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(3)フリート

私は違う風景が自分の視覚環境に写っていることを認知した。 


 王宮のイザボー皇太后の部屋ではない。もっと殺風景で広大な場である。私は身を起こす。その視界がマルグリットで馴染んだ人の身長とは異なる随分な高さであることで、己の状況を思い出した。

俯いた視界にあるものは、白い鱗上の皮膚に六本指の前肢。指先には鋭い爪が付いている。


 顔を上げれば目の前には簡素なコントロールパネルがあった。上はガラス張りでガラスの向こうには広大な空間があり無数のサーバーが並んでいた。ガラス越しのため動作音は聞こえないが、緑のランプが点灯している。


 ガラスには私の姿が映っていた。巨大だ。

 本当の私は巨大な有翼の純白の竜というのが最も近い。体長は牙から尻尾の先まで約十メートル。体高は五メートルくらいか。


「やっと帰って来たか」

 視界の下部から呼びかけている者がいる。

「骸騎士」

 私は随分長い間会っていなかった彼との再会を声にした。自分の巨大な手の近くに彼が立っている。金属や特殊カーボンで出来た甲冑と兜。おおよそ生身の人間である部分は何一つ見えない。

 兜には面頬が備わっており、そのシルエットは人間の頭蓋骨を思わせた。


「いかほどかかっていたか」

「一月ほどだな」

 体感では一年ほどだったのでそれに比べれば随分短い。だがそもそも。

「予定では一週間の任務だったな」

 骸騎士は気にするなとばかりに肩をすくめた。


 エンジニアが生きていた頃から随分経った世界で生きる我々は兵士である。すでに世界大戦は三十年を越え、混迷甚だしく、我々も敵が何かを、戦争の終わりとはどんな姿をしているのかすらわからない状況下にある。


 各種兵器の使用は行きつくところまで行き、すでに住めなくなった場所も星の各所に存在している。

 私はDNA操作により生まれた生体型の……有翼の竜に似た姿を持つ飛行型の兵器である。その身こそタンパク質で出来ているが、頭脳はAIに挿げ替えられている。そのAI、フリートは始祖を辿ればアビスに行きつくのだろう。

 エンジニアが私を勝手に親戚呼ばわりしていたが、確かに言い得て妙だ。


 逆に骸騎士は身体はすべてサイボーグ化され、残す身は脳だけだの存在。

 竜と騎士。我々は一対となって任務にあたっている。


「独裁者の複製AI人格は有ったか」

「無かった」

 私は完結に答えた。


 対戦国の独裁者は先般誰かが殺したが、そのAI人格が隣国に密かに設置された巨大サーバーにあるかもしれないとの命を受け、我々はこの基地を探し当てたのだった。

 そして内部に探りを入れたところ。管理AIシェヘラザードの故障とエンジニアの衝突に関わり、予期せぬループに巻き込まれたというわけである。


「外界からは観測できていたか?」

 私の問いに、骸騎士は頷く。

「だが、シェヘラザードのブロック機能が強く、干渉は困難だった。時々呼びかけるのがやっとだった。フリートがマルグリットとして介入することでデータへの影響が大きくなり、やがて隙が出来てきたので、ようやくまともな呼びかけができるようになった。それは随分最後の方だ」


 なるほど、あれらはやはり骸騎士だったのか。

 『ラ・ギルランド』のなかに脈絡なく入り込んできた「フリート」という呼びかけは骸騎士からのものだったか。そして最後の最後に会った甲冑の騎士も。


「エンジニアもしたたかだったな」

「まったく」

 ここに入れるのはAIである私だけだ。骸騎士の頭脳はまだ人体のものであるからデータ環境に移行が困難だった。このデータベースに私が介入することは当然作戦として決定していたが。

「すっかり利用されたと考えるべきであろう」

 骸騎士はガラスの向こうの眼下を眺める。無数のサーバーの光の点滅は、天上の星々の瞬きにも似ている。


「しかし、かつてはこれほどに無数の物語が世に存在していたのか」

 私もまた彼と同じ方向を見る。確かに空恐ろしいくらいだ。

 そしてそれらの多くが失われたこともまた別の恐怖である。

 私は都市を、そこにあったであろう図書館や書店を、デジタルデータとして世界に提供されていた無数の物語を思う。

 今はもうインターネットは壊滅し、世界各地の多くが荒野となり果てた。


 エンジニアは言っていた、一つの物語、そこから派生するまた幾多の物語。


「フリートはそういう世界を知らないか」

「そういう骸騎士は知っているのか」

「十代くらいまでは世界にまだ平和というものがあったからな」

 骸騎士の正確な年齢を私は知らない。サイボーグ化によって身体の衰えはなく脳機能はそれが浮かぶ溶液に機能低下を防ぐ薬剤が投入されている。

 もしかしたら実は随分な年齢なのかもしれない。


「君を待っている間、検索で懐かしい物語を見つけて読んでいた時もあったよ」

「私はその間必死にループしていたのだがな」

「悪かった」

 骸騎士は悪びれていなかったし、言うほど私は腹を立てていなかった。骸騎士は私の相棒だ。彼が少しでも楽しいと感じた時間があったのならば、それは私にとっても喜ぶべき時である。


「さて」

 骸騎士は我々の任務を思い起こさせた。

「ここを破壊するという任務があったな」

 独裁者の人格が残っていればそれをサルベージすること。


 なければ、あるいはサルベージが不可能であればこの隠されていたデータサーバーのすべての破壊が我々の任務である。人工物である私にはその命令に反する行為は不可能である。

 だが。

 ふと今まで経験したことのない感覚があった。

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