転生先は悪役令嬢の靴だった
私はずっと憧れていた。
異世界転生。
悪役令嬢? モブ? 魔王? ぜんぶ上等、どんな役でもやってみたかった。
だが――異世界の神様は、どうやら私の想像を超えてきた。
私、靴になってる。
目はない。口もない。身体は革と布。
クラウディアという美貌の悪役令嬢が私を履いている。
「……王子がくれたこの靴、妙な気配がするのよね。まさか、呪いでもあるの?」
いえ、呪いではありません。
中身、人間だった者です。
しかしクラウディアは平然としていた。
いや少し違う、平然ではなく――時には歩きづらさに眉をひそめていた。
「な、なんで急に止まるのよ!!?」
それでも、クラウディアは私を履いた。
私は決意していた。
悪役令嬢が破滅するイベント全部、靴としてぶっ壊してやる。
まずは「ヒロインを嘲笑う場面」。
クラウディアを全力でその場から逃亡させることで回避した。
周囲がざわめく。
「クラウディア様が……走って逃げた!?」 「まさか……?」
……よし。順調。
私にできることは限られている。しゃべれない。手もない。
だが一つだけある。
クラウディアの歩行操作権。
足のコントローラーを握った私は、イベント潰しに奔走し始めた。
嫌味を言うはずの場面 → 足首を軽く捻らせて沈黙へ
ヒロインを怒らせる予定の言動 → コケて回避
ライバル貴族からの嫌がらせ → 逆に踏んでしまう(わざと)
「今日の私も……何かがおかしい……」
クラウディアは困惑しているが、それでも破滅フラグは折れ続け、周囲の評価が地味に変化していく。
「クラウディア様、最近おしとやかですね」 「……いえ、そんなつもりは……」
靴としては手応えバッチリだ。
クラウディアは異様に歩く数が増えていた。 ……私が歩かせているからだ。
「ヒロインが危ない!」イベントでも、
「陰謀が迫っている」イベントでも、
良い方向に向かうように全力徒歩だ。
徒歩というよりはもう走っているに近い。令嬢だから。ギリギリセーフのラインで。
クラウディアの体力は少しずつ向上し、全校でひそひそと噂される。
「クラウディア様、最近脚が引き締まってる……」
「美脚……」
「いや、以前より腰のライン迄……」
はい、強いです。強くて美しい悪役令嬢です。
クラウディア本人は戸惑う。
「……私、いつから健康路線に?」
ごめん。でも必要なんだ。
あなたを守るために私はがんばってる。
ヒロイン・リリィを王子が助けるイベントが発生する。本来ならクラウディアはここにはいない。
しかし私は違う動きをさせた。
「危ない!」
ドンッ!
クラウディアはすごい勢いでリリィを突き飛ばし、落ちてくる荷物から守ったのだ。
「クラウディア様……助けてくれたのですか……!?」
「ち、違うのよ今のは足が……」
「足?」
リリィはなぜか瞳をきらきらさせていた。
「クラウディア様は、足元までお優しいのですね!」
いや違うけど!?
でも良い誤解だからOK!
それ以来、リリィはクラウディアを慕うようになる。友情……いや若干百合の気配もある。
ここで物語の黒幕が動き出した。
王子ユリアン。
彼こそ、クラウディアを破滅に導くために呪いの靴(私)を贈った張本人。
クラウディアがあまりにも優秀なのが、気にくわなかったのだ。
つまり私は元々、彼の悪意の道具だった。
――そんなの知らないし、使わせない。
私はクラウディアを守るため、王子の陰謀の動きを察知するたびにクラウディアを遠ざけた。
結果、計画はことごとく失敗する。
「……王子、最近失態多くない?」
「クラウディア様、なんか活躍して
る……?」
それは私です。
靴の努力を評価してほしい。
ついに王子が直接クラウディアを陥れようと動いた。険しい顔をして言う。
「クラウディア、君は──」
その瞬間――私は動いた。
王子の足を思い切り踏む。
「ぐあっ!?」
クラウディアは驚いてよろめくが、その反動で王子に肘鉄を入れてしまった。
王子、派手に転倒。周囲、爆笑。
「王子殿下、見事な倒れっぷり……」
「クラウディア様、わざと……?」
違うけど結果オーライ。
オロオロとするクラウディアだったけど。
そうして、物語最大の山場「断罪イベント」が訪れた。
王子が大勢の前でクラウディアを非難し、婚約破棄を宣言する予定……だが。
私は全力で動いた。
クラウディアが滑って王子に抱きつく形で転倒。
周囲から「王子がクラウディア様を庇った」という声が上がる。
王子は想定外で恐縮。
しかし私がわざと王子の足を踏む。
「痛っ!? な、なんだこの靴は!!?」
「王子殿下が、私に贈って頂いた靴です」
クラウディアは大切そうに私を撫でた。
「……バカな。それは、呪いの靴のはずだ」
その言葉で、周囲は一気に騒々しくなった。
「呪いの靴とは?」
「そんな物があるのか?」
「贈ったと、言ってたよな……」
周囲の空気は完全に逆転した。
王子の断罪は失敗。
クラウディアの評価は急上昇。
作戦大成功だ。
事件後、クラウディアはぽつりと呟いた。
「……でも、この靴、私を守ってくれている気がするの」
私は胸が熱くなった。
いや胸ないけど。ソールだけど。
クラウディアは私を丁寧に磨き、手入れし、
「あなたは私の幸運の靴よ」と笑う。
人間の頃よりも、大切にされている気さえした。
呪いを解除できる儀式が行われることになった。
私はそこで 人間に戻るチャンス を得る。
だが――
クラウディアは涙ぐんで言った。
「あなたがいなくなったら、私は……足が震えてしまうわ」
靴の私もまた、クラウディアを見捨てられなかった。
だから私は選んだ。
人間に戻らない。
最後までクラウディアのそばで“靴として”生きることを。
クラウディアは王子を愛を持って改心させ、ついには学園中の人気者となった。
運動もできる、美しく、強く、優しい。
そして――幸運を引き寄せる靴を持っている。
「さあ、行きましょう。今日は大切な式典よ」
クラウディアが歩き出す。
私はその一歩一歩を支える。
この世界で、私は靴として生まれた。
でも、クラウディアの歩む人生の一部になれた。
それが嬉しかった。
――いつか役目を終えたら、人に戻るのかもしれない。
――でも今は、彼女の足元で。
私は今日も、クラウディアと一緒に歩く。




