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「聖女」?

 私は内心で仰天していた。


 聖女がヒロインなゲームもあるかもしれないが、そんな概念は、『ラ・ギルランド』にはない。アデル嬢は悪魔払いの力はあるが、あくまでも役職王女付女官の伯爵令嬢だ。『ラ・ギルランド』に聖女なんて出てこない。


 どういうことだ!?

 今までのゲームと異なる点は、それでも出てきたキャラクターではあった。存在しないものが存在しているなんて。

 でもアルマンは、別におかしなことを言った風ではない。そこにつっこんだら今良好にした関係が一瞬で崩れるかもしれない。


「……そうでしたね。今回は聖女様がご同行なさったのですよね。あまり聖女様については存じ上げなくてお恥ずかしいかぎりですが」

「そうですね。神聖ペトラフィタ領国から出ることがまずありませんから。そもそも聖女が必ず存在しているわけではありませんし。今の聖女は先代がお隠れになられて二十年ぶりです。教皇も手中の珠としてあまり外にも出しません」


 そうなの!?初めて聞いたけど、なにそれ。

「彼女の悪魔祓いの強大な能力で、我が国の安寧は保たれておりますが、その分彼女への負担が大きいので、気晴らしも兼ねて今回同行となりました」


「聖女様はどちらに?」

「都の西の森近くの聖ペトラ教会に」

 王宮から馬車でニ十分くらいの場所だ。豪華絢爛な教会なので居心地はそう悪くないだろう。


「今まで聖女様としか及びしてなかったですけれど、お名前はなんとおっしゃるのでしたっけ」

 彼女のことを探る私のさほど重要でもない質問だった。しかしそれにアルマンは止まった。何かまずいことを聞いただろうかと焦ったが、彼は抑揚のない声で言う。


「聖女は聖女ですので」

 名前を無くすということだろうか?でも何かこう、具体性がない説明で、アルマンぽくないような気もするんだが。何か変だ。


 急に馬車がガタンと不自然な止まり方をした。私とアルマンも馬車の壁にしたたかに体を打ち付ける様な急停止だった。目の前の彼と顔を見合わせる。あと数分で都の入り口につくくらいの街中だった。

「どうした」

 アルマンが馬車の窓を開け、声を掛けるのと、誰かの悲鳴が上がるは同時だった。アルマンが顔色を変え、窓を閉めると今度は扉を開ける。


「どうなさいました」

「マルグリット殿は馬車から出ませんように」

 それだけ言い放つと飛び出していく。

「悪魔憑きだ!」

 切迫感のあるアルマンの声がして、私は青ざめる。彼の言うことを聞く義理も無いので私も馬車を飛び出した。


 すでに、森から一緒にここまで帰って来たアルマンの配下の者たちは前方に集結していた。彼らの背中越しに私はそれを見た。

 月光の照らす街の大通りのど真ん中に立っていた人影。すらりとした姿はよく見たことのある衣装だった。


 フリルが少し多めなだけのこざっぱりとした濃紺のドレス。つやつやした髪を若々しく結い上げている。ドレスの裾からは茶色の編み上げブーツの爪先がのぞいている。ただ、ぱっちりした目はいつもの輝きを失い、どんよりと白く濁った双眸がこちらに向けられている。


 スチルで死ぬほど見た、アデルだ。

 ついに!


 ついにお会いしましたね。

 だがそれが、悪魔憑きになっていることは誰の目にも明らかだった。

 まずい。


 一応、今ここには枢機卿アルマンと彼に従う神聖ペトラフィタ領国の騎士や司教がいる。アルマンのチートっぷりからすれば、アデルを確保できるだろう。多分。


 私は馬車から降りつつも、一団の後衛で経緯を見守る。

 アルマンと司教が祈りの句を唱え始めた。それと共に合わされた彼らそれぞれの両手はほんのりと光を放ち始める。いきなりMAXパワーか、容赦ないな。


 光は徐々に大きくなり、彼らはその光をアデルに向かって放った。光は彼女を拘束する輪となる。関わる人間が多いので、光は眩いばかりだ。聖騎士達もまた、彼女が物理的に暴れ出した時のために剣を構えている。

 その光が突然ふつっと途絶えた。


「は?」

 いきなり薄暗く、月光が落ちるばかりとなったその一角を、私は呆然として見ていた。

 アデルが口の両端を持ち上げ、不快で邪悪に見える笑みを作った。


「危ない!」

 よくわからないまま私は叫んでいた。アデルの足元の影が一気に拡大し、そこから蛸の脚のような影が、首をもたげたのだ。鋭い先端が恐ろしい速さで動き、一番前にいた騎士の腹を打ち抜いた。


 嘘でしょ。


 チート級に強いアルマンが含まれ、しかも司教数人が関わっている悪魔祓いを振り払った?黒い影の触手は次々とそこにいる者たちを貫き、殺害していく。悪魔の力の顕在など、ラスボス化したマルグリットと同等の力だ。


 アルマンが、再び祈りの句をかけ直そうとした時には遅かった。彼もまたその悪魔の力に捕らえられていたのだ。

 あちこちで悲鳴と苦痛の声が上がる。


 私も遅ればせながら逃げようか、戦うか、決断を迫られていた。


 彼女は違うと気が付いていた。今まで何度も私を殺してきたあの悪魔憑きと、今目の前にいる悪魔憑きのアデル、それは違うと直観していた。強さも容赦のなさもあまりにも違いすぎる。あれは、私を殺すがこれほど多くを犠牲にしない。


 と思ったのが最後で、私もまた、アデルの足元から出た影に首をはねられていた。

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