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「実は、わたくしの知り合いが悪魔憑きになっております」

「まあ」

 聖女は息を飲んだ。 


「非常に強い悪魔です。おそらくわたくしでは太刀打ちできません。若い、ルイーズ王女付き女官です。まだ人生はこれからというのに」

「なんとお気の毒な」

「たとえ悪魔祓いが出来たとしても、宮廷で噂になれば居心地が悪く、彼女の未来には困難が待ち受けます。どうか聖女様、お助け下さい」


「私に密かに悪魔祓いをと」

 聖女は頷いた。


「かしこまりました」

 はえーな!まじかよ!二つ返事じゃん。


「えっ、聖女様、こんな私の言葉を信じちゃって大丈夫ですか!?もしかしたら悪人で、聖女様を浚うとかするかもしれませんよ?」

 おっと素が出た。

「正直、マルグリット様のお言葉は突拍子もなくて、唐突だと思います」

 ベールの向こうから小さな笑い声が聞こえてくる。


「でもお困りの方がいるかもしれないのなら、そこにお伺いすることに異存はございません。行かなかったらあとで後悔するでしょう?」

 聖女様は私に同意を求めている。助けられるものを助けなければ後悔すると、私もそう思うような善人だと思っているということだ。


 ……ああ、良い聖女様だ。


 私は頷いた。

「王宮に付いてしまえば、枢機卿や王家の騎士団などがあなたを囲んでしまいます。どうかこのまま少しだけ寄り道いただけませんか」

「かしこまりました。しかし、聖騎士や司祭を連れて行けば、その女官の悪魔憑きを知る者が増え、人の口に戸は立てられませんから噂は広がってしまいます」

 なんてこととだ、聖職者の癖にコンプライアンスがなってねえ~。


「まあ、私のそばにおりますこの者だけならばよろしいでしょう」

 聖女は隣に座る騎士を見る。彼もまたよくわからないんだよな。立派な甲冑姿で兜もつけているから全然顔も見えない。なんなの、教団は顔を見せないとか言う教義でもあんのか……いや、枢機卿の正装からして実際あるのかもしれんな。

 まあ甲冑の騎士については彼女が横に置いているのだから信頼していいのだろう。


「ところで目的地はどちらになります?」

 私は、ここにいるだろうと目星をつけているアデルの居場所を伝えた。

「なるほど、ここからそう遠くはなさそうですね。マルグリット様は、馬車を動かすことはできますか?」

「あ、はい」

「そうですか、私もできます」


 なんのことだと思っていたら、聖女は小窓から御者に声をかけた。少し馬車によって気分が悪いので止めてくれないかと言っている。

 ……まさかとは思いますが。

 聖女に促され、私は外にでた。何気ない様子で聖女は御者に呼びかけて御者台から下ろす。ついてきたご一行も、なんだろうと足を止めた。


「さあ」

 実に優雅で自然な様子で聖女は御者台に上った。彼女が一瞬こちらを向き、私は彼女の真意を明確にとらえた。いやはや、過激だな。

 何をするんだろうと、我々を見ているお付きの者たちの前で、私と聖女は並んで御者台に腰かけた。


「さあ、行きましょう」

 聖女は手綱をふるった。馬が駆けだす。そう、何が起きたのかまだ理解していないご一行様を置き去りにして。

 我々だけで行く所存ですね、この聖女!


 聖女様はスピード狂なのか、爆速で馬は森の中を走り出す。

「素晴らしい速さですわね」

「はあそうですね!」

 自分のお供を置き去りにして、悪魔祓いのために単身森を駆けていく。思い切りがいい。めちゃくちゃ楽しそうだ。


「あとで司祭とか枢機卿が怒ったら、わたくしが責任を持って弁明いたしますので、マルグリット様はお気になさいませんよう」

「ありがたきお心遣い!」

 爆走過ぎて馬車揺れ過ぎで舌を噛みそうです。


「マルグリット様!ご案内してくださいませ」

「承知いたしました」

 やべー聖女だが、めちゃくちゃいい奴だ。背後から、聖女に置いてけぼりされた人々がようやく事態に気が付き、騒ぎ始めている声が聞こえる。すまんな。ちょっと借りますよ。


 私はあまりの早さに、ちょっとびびって捕まる場所を探しながら、彼女に行き場所を伝えた。

 多分これが、私の物語の大詰めだろうとわかり始めていた。



 私が聖女様を案内したのは都近くの森の中の、古い礼拝堂だ。アルマンと一緒に夜中に都に帰る途中、悪魔憑きアデルに襲われた場所からそう遠くない。

 アデルは悪魔憑きとなってから、ずっとここに閉じ込められていたのではないかと私は考えたのだった。

 馬車から降りて、私と聖女、そして甲冑の男は礼拝堂の前に立った。


「強い気配がします」

 聖女の肩が緊張していることに気が付く。

「たしかにここに、悪魔憑きがいると思います」


「わたくしもお手伝いはしますが、あまり期待に添えるほどの力はございません」

「……中の悪魔憑きに勝てるものはそうそういませんでしょうね。教皇猊下でもどうか……」

「聖女様」

「最善を尽くします」

 聖女はわりとあっけらかんとした物言いだった。


「悪魔祓いの間、この者が悪魔憑きを抑えるのには役立つでしょう」

 私は甲冑の男を見る。

「……この方はなんとお呼びすれば?」

 聖女の返事にはやや間があった。かといって甲冑の男が代わりに喋るわけでもない。なんだろうこの変な感じ。打てば響くような会話をする彼女なのに。


「騎士、で構いません」

 騎士なの?聖騎士じゃなくて?漠然としている。


 不可解ではあったが、それよりも目の前のアデル悪魔祓いの方が当然大切だ。私はひとり礼拝堂の入り口に進んだ。

「それでは開けますよ」


 扉には鍵がかかっていた。騎士が進み出て、扉を蹴り飛ばすと、簡単な鍵だったらしく扉が壊れるのと引き換えに開いた。

 わずかな窓から差し込む光は、空気中のホコリを浮かび上がらせている。正面の祭壇の前に、椅子に縛られたアデルがいた。

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