(7)
この焼き菓子が意味することを考える。
ベルナルド王子とラウルが一緒に過ごしていたという国境に近い町。この世界の歴史や風習に詳しいわけじゃないけど、王宮から第一王子が離れるということは、あまり普通ではない。なぜそんなことになったのか、そこにベルナルド王子とラウルの郷愁の理由があるのではないかと気が付いた。
ラウルがピリピリしていた理由がつかめた気がする。彼は何か陰謀に関わっていたり、それを疑っているわけではない。ただそれが……すべてを疑い用心することが彼の役目で人生なのか。そりゃ確かに疲れるよ。
そこで私はアデルとラウルのイベントを思いだす。
アデルの場合は、ある程度好感度を上げると、彼と一緒にピクニックに行くイベントがある。とてもいい天気の日だ。そこでラウルはアデルの横で昼寝をしてしまうのだ。
自分が寝姿を見せるくらい、信頼しているというこに気が付き、そこからラウルの溺愛タイムが始まる。
アデルはラウルの安らげる相手として場所を気付くとハッピーエンドに向かう。だからこそ彼のストイックな日々を私は想像してしまった。
「ここだけの話ですが」
ベルナルド王子が呟くように言った。
「まあ国家機密というわけでもありませんから。我々が小さい時に、王宮内で流行り病がありましてね。私の母もそれで亡くなりました。病の猛威を避けるため、我々は王宮から離れた場所で暮らしていたことがあったのです。その時のことを思い出します」
「お母さまは……それはとても残念なことです」
「その時ラウルも一緒だったのですが、この菓子からはその時のことを思い出します」
そんなものが公式にあっただろうか?
ふと素朴な疑問を抱きつつも私は話を聞いていた。
「……これはまた、実に素朴でありながら洗練された菓子ですね」
ベルナルド王子が私に向き直る。
「お気に召して頂けたなら大変光栄です」
「マドリウ国でこの菓子は普通に皆食べているのですか?」
「いいえ、私が修道院で工夫を重ねてのものですので、あまりないものかと」
「そうか。でも王宮で作れるものはいないのか」
そこまで聞いて、私はベルナルド王子の意図に気が付く。彼はこれが作れるものを国に連れて帰りたいに違いない。
「今、ラウル様は作れるようになりました」
私が笑いながら言うと、ラウルはかすかに狼狽をにじませた。
「あまり期待はなさいませんよう。ほとんどがマルグリット殿が作ったものですから」
「ああ」
私は目を細めてベルナルド王子に言う。
「誰かにレシピを伝えておきます。そうですね、王女の侍女のアデル嬢などよろしいかと思いますので」
彼女の名前を私は出した。
「ああ、アデル嬢か。あの人なら信頼できそうだ」
「ベルナルド王子は彼女に会ったことが?」
「ルイーズ王女とほぼ一緒だからな。ただ、そう言えばここしばらく、見ていない気がするな」
「まあ彼女も体調や家庭の事情など、都合が付かない時もございましょう」
ベルナルド王子は特に疑問も持たないように頷いた。ということは、アデルは王子と会っている時には不振と思われるような言動はなかったということか。ならなおさら自己都合で消えたという可能性は下がるな……。
「ところで、この菓子ですがお気に召してくださったなら、この王宮内でも宴席などで取り入れて頂けないか、ベルナルド王子からも進めて頂けないでしょうか。こうしたものの売り上げも修道院の収入となり、貧しき者の糧となります」
「承知した」
一応ね、お菓子の平和な建前も言っておかないとね、また疑われて最後の最後に殺されても面白くないから。
ベルナルド王子は意外と気さくだ。まだ若く、世慣れた感じがないことが、危なっかしくもあり可愛らしくもある。このまま良き王族になってくれたまえよ!
上から目線の応援を投げかけると、私は立ち上がった。
ラウルに苦労させられた割にはあまり実入りがなかったがラウルとベルナルド王子の信頼を取り付けたことは良かったとしよう。この先何があるかわからないし。
二人にお礼を述べてから、私は部屋を出た。
扉が閉まりかかるところで中の彼らの会話が耳に入る。
「そう言えば、フリートはどうなった?」
「ああ、それは」
なんて!?と思った時には扉は閉まっていた。ああああ、またフリート……!なんなんだよそれ。扉を開けて尋ねたいけど、そこまでラウルとベルナルド王子とはフレンドリーではない。なんで最初にエルキュールが口にした時に聞かなかったのか自分よ……!
実は、あの後、何回かエルキュールやクラウディオを通過した時に、「フリート」についた聞いたことはあったのだ。
でもその時は彼らもきょとん顔で「フリート?」みたいな感じだった。だからあれは、稀にしか出ない何かなのだ。現場を押さえないと意味無いのに、なかなか難しい。
……まあよい、とりあえず進めよう。
……そして気が付く。
ここは普通じゃ入れない王宮の最深部ではないか……。
ほぼほぼ私的なエリアだ。つまりルイーズ王女やイザボー皇太后にも会えてしまうような場所だ。おっ、どうしたらいいんだ。降ってわいたチャンスじゃないか。
私はマルグリットの記憶を遡る。王宮内のこの地点の部屋割りを思い出そうとした。
と。
急に誰かに右腕を掴まれた、と思ったら直後に左腕も。
ぎょっとして顔を上げると、私の両脇には、衛兵が立っていた。えっなに、なに?
悪魔憑きか!と思ったのだ。いや、今まで色々そうだったから。
私は手にしたフルーレを構えようとした。その様子を見て、衛兵が顔色を変える。
「王宮内で許しなく剣を抜くか!」
しまった。これ抵抗したらあかん奴だった?ただの警備だったのか。まずい。
私の行動にうろたえた衛兵も剣を抜き……。
教訓:人は誰かに武器を向ける時には心しなければならない。




