(5)
190回。どーすりゃいいのさ。
私は眉根をひそめる。
ラウルが私を殺しにかかってくるルートがありすぎる。まーベルナルド王子を守る身だからガードが堅いのは仕方ないとしても、困ったもんだ。美味しい焼き菓子は作れたし、その先のお茶会への正体まではいい。そこから先どうしてもラウルの信頼が得られなくて殺されたり死んだりしちゃう。
食わせる前に「どうして先代王愛妾マルグリット」がこの味を知っているのか、を説明してもうまく納得させることが出来んのよ。頑固者め。
でも平凡な菓子だと、サラッと流されて終わりだ。いい加減行き詰って来たな。もうラウル以外のルートを探した方がいいのだろうか。でもなあ攻略キャラだからなあ……スルーは後で自分の首を絞める気がするんだよな。
「どうかなさいましたか?」
焼き菓子を作る気分にもなれなくて、私は手ぶらで今回はラウルと行き会ってしまった。ラウルをスルーしても良かった回かもしれないが、エルキュールと遊んでクラウディオと合奏してついでにデシデリア様とお茶して、この時間になったらこの場所へ、がもう条件反射みたいになっていた。
「ラウル様」
名を呼ばれて彼は首を傾げる。
「あなたにお会いしたことが?」
「いいえ。でもお名前は存じております。ベルナルド王子と共に」
「ほう。国の者たちが何か噂でもしていましたか?」
「いいえ。お伺いしたのは修道女です」
完全に今回はアドリブになっている。まあ焼き菓子が無いからな、どうせ行き詰るわ。
「先般、老齢で亡くなりましたが、わたくしの知り合いの修道女が、かつて国境の村に降りまして。お小さいベルナルド王子とラウル様のお姿を拝見していたそうですよ」
でまかせだ。しかし、もう死んだとなれば裏は取れまい。
「ほう?」
「彼女から教えてもらった、その土地特産の焼き菓子がありましてね。お二人も召し上がったことはありますか?その場所独特のハーブを用いたものです」
ラウルがふと顔色を変えた。
「焼き菓子」
「ええ。召し上がったことが?お好きでした?」
なかなか突破口が見つからず、私も今回は消化試合にしていた。対応考えずに会っちゃったし。
「ご希望でしたら」
焼いて、ラウル様にお届けしますよ。
そう言うつもりだったのに。あまりにもいろいろうまくいかなかったので、迷走していた私である。
「よろしければ、一緒に作りますか?お教えしますよ」
口走った後で自分の発言にぎょっとした。宰相の息子をお菓子作りに誘ってどうする。アデルだってそうはならんかったというのに。
私は微笑みつつ「今回も詰んだ」と思っていた。いや~疲れているのは良くないね。次の会では修道院から出ないで、悪魔憑きに殺されるまでよく寝ようかな。
しかしラウルはふっと笑った。
「この私を、厨房に?」
半笑いだった。
「ですよね。妄言を申しまし……」
「面白そうだ。ご一緒してみましょう」
「……は?」
私は目を瞬かせた。
「ちょうど手も空いていたところです。厨房が空いていればいいのですが」
「い、行きましょう」
思ってなかった展開に私は慌てた。しかし乗るしかない、このビッグウェーブに!
厨房まで降りていくと、都のハーブを取り扱っている店に行って、それを買って来るよう使用人に申し伝える。厨房長にはもう何回も厨房を貸してもらうルートを辿っているので、同じ理由をでっちあげて、一角を借りることにした。さすがに厨房長もラウルがいることには驚いていたが。
前掛けを借りて小麦粉と卵、バターを混ぜ合わせる。
「力が要りそうだな。どれ」
ラウルはためらわず変わってきた。手を粉だらけにして捏ねている彼はぽつぽつと話始めた。
「実は私は甘いものに目が無くて」
存じてますよ、公式ファンブックで。
「いろいろなものをいただくのも大変嬉しいのですが、常々、作ってみたいと思っていました。興味があるものの正体を明かしたいというのが私の性質のようです。しかし、とてもそんな機会はなく、また自分で言うのも気恥ずかしかった」
「どうしてです?」
そこから回答まではしばらく時間があった。
「……男で、宰相の息子で、将来を嘱望された身だから?」
自慢かよ!としか思えないが、でもそこにある何かしらの切実さは理解した。こうしたいと思っても、自分の外側にある様々な思い込みやしがらみ、ラベリングで進めないことはよくある。ラウルもまた、そう言ったものを抱え込んでいるのか。
買い物に行った使用人が戻ってきて、ハーブを差し出してきた。刻む前にラウルはその束に鼻を付ける。
「懐かしい香りだ」
「ベルナルド王子としばらく一緒に過ごした村を?」
「あの頃は、『楽しい』だけだった」
郷愁を語ってからラウルは私にその束を戻す。幼い王子とその友人の過去にある美しいもの。……私もその一片を想像していた。王子が小さな村で暮らすことになった理由はあるはずだ。それでも美しく、そしてそこには戻れない何かがあるのだろう。でも多分彼らは戻りたいとは思っていない気がする。彼は進める人々だ。
刻んだハーブを仕上げに混ぜ、生地を型に流し込んだ。それからオーブンに入れる。一段落して私たちはオーブンの前で見守りがてら茶を飲んだ。
お茶は、厨房の料理人が飲む安物だし、器も素焼きだが今までの幾多のラウルとのお茶会より、もっとも和んでいた。




