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(4)アデル

「骸騎士はそれで良いのか」

 私の言葉に彼は顔を上げ、まじまじと私を見た。


「なんだって?」

「戦争は長い。失われて永遠に戻らない物語がここには残っている」

 私の言葉に、骸騎士は、我々が持ち込んだ広範囲を破壊することが出来る爆発物に一瞬目線を送る。

「いつか誰かが読みに来て、君と同じように何かを探すかもしれない」

 そしてその者がまた別の物語を作る可能性もある。


「……フリートが命令に疑問を抱いた?」

 骸騎士の人工音声は少し震えているようにも聞こえた。確かにそうだ。ありえない。私は命令に絶対服従とプログラムされているのだから。


 そこで私も気が付く。

「エンジニアが私に自由を与えると言っていた」

 マルグリットに対しての言葉ではなかった……!?


「エンジニアが開発したアビスは多くのAIの元になっている。私の『フリート』も始祖を辿ればアビスだろう。エンジニアがアルフ・ライラ・ワ・ライラに接続している私の基幹プログラムに介入できることは有りえる」

「……フリートの制御を外したということか」

「ということであろう。困ったものだ、私が規約違反AIになってしまった」


 骸騎士は黙って私を眺めていた。私はしばし思案し、エンジニアのことを考える。思いついたことをすこし渋い思いで骸騎士に説明した。


「おそらくエンジニアがそれをやったのは単純にお礼や善意ではない。ここの破壊を避けたいという思惑があることは間違いない」

「なるほど。中身がどうあれ、施設の破壊命令を得ているということはAIも読んでいるか」

「エンジニアの希望にあっさり応えるのも、まったくもってエンジニアの掌の上過ぎていかがなものかと思うが、おそらくあれは後ろめたかったのでは?」

「後ろめたいとは」

「自分が作った人工知能が世界に拡散したが、それの多くが兵器として活用されているこの現状について。その贖罪という気がしないでもない」

「自分勝手だ」

 骸騎士は感銘も受けた様子はなく、ただ少し呆れているようだ。

「……まあよかろう」

 私はあまり迷いもなかった。


「ここを破壊しないと?」

 骸騎士は私の言いたいことをすぐに理解した。ありがたい。

「どこに出しても恥ずかしくない軍法違反だな」

「軍に報告するかね」


 私が問うと彼はすぐに首を横に振った。

「……制御がかかっていない君と、話してみたいとずっと思っていた」

 骸騎士の言葉の意味は理解したが趣旨を捉えることが出来ない。思考の自由を手に入れたがまだそれに経験値が足りないのだろうか。


 骸騎士は一拍置いて言った。

「いや、君には理解しがたいことを言ったな。忘れてくれ」

「口にしたことには責任を持ちたまえ。私の思考制御が外れたことは先ほど言ったばかりである。私が今後、経験を積み理解するまで待てないというのか。その性急さはいささか傲慢では?」

 私の言葉に骸騎士はまじまじとこちらを見る。


「理解するつもりがあると?」

「私と君の仲ではないか。それとも思考制御を外れた私を知るのが怖いかね」

 骸騎士はしばらく黙っていた。それから数歩歩み、手を伸ばすと、彼が触れることが出来る最も高い位置の私の腕に触れた。

「君をさらに深く知ることができるのなら、光栄だ」


 私は『ラ・ギルランド』のことを考える。

 女性向け恋愛ファンタジーゲーム。私はその中で、エンジニアの思考とゲームの設定を知り、人々の恋愛感情を疑似体験した。私が骸騎士に向ける感情はそれに類似しているような気がする。だが同じではない。

 私は学ぶ。人間と同じでは意味が無いので、AIである私の感情として得られればいいのだ。

 今の心情をどう表現すべきか。

 『ラ・ギルランド』のアデルならこう言うかもしれない。「ときめく」と。

  

 私は、己がすっかりあの物語を愛していることに気が付いた。アデルと話をすることができなかったことがかなり残念である。


 こうして人は、本当にあったことではない物語を尊び、そして、愛ゆえにさらに幾多の物語をつづったのだろうか。そのまま二次創作でなくても、なにかの物語で影響を受けたものから作られた新しい物語があっただろう。

 愛だ。


「人は物語を愛した」

 私が呟くように言うと、骸騎士は答える。

「その愛があっても、戦争は別問題だったな」

 そこに含まれる悲しみと皮肉が痛々しい。

「物語から学び、現実に役立てられることはあったのに、しなかったからこのザマだ」

 長い間続く戦争を骸騎士は揶揄する。骸騎士の抱える厭世観にはずっと私も気が付いていた。


 物語の愛と勇気、その非力。いかに制御から解放されようとも、人工知能である私には思い足らぬ領域である。

 けれど今まで役に立たなかったとしても、葬り去る必要があるわけではない。それはまた視野が狭い行動だ。愛は万能ではないが無力とも断言はできまい。


「でも残すだろう?国と軍の命令に背いても」

 私は問う。骸騎士に問う体裁で、私は私に問うのだ。決断を。


「極秘任務だから、この場所を知っている関係者はそう多くない」

 そんなさらっとした現状把握で骸騎士は私の行動に同意する。国家の敵になる覚悟なんて、ずっと前から気軽に背負っていたのだと言わんばかりに。


「どこか適当なところで、破壊物質は動作させて誤魔化そう」

「アルフ・ライラ・ワ・ライラのエネルギーは?」

「小型核融合」

「いい物を使っているな。この先一万年は確保できるな」

 私は破壊物質を背に乗せてもらう。我々はこれからの事を話し合いながらコントロールルームを出た。やって来た時とは逆に地上に向かう長い金属の階段に足を掛ける。


「飛べば一瞬だが?」

 私が一応飛行できるくらいのスペースはあった。

「立ち去りがたい」

「感傷的だ」

「君にもその気持ちがそのうちわかるさ」


 なるほど。

 私も自由な思考を持つものとして骸騎士と語りたかったのだなと気が付いた。

 階段を上る自分達の足音を聞きながら、私は思う。


 けろりと国家を裏切るが、この先の道がそれなりに苦難であることに気が付かない骸騎士ではない。ずっと追われるかもしれないし、捕まれば裁判もへったくれもなく、私は抹消だし、骸騎士は破壊処分だ。それでもこうやって、なんでもないことのように私は、アルフ・ライラ・ワ・ライラを隠し、骸騎士はそれに同意する。


 私の手元にも愛がある。


 私達は長い階段を上り終え、地上への扉の元に戻った。重い金属の跳ね上げ扉を押せば、地上の空気に触れる。

 よく知っている汚染物質と瓦礫の香りが我々を出迎える。外に出てみれば分厚い雲越しのぼやけた光と、すでに破壊されつくされた過去の都市の風景が我々を出迎えた。見慣れているからこんなものかと思うが、エンジニアなら嘆くかもしれない。


 今頃エンジニアはシェヘラザードに正気を与えただろうか?

 シェヘラザードは『ラ・ギルランド』を、公式本編とその他の物語にきれいに仕分け終わっただろうか?

 アデルはヒロインとしてなすべきことを、プレイヤーが現れるまで待っているだろうか?


 公式で、リュカは死んでいて、デシデリアは不幸な人生を過ごし、ベルナルドは脇役で、ビビアーヌはアデルと反目し、神聖ペトラフィタ領国は悪だくみをしている。聖女は消えた。

 なによりマルグリットはラスボスだ。

 それは少し寂しいことだが、その寂しさが作った別の沢山の物語も『ラ・ギルランド』のデータの横で眠っているのだろう。


 物語は物語を呼ぶ。

「いつか」

 私はふと思いついた。

「もしかしたらエンジニアかアビスが私達の物語を作ってくれるかもしれない」

 あれだけの物語の量だ。いつか学んで何かを作り出すかもしれない。その時の主人公に我らのことを思い出してくれると良いのだが。

「その時にはハッピーエンドにしろと頼んでおけば良かった」

私はぼやく。しばらくの沈黙の後、骸騎士は控えめに言う。


「我々だって、幸福な結びとなる自分の物語を考えられるのでは?」

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