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いやそんなことより駆け落ちだと?
今私がループしている状況が、本編には完全に準拠していないというのは理解している。しかし攻略対象がライバルキャラと一緒に駆け落ちしてしまうというのは、いやそれを差し引いても第二王子が公爵令嬢と駆け落ちしてしまうというのは、なかなかに、なかなかに~。
私は表面上は冷静を装う。フィリップとビビアーヌを交互に眺めてしまう。
「……なるほど、フィリップ様がこの王宮から抜け出すのなら、確かに王からの護衛はむしろ邪魔でしょうね……というか、いやその、えーと」
私は指先をこめかみ当てる。
「第二王子が駆け落ちするのはまずいでしょう」
本音がポロリ。
めちゃくちゃバカ王子じゃん!王位継承者としては第二位だけど、それでも王族だし、君、攻略対象キャラだよ!こんな考え無しが攻略キャラなんていや~。アデルだって泣いちゃうよお。
「私ではない」
フィリップは心外だとばかりに眉根を寄せた。
「駆け落ちは」
「私たちです」
ずっといままで黙っていたクラリスが毅然とした表情で言う。その手はビビアーヌの手をしっかり握りしめていた。
……うっそー?
いや、そう言えば、ゲームのプチイベントであったな。クラリスの結婚。
侯爵家のモブ顔に嫁ぐという話で、彼女のベールに素敵な刺繍を施したいが、間に合わないビビアーヌを助ける奴。上手くいくとそこでビビアーヌと友情を築けて、フィリップとハッピーエンドになった時に、彼女からの祝いの言葉をもらえる奴だ(普通はもらえない)。
それが!?
「あの……もう一度確認させていただくのですが、逃げたいのはクラリス様」
「そうです。結婚なんてまっぴらです」
「あのモブ……もとい、侯爵家のご子息、いい人そうですけど」
「いい人ですが、私が一生を共にしたい相手ではございません」
ごめんごめん。いい人そう、とか言い逃れ出来ないレベルにてきとーな評価だった。そうだよね、「いい人」って大体断りたいけど理由を考えるのもめんどい場合に使う評価項目チェックだよね。それだけでもやる気の無さが判明した。
クラリスは隣のビビアーヌをまっすぐに見つめる。
「あなただけよ、ビビアーヌ。貴女のことは私が必ず守る」
かっけーぇ!
めちゃくちゃ頼りになる感じだ!私も思わずついて行きたくなる。(実際は年下であっても)クラリスお姉様に守って欲しい。
だけど大問題だぞ、そこの頷いている第二王子、為政者候補として大丈夫か?
「そ、それはビビアーヌ様も同じお気持で?」
ビビアーヌ様も毅然とした表情で頷く。
「あの、お気持は大変分かりましたが、これはなかなか難渋するお話だと思いますよ」
「だから貴女にお願いしているのです、マルグリット殿」
お願いすりゃいいって感じが最高に上から目線だなフィリップ。これだからやんごとない身分の連中というのは(内心での舌打ち)。
「クラリス様はご結婚に乗り気でない。ビビアーヌ様もクラリス様のご結婚には反対」
とはいえこの世界に同性婚の制度があるとはとても思えない。唯一考えられるのは……。
「……修道院?」
フィリップは頷いた。
「私の大叔母が修道院長に大変強い人脈を持つ修道院がある。そこは夫から暴力を受けた女性が駆け込んできたりした時にも受け入れをしている。彼女ら二人もそこに行けばかくまってもらえる話をつけているのです」
「しかし、クラリス様のご家族は納得しないのでは?」
「結婚が嫌だという話はずっとしています。しかし理解を得ることはできませんでした」
クラリスはフィリップに話に割り込んできた。
「ですから、私はもう行方不明になる所存です」
「家を捨てると!?」
ロックだな。
「ええ。私の結婚話が出た二年前からビビアーヌとはよく話し合い、フィリップ様にも助力をお願いしていました」
フィリップは二人を見て頷く。
「ビビアーヌは僕の大切な幼馴染だ。できることはさせてもらう」
「ビビアーヌ様は、フィリップ様の婚約者候補と伺っておりましたが」
「周りは無遠慮に勝手なことを申します」
ビビアーヌはため息交じりに言った。君ら恋愛関係じゃなかったのかい。友情尊い。
いや。
私は目を瞬かせながら考える。そりゃ私の時代なら全然有りだ。面倒臭さはあるけれど、旧態然とした家や地方に見切りをつけて、恋人と駆け落ち同然に捨てて都会に移住するとか、珍しくもない。恋人が同性なのはちょっと珍しいかもしれないが、無くはない。
でもなんだろう。
このゲーム、舞台は中世近世くらいだ。ただ、ゲームも確かに現実の価値観を導入しているからこういう展開があってもおかしくない。
でもすごく、現実の価値観が今強く出ている。そういうのが苦手なプレイヤーもいるかもしれない。しかも原作ではなかったエピソードだ。
何かがおかしい。
……。
おかしいが。
だが私は嫌いじゃないぜ!
「では具体的に、わたくしは何をしたらよろしいのでしょう」
私が食いついたことで三人は少し肩の力が抜けたようだ。
「ルイーズとベルナルド王子の婚約で、王宮内は今、あまり他のことに目がいっていない。抜け出して失踪するなら今だとずっと前から考えていた。街の外れまでいけば大叔母の使いが場所を用意して待っている。しかしそこまでも若い女性二人だけで行かせるのは危険だと思い、護衛と御者、そして付添人に信頼できる者を用意していたのだ」
フィリップが段取りを話し始める。
「ところが付添人が行方不明で、計画が頓挫しかけている。できれば予定通り決行したいが……」
「それでわたくしということですか」
私は呻いた。




