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悪魔祓いや悪魔憑き、国教となっている宗教。それは全て宗教国家神聖ペトラフィタ領国に集約されていく。クラロ国とマドリウ国も同じ宗教だ。それは庶民の生活から国家の行く末まで左右する。
アルマンは、神聖ペトラフィタ領国から各国に派遣されている若き有能枢機卿だ。今目の前にいる彼は長い黒髪に澄んだ空色の瞳。純白に紺色の糸で複雑な刺繍がされた衣装に、巧みな織のローブ、宗教的な意匠のジュエリーもめちゃくちゃ身に着けており、作画コストがとんでもない枢機卿装束が実にお似合いである。
ゲームシナリオでは、エンド後アカウント継続の形でニューゲームができる。エルキュール、クラウディオ、ラウル、フィリップのハッピーエンドを経由しないとアルマンシナリオは出てこないのだ。
ちなみにアルマン枢機卿はすべてのシナリオでこっそり出てきている。ルイーズ王女とベルナルド王子の婚礼のため、神聖ペトラフィタ領国から派遣されたという体だ。ちゃんとセリフだってある。
ただし、その際は、白の巻毛の鬘に付け髭、そして目そのものは見えなくなっている真ん丸眼鏡をしている(これが枢機卿の公式典礼となっているのだ!)ため、この鋭い目つきの端正な美貌が隠れていることはわからない。ちょっと見サンタクロースか髭付きバッハなのだ。
アルマンシナリオが公開になった時は、まさかあのアルマンおじいちゃんが!?とSNSがざわついた。
アルマンは実は教皇のご落胤であるが、それを差し引いても有能で史上最年少枢機卿という設定だ。28歳くらいだと思う。
アルマンシナリオではベストエンドしかない。つまりアルマンとくっつくか他のキャラの各種ハッピーエンドになってしまうかだ(他の攻略キャラのハッピーエンドができる状態でないとアルマンシナリオの選択肢すらないという、なかなかの鬼畜仕様ということである)。
アルマンシナリオエンドはルイーズ王女とベルナルド王子のお互いの好感度と、その二人のアデルに向けた好感度設定があるので、それがMAXにならないとアルマンとは結びつかない。
アルマンが教皇から二国の融和を命じられてきているので、と建前だからだろう。だからアルマンを落とすためにはルイーズ王女とベルナルド王子にもいっぱい合わないといけない。
ちなみにアルマンシナリオでの主題は、その二人を暗殺から守るというミステリーサスペンスな内容である。ライター突然どうしたんだ。
さて。
そのアルマンがどうして私を呼び止めたのか。嘘。そんな温和な展開ではない。険しい顔つき過ぎて剣呑さしか感じない。
こんなことなら私もビビアーヌとクラリスと、馬車内女子会を続けて、その修道院まで行ってしまえばよかった!
「アルマン枢機卿」
私はその白いブーツの爪先から長いローブを辿って彼を見上げた。鬘などの正装ではないということが、これが公式の会見ではないということを示している。
「マルグリット殿」
アルマン枢機卿はこちらを見下ろし何事かを考えているようだ。
「……貴殿は一体なんのためにここに居るのか」
「イザボー皇太后に呼ばれたためです。行方不明のアデル嬢を探すように申し付かりました」
めちゃはきはきと答える。ここでごまかしても仕方あるまい。実は元はこことは全然違う世界の会社員で気が付いたらここでループを繰り返しており、エンドに向かってトライ&エラーを繰り返しているところです、とは言い難い。
なぜならルイーズ王女とベルナルド王子を殺そうとしているのはアルマン枢機卿だ。
教皇からの命である。突然のぎすぎすポイントなのだが、実は教皇としてはクラロ国とマドリウ国はある程度緊張感があったほうが望ましいと考えている。両国の必要以上の融和を食い止めたいという次第だ。とはいえ明確に殺害となると今度は戦争勃発になってまずいので、病気に見える毒殺狙いというあざとさだ。
やっぱりシナリオライターが突然何かあって世をはかなんだとしか思えない世紀末シナリオである。シナリオライターには、美味しいものを食べ温かくしてよく睡眠をとって欲しいと祈るばかりだ。
アルマンルートでのアデルの役割は、アルマンにその陰謀を止めさせることにある。アルマンは自分の父親である教皇に認められたがっているからだ。まだ子供みたいな王子王女を殺させるのを思いとどまらせ、そして帰国せずここに残ることを決断させるのがアルマンルート。
いや、そんなふうに反逆すると物語の後でアルマンが教皇に殺されそうな気もするがと思ったけど、ご安心を!後日談で教皇が病気で死んだことが報じられるというオチがある。
「なぜイザボー皇太后はあなたに?」
「それは申し上げる必要がございます?」
「それはあなたが、二人の御令嬢を逃がした件と関係あるのでしょうか?」
おっ、そこまで知っていたのか。
なるほど。突然都までノコノコやって来た引退済みの愛妾が、なぜか皇太后の命を聞いて一日王宮をうろうろし(多分ここで目を付けられること間違いなし)、今まで接点のなかった二人の貴族令嬢と都の外まで出かければそりゃアルマンは気になるだろう。自分自身こそが陰謀を企んでいるのだから。
「逆にお伺いしたいのですが、どうしてアルマン枢機卿はわたくしにご興味を?」
だから彼もまた、私にこれは聞かれたくないだろう。何かしらに思惑があることは明白だからだ。私はアルマンの謀略を知っているけれど、アルマンは私がそれを知っていることは知らない。
しばらくアルマンは黙っていた。私の様子を伺う様にこちらをじっと見ている。
「……まさかルイーズ王女とベルナルド王子になにかございました?」
これはひっかけだ。毒殺のターゲットはルイーズ王女だけど、それはゲームの展開が進んでからなのでまだ何も起きていない。でもお前が何かする気なのは知っているぜ。
だが私の言葉でアルマンの顔色が変わった。まだお若いですなあ。
「……教皇領としては、この婚姻が上手くいくことを願っている。だからこれは由々しき事態だ」
アルマンはすっと取り繕った。メンタルのリカバリーが早い。有能だな。
「教皇領が、それほどこの婚姻の成功を願っているとは存じ上げませんでした」
「当たり前ではないか。教皇領が主導して決めた婚姻だ」
ん?
私はその口調に、アルマンの真摯さを見た。教皇がどう考えているかはわからないが、なんかアルマンからは嘘っぽさがない。
ああ~また正式ルートと違っているところが出てきたぞ。
「二国が平和でなければ、その向こうにある異教徒達の国家からこの大陸の平和が守れない」
なるほど。そうなっているのか。確かにゲームではクラロ国とマドリウ国くらいしか国の名前が出てこないけど、実際国家はいろいろあるわけで。
そりゃまあ平和でいい……いや良くない。
「えっ、じゃああなた方はルイーズ王女とベルナルド王子をなんとかして殺してでも結婚を阻止したいとかそういうわけじゃないと?」
「なんという人聞きの悪いことを?!」
ごめんごめん。
「逆に私は貴女に対して非常に不信感を抱いているが」
確かにそれはそう。
今日の出来事で一番怪しい動きをしているのは私だわ。
「信頼できない上、まだ王宮内にあなたの支援者がいるという話は聞いている」
そうだったそうだった。それを扱ってマルグリットはアデルをはじめとするヒロインサイドに敵対するんだもんね。
「正直災いの芽である」
アルマンは、そして一歩退いた。対比するように大男が私の方に進み出る。えっ、お前なんで手に大斧持ってるの?
「アルマン枢機卿!」
私は叫んだ。
隠し攻略キャラが出てきたということは物語はなんらかの形で進んでいる。私の進路は間違っていないはず。
だが、ここで首を切られるという展開はいかがなものか!アルマンお前さあ、父親である強硬とか、二国の融和とか、とにかく何らかの使命にこだわりすぎでは!?
アルマンは私を見つめる。その美しく、酷薄そうな唇が開いた。
「 」
アルマンの言葉は私には理解できなかった。
何かを問われている。それはわかった。でも意味が取れない。
そして私ははっと気が付く。こいつは神聖ペトラフィタ語だ!あの国の聖職者しか使わない、しかし使えなければ出世できない難解言語とされた言葉。マルグリットが知るはずがない。
ちなみにアデルは勉強熱心なので使えます。ヒロインチートでは?
私が返答に詰まったのを見届けたアルマンは、大男に向かって頷いた。大男の斧が振り上げられ。




