゃくるしかできなかった。
ラウルは二日くらい気を失っていた。私は両親から大目玉を食らい一通り泣いたあとはずっとそばにいた。
目を覚ますときには傍に居なきゃ。確か当時はそれだけを思い込んでいたと思う。
それなのに少しおトイレに行っている間に目を覚ますんだもの。うれしくって悔しくって思わずだきついてしまった。おでこが当たってとても痛かったけどそれでも離せなかった。ごめんなさいってずっと謝ったけど、頭が当たったことだと思ってたみたい。
それからなんというかラウルは変わった。
急にトレーニングすると言いだしたり、料理をおいしくしたり。
とくにハンバーグ。柔らかくておいしいしトマトソースなんかも作ってる。
うちの料理は劇的においしくなったけれどそれもすべてラウルが発案したことだ。
なんでも倒れていた時に女神様のお告げがあったらしいけれど、確かに神様でなければ包丁を握ったことのない10歳児に料理なんて教えることはできないだろう。
トレーニングも一風変わっていた。いきなり座りだして体を曲げたり伸ばしたり。どこで拾ってきたのか
猫を相手にやっていた。不思議な光景だがやっぱり危ない目に合わせたことを怒っているのかな。あの日以来ほとんど話しかけてくれなくなった。当時の私はすごく寂しく思ったのを覚えている。
それでも平静を装って仲間に入れてもらった。ラウルは本当に気にしていないようでトレーニングとやらはそれから二人でするようになった。
その日からは立場が逆転したのを覚えている。いつも無茶なことをしてラウルを驚かせていたのは私。なのにその日からラウルのすることに驚いてばかりの日々だった。
じきゅうりょく?っていうのを鍛えるって言って家の庭にランニングコース作ったり、
きんとれっていって取っ手の付いた錘をつくったり。
森に入っていっていきなりロック鳥を従えてきたり。内緒だよって言って魔物を倒したり。
急に魔法の練習しようって言って。なぜか尻尾のないキツネを連れてきてモフモフしながら魔術トレーニング始めさせたり。
驚くのと共にワクワクしていた。ついていくととても面白い世界が見える。
剣術は得意じゃないらしくいつの間にか私の方が強くなっていたけれど、トリッキーな動きが多く模擬試合ではだいたい引き分けっぽかった。
魔法は風魔法の適性があったらしくかなり強力なものが使えるようになっていた。
「すごいな。剣術も魔法もドロシーにはかなわないな」
雷の魔法を使えるようになった一年前、ラウルにそう言われた。
彼の言葉からは本心がうかがわれる。
でも知っている。まだまだラウルにはかなわないということ
決して本気の戦闘をしてくれないけれどまだまだ実力に相当の開きがある
ずっとそばにいたからそれくらいは感じている。
学院を出てからひとり家を出るつもりなことも、きっと私を置いていくことも。
ヒルデ姉さまは最近本気で稽古をつけてくれる。
「家を出るつもりなら少なくとも私に勝たなきゃね?」
そういって楽しそうな姉さまは少し怖い、でもわかっている。案じてくれているということを。
「ラウルはもう私じゃ勝てそうにないからね。貴女も私より強くなりそうだし、もう少し姉を敬いなさい」
そう笑いながら言ってくる。おそらく今のままではラウルに追いつけない、その苛立ちを感じ取ってくれているのだろう。おそらくこの優しい姉は私の気持ちにすら気づいていると思う。そしてそのうえで困難な道と示してくれている。
雑念は払わねばならない。ただあきらめたくないだけ。決めたんだから
もう二度と大事な人をなくす恐怖はごめんだ。そのためにできることは何でもやると決めたんだから。
私は気合を入れて扉を開く。




