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(6)

 私もベルナルド王子に会いたいということを、その嘘じゃない理由を、なんか気楽にポロリしてしまう。


「ベルナルド王子に会いたいと?」

「ええ」

「アデル嬢はルイーズ王女の侍女ですから、いなくなるまではベルナルド王子とも顔を合わせていたようです。ベルナルド王子の見た彼女の感想を伺いたいのです」

「ルイーズ王女に聞けば良いのでは?」

「彼女からも聞きますが、身近ゆえに見逃していることもあるかもしれません。あまりアデル嬢に詳しくない方の話を伺いたいのです」


 ふむ、とラウルは頷いたが、まだ考えているようで、明確な返事はない。


 そこからオーブンの火の加減など、焼き菓子に気を取られて、話は進まなかった。やがて、甘い香りが漂ってきて、何度も作っていた私がタイミングを見計らってオーブンから出した。

 ふっくらしており、未だかつて最高の出来という気がする。


 何も言わないのに、アツアツを千切ってラウルが口に放り込んだ。こんな行儀の悪い彼を見るのは初めてだ。でも彼はそこで薄く微笑んだ。

「懐かしい」

 いつも張りつめていたようなラウルの雰囲気が少し緩んだ。


 今までバチクソ手こずらされた相手だが、年下ということもあって私はなんだが心の底から、良かったな、と思ったのだった。

「これはぜひ、ベルナルド王子にもご賞味いただきたい。マルグリット殿、これを王子のところに持って行こうと思うので、お付き合いいただけるか」


「ぜひ」

 私も微笑んだ。



 ベルナルド王子の居室は王宮内でも最も明るく日当たりが良く、暖かで風の通りの良い部屋だった。調度品も美しい。

 ラウルと共に彼の居室の扉を叩く。侍従が扉を開け、ラウルを認識すると部屋に通してもらえる。


「どうした、今日は随分長い間、顔を見せなかったな」

 爽やかな表情をこちらに向けたベルナルド王子は、記憶にあるスチルの通り、好青年だった。短めの髪にちょっとだけ前髪がウザバングになっているのが若々しい。瞳は嫌味のない茶褐色で、きらきらと輝いていた。


 彼はラウルを見た時、一瞬だけマドリウ語を使ったが私を見つけたとたんにクラロ語に戻す。戦略でもない限り、同席者にわからない話をしない、というマナーがさっと出てくるあたり、育ちの良さが感じられる。


「こちらの修道女殿は?」

 見知らぬ女であるが。ラウルが連れて来たということは意味があるのだろうと彼はにこやかなままだ。緩慢ではない優雅な動きでこちらにやってきて私の手を取ると、非の打ち所がない仕草で甲に口づける。

 知っているけど思わず思っちゃったよね。「王子、マジで王子」。


「わたくしはマルグリットと申します」

 ベルナルド王子は軽く片方の眉を上げた。


「先王にご寵愛を受けておられたご婦人で、同じ名前の方がおられたかと存じますが?」

「わたくしのことでございましょう。今はもう、そのような生活とは縁を切り、修道院で静かに暮らしております」

 でも別にマルグリット個人の責任だけじゃないと思うけどね、と内心で悪態をつく。


「なぜラウルと一緒に?」

「お話ししますよ、王子、まずは座りましょう」

 ラウルは相変わらずにこりともしない。


「……随分機嫌がいいんだな、ラウル」

 うっそ、王子すげー、ラウルが機嫌良いとかわかるの?!いつもと同じにしか見えないけど。もうツーカーの夫婦じゃん。


 ラウルが侍従に茶の準備を頼んでいるのを横目に、私はベルナルド王子と向かい合ってソファに座った。王子若いな~。まだギリギリ十代なのでは。ルイーズ王女だって似たようなものだし、若年の政略結婚は倫理的にいかがなものか……。


 などと考えている場合ではなかった。私は愛想よく微笑んだ。そして修道服であるにも関わらず、片方の膝を軽く折り、腰を落とす、正式な貴族界での儀礼の挨拶の姿勢を取る。


「初めまして。お会い出来て大変光栄です」

「私に何か用事があるのだと今ラウルから聞きましたが」

 侍従のところから戻って来たラウルが、王子の横に立ち頷く。


「王子にお伺いしたいことがあるそうです」

 ベルナルド王子はあたりはソフトだけど、一定以上の好意は見えない。それはそうだけど、たしか彼にも好感度は存在していたんだよな。ラウル狙いだとベルナルド王子との好感度も重要だったのだ。まあラウルと一緒にマドリウ国に行くエンドだと、王子と仲が悪いのはキツイだろう……。


 しかしいきなり失踪前のアデルの様子をきくのもあれかな……。

「実は、わたくしの修道院の焼き菓子をご紹介いたしたく」

 私はまずそちらを差し出した。


 焼き菓子、とベルナルド王子はおうむ返しに呟く。ちょうど、お茶を持ってきた侍従が準備を始めた。一緒に戻ってきたラウルが焼き菓子をテーブルに乗せた。

「大変美味です。私も作るのを手伝いましたから」

「お前が!?」

 素っ頓狂に叫んだあと、王子はゲラゲラと笑い出した。


「なんでまた!お前が料理なんて言うだけでも前代未聞なのに、しかも菓子とは」

「そこのマルグリット殿のお誘いが巧みだったためです」

「まあ、わたくしだけのせいですか?」


 私が上品を心掛けたかすかな笑い声をあげると、ベルナルド王子は焼き菓子に好奇心を持ったらしい。頂こうか、と手を伸ばしてくる。毒見はいいのかと思ったが、多分これはラウルの信頼によるものだろう。もうお前ら付き合っちゃえよ。

 さく、というカラメル状の砂糖が砕ける微かな音がして甘い香りが強くなった。


「……ほう、これは」

 しばしの間の後にベルナルド王子は呟く。彼もまた、あの国境の村でのハーブの香りを感じ取ったのだ。彼は掌の小さな菓子を眺めた。それから私ではなくラウルを見る。ラウルは何も言葉にしなかったが、かすかに頷いた。


 なんなのこの空気。私、邪魔か?

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