(2)
190回目である。
ラウルと一緒に菓子を作ってから、ずっと、めっちゃいい感じで進んでいたのに!
いかに私がループしていようとも、殺されればやはり腹が立つのである。アルマン許すまじ。
さて、どうしたものか。
私は歯噛みしながらイザボー皇太后に会うところからのリスタートを切った。まずはと思ってアルマンのことを尋ねてみるが、あまり参考になる情報はなかった。
ルート的には正しいと思っている。攻略キャラと会うことで、何かを知っているのではないかと思われる人々、策略を巡らせているのではないかと思われる人々、いろいろな疑いを晴らしてきた。
だからアルマンに会うまでは正しいはずなのだ。でも彼とは話をすることが出来ない。何回かトライして、私はひとつの結論にたどり着いた。
あの、何を言っているのかわからないペトラフィタ語。あれがキーなのではないかと。
そういえばゲーム本編ではアデルは神聖ペトラフィタ語を使えたのだ。優等生め。
何回かアルマンに首を切られた後(もうちょっと早く諦めた方がいいのでは、自分よ)私はついに行くべき場所を決めた。
王宮図書室である。
勉強するしかないじゃん。神聖ペトラフィタ語。
イザボー皇太后に会った後、私はまっしぐらに図書室に向かった。意味が分からないという顔をしていたがイザボー皇太后から図書室の使用許可を取り付けた。図書室のある棟に入ってみれば一応王宮内の要人しか入れない場所なので、二重三重に警護がいるので良かった。悪魔憑きとはこれで遭遇しないで済む。
その図書室を歩きまわり、神聖ペトラフィタ語の辞書を見つける。とりあえずこれで勉強するしかないが、独学でどこまで行けるだろう。
少し渋い顔をしながら、図書室のテーブルに辞書を置いた私は、目の前に人がいることに気が付いた。おっ?さっきまでは人気はなかったが。
椅子に座って顔を上げた私は目を見開き、それから飛び上がるようにして立った。
「ルイーズ王女!様!」
目の前に座っていたのはルイーズ王女だった。
滑らかで、艶がまぶしいほどの栗色を結いあげて、午前中の光を受け輝く瞳を私に向けていた。まだようやく十代後半と言ったところだ。白磁の頬はぷりぷりつやつや。
可愛らしいピンク色のドレスが大層似合っている。
「ごきげんよう、修道女様」
「……ご、ごきげんようルイーズ王女殿下」
ここになんでいるん。
「わたくし、王宮内に何かの祭事以外で修道女様がいらっしゃるの、初めて見ました」
「……わたくしは、所用がございましてイザボー皇太后に招かれたのです。それ程長居は致しません。ほんの少しだけここに居てよろしいですか?」
「あなたも図書室が好きなの?」
ルイーズ王女はまっすぐに私を見てくる。愛苦しさに息が詰まりそうだ。
「正直それ程絵は。でも事情があって神聖ペトラフィタ語を学ばないといけないのです」
「あら。じゃあわたくしと同じね。わたくしも神聖ペトラフィタ語をもう少し学びなさいって、お婆さまに怒られたから。結婚前のぎりぎりまで、ここで神聖ペトラフィタ語の先生との授業があるの」
ルイーズ王女はため息をついた後、深呼吸して胸を張った。
「大変ですけど王族の務めですから」
いい子過ぎてヤベエな。
こんな若くして異国に嫁ぐのに、クソババアであるところのイザボー皇太后の言いつけをちゃんと守って勉強まで続けて。
「わたくしの侍女のアデルは神聖ペトラフィタ語が堪能で。本当は彼女から教わる予定だったのだけど、昨日から姿が見えなくて」
あっ、そうか、ルイーズ王女はアデルのことも詳しいんだ!今、別件でドタバタし続けていたから忘れていた。
「ルイーズ王女はアデル嬢と仲がよろしいのですか?」
いよいよ失踪直前のアデル嬢の様子を聞けることに。興奮して声が上ずりそうだ!変態感あるな……!
「ええ。アデルはわたくしのとても優しくて親切な友達なんですけど。それがここしばらく一度も姿を見せなくて……」
「アデル嬢の失踪のことはわたくしも少しだけ耳に挟んでおります。ルイーズ様にはおかれましてはとてもご心配な事でしょうね。何かおこころあたりでも?」
私はルイーズ王女に問いかけた。年上の、なんだかとても頼りになりそうな人みたいな顔で。
ゲーム本編では、マルグリットはその微笑みと言葉と声で様々な人間の弱みを握ったりするから、私にだってできるはずなのだ、と思う……。
一度口を開きかけたルイーズ王女は途中でやめて黙り込んでしまった。失敗した!まあさっき会ったばっかりの人間に悩みは話さないよなあ。
だから私はただ微笑みかけた。
「申し訳ございません。言いにくいことを訪ねてしまいました」
その時、奥から、老齢の男性が何冊も本を抱えて大慌てでやって来た。
「先生!」
ルイーズ王女が声をかける。神聖ペトラフィタ語の教師か……そう言えばアデル嬢の先生としてゲーム本編でもでていたっけ。
「ルイーズ様、お話ししてくださってありがとう。お勉強の邪魔になるから、わたくしはここから離れますね」
「ええ。お会い出来て楽しかったわ。マルグリット」
ルイーズ王女は洗練された笑顔を向ける。くっ、かわゆ……。
私は、ルイーズ王女から離れて少しだけ遠くのテーブルに着いた。ちょっと今の私ではルイーズ王女の好奇心をひく存在には慣れそうもない。だから大人しく当初の予定通りいくことにしたのだ。
私が聞きたいのはルイーズ王女ではなくその神聖ペトラフィタ語の教師の言葉ですよ。




