(1)
聖女に会える!
王宮に向かう朝だ。私は起きるや否や猛スピードで身支度をした。庭に飛び出せば王宮に向かう予定の馬車の御者が準備をしている。
「マルグリット様?」
「街道を南に行く」
私は彼に叫んだ。
「王宮へは?」
「あと!ついてきて。私は先に行く」
私は厩舎から馬を一頭引き出すとそれに飛び乗った。慌てふためいて突然の出立の準備をしている御者を置いて、私は修道院の敷地を飛び出した。
聖女が私の到着よりも早く都についてしまえば、アルマンやら司祭やらに大事にかくまわれて会うことが出来なくなってしまう。王宮に付く前に会うことが出来るのならば、そこに賭けるしかない。
だから私は、馬に乗って森を一心に駆けた。
アルマンよりも早く、彼女に会う。
一体どんな人なのかはわからないが、アルマンが自分よりずっと悪魔祓いの力が高いと言っているのだから、期待が持てるはず。
今のままでは悪魔憑きのアデルに勝つことはできない。
勝ってどうなる?という恐れはある。今まで攻略キャラに会っていろいろな経験をしてきた。それでも毎日悪魔憑きがどこからともなくやってきて、私はぶっ殺されて一日を終える。そしてループは終わらない。
ループが続いてもそれなりに楽しい日々を送れることも経験した。永遠がどれくらい続くのかはわからないけれど、いろいろな一日を組み立てることはできるからまだまだずっと楽しくループを続けることもできる。それこそ攻略キャラやそれ以外とちょっとずつ恋愛の真似事をすることだってできるだろう。
でも私の中の何かは願っている。
ループの原因を突き止め、そして終わらせるべきだと。
ここに永遠にとどまるために私は存在しているわけじゃないから。
聖女はその鍵だと確信している。彼女は『ラ・ギルランド』には存在していなかった。少しづつ違うこの世界で、明らかに大きく異なっていると言い切れる存在。そこに意味がないわけがないのだ。
私は駆けた。美しい森の中を。頭上の木々から零れ落ちる夜明けの光は徐々にその輝きを増していく。
やがてその先に、人の気配が漂って来た。空に立ち上る炊事のための煙、まだ囁くような人々と馬の声。
やがて開けた場所に着いた時、そこで野営をしていた神聖ペトラフィタ領国の聖女ご一行と思われる集団を発見したのだった。
「何者だ!」
速度は落としていたとはいえ突然そこに馬で乗り込んで来た私に、ペトラフィタの警備達は不審のまなざしで私に呼びかける。大人しく私は馬を下りた。ありがたいことに、不審者ではあるが修道服姿の女なのだ、あっちの警戒心はそれほど強くない。
「わたくしは、この近隣の修道院におりますマルグリットと申します修道女です」
私は最も年配と思われ得る司祭に声をかけた。おそらくアルマンたちとはまだ合流していない……間に合った。
まだ息が切れる中、私は言葉を続ける。
「隣村からの噂で、聖女様が王宮に向かわれる途中で、こちらにおられると知りました」
私は司祭に向かって深々と頭を下げる。下げられるときは腰は低くしておくものよ。
「神聖ペトラフィタ領国の尊き聖女様にお会いできる機会など、今を逃してはあるまいと、慌てて馳せ参じた次第でございます」
「それは殊勝な心掛けではあるが。聖女様は都に行く準備で忙しい。貴女と言葉を交わす機会はないであろう」
そこをもう一声!と言いたいのをぐっとこらえる。
私には勝算があったわけではない。聖女、と言ってもその人格までは計り知れないからだ。とんでもなくお高く留まっているとかわがままとか、そもそも本気で忙しくて時間がない可能性もある。
でも、もしかすると。
私はループが開始されてからうっすらと感じていて、そして段々濃くなってくる考えをもう一度自分の中で繰り返す。
もしかすると。
……。
だとすれば、聖女はそれほどおかしな人物ではないかもしれない。
「何か、御用ですか?」
鈴を振るような軽やかな声が聞こえた。私と司祭は同時にそちらに顔を向ける。
人々の奥から出てきたのは、周囲のオッサン司祭や修道女、護衛の聖騎士達とは全く違うとわかる存在だった。
華奢な体は純白に銀糸の刺繍が入った長いローブで覆われていた。その指の先も染み一つない手袋で覆われている。何よりも頭からすっぽりかぶった白いレースのベールに覆われて、顔は全く見えない。
その真っ白の姿の中で身に着けている眩いものは、アルマンの装束に匹敵するくらい豪奢な色とりどりの宝石から出来た首飾りや腕輪で、動くたびにそれはシャラシャラ涼やかな音を立てている。
一瞬見ただけでも、扱いが全く違うとわかる。
これが聖女か。




