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 さて150回目。

 おいおい意外と手こずっているじゃないか、という感じだ。オーブンの火加減がまことに難しくてよお。


 やっと、満足いく焼き上がりになったので、それを持って、王宮に向かう。

 とだな。そうすると時間がずれて、エルキュールとラウルに会えなくなってしまうことに気が付いたのだ。いや、会わなくてももう進めるんだけど、あとでどういう作用になるのかはわからないので、できれば会って面識を持ってもらいたい。


 仕方がないので、王宮に向かう、イザボー皇太后に合う、エルキュール似合う、クラウディオに会う。それから王宮の厨房を借りて焼き菓子を作る。というルートを構築せざるを得なかった。やることが多い!王宮の厨房を借りれるルートを探すの手間取ったから、こんな回数になっている。



 160回目。

 マジで王宮のオーブン、うちの修道院のと違いすぎる。今度は王宮のオーブンの癖を掴むのにまた回数がかかっているのだ。電子レンジの癖を掴むのとはわけが違うぜ。



 164回目。

 やっと満足いく焼き菓子が焼けるようになってきた。これなら良かろうとラウルに会うルートを再開し、焼き菓子を渡すところまでは言った。ところが。

「……おいしい。ですが、わざわざお勧めする目新しさがあるかというとそこは微妙ですね」とい言いやがった。

 わかってる……わかってるんだけどさあ……。



 172回目。

 ラウルの駄目出しがキツイ。お前を王宮のオーブンでこんがり焼き上げてやろうか。

 ここまで毎回ベルナルド王子に結び付くだけの成果がでない。ムカつくしかし何かしらの理由があると考えられるので、これは少し作戦を買えた方がいいな。



 175回目。

 すっかり嫌になってクラウディオのところでリュートを用いて記憶にあるロックを奏でるなど、油を売っていたらクラウディオからちょっと面白い話を聞いた。ラウルとベルナルド王子は、幼少時、クラロ国とマドリウ国のほぼ国境の町で暮らしていたことがあるとのこと。

……二つの文化が出会う場所には様々な交流が生まれる。

 そして人は郷愁の味に弱いものである。



 176回目。

 修道院の料理人、王宮の料理人に、その国境の村の菓子を知っている人間がいないか聞きまくる。あそこは貿易の要なので、東方からの変わったスパイスが流れ込んでいるという話だった。ついでに私が持ち込んだ修道院焼き菓子を押し付けて改良点の意見をもらう。もう完全にマルグリット、菓子職人じゃね?



 180回目。

 ようやく見つけたぞ……都で、国境の町ででしか生えないハーブを取り扱っている店を!こいつを使ってラウルの口におねじ込みあそばしてお褒めにあずかる菓子を作ってやる。



 184回目。

 午後二時、ラウルに焼き菓子を渡す。

 階段で出会った後、私はラウルをお茶に招いた。名目はアデル嬢の失踪についてで、万難を排してのお茶会だ。絶対これでいける自信がある。

 ベルナルド王子とラウルの思い出の味。そしてめちゃくちゃ美味しく仕上げたからな。


「よろしければ」

 私はお茶と共にその焼き菓子を差し出した。彼は涼しい顔をしているが、実際は疑っていることが分かる。目の前に座った私がためらわずその一個を口にしたのを見たが、彼はしばらく手を出さなかった。

 焼き菓子はバター多めでしっとりとしており、ふんわりと柔らかいが外側のカラメル上に焦げた部分がカリカリとした食感を醸し出していて楽しめる。

 そしてなによりも、漂う独特の甘い香り。


 しかしラウルはまだ手を付けない。ムカつく。

 私の苛立ちにも頓着せずラウルはアデルの失踪について語る。


「それで、アデル嬢の失踪と、ベルナルド王子とルイーズ王女の結婚に何が関連が?」

「あら、不思議には思わないんですの?」

 私はわずかに床に目を伏せた。少し悲しげに見えるように。


「ルイーズ王女の婚礼の最中に、彼女に近い女性が消えた。理由もなく」

「それはクラロ国の問題でしょう」

「お二方の結婚については、どちらの国がどうという問題ではないでしょう?それともラウル様は、明確にクラロ国の問題だ、と言えるだけの証拠がございまして?」


 待てよ?いや、今の私の言葉は、挑発なんだけど、本当に彼が何かを知っていたらどうしようか。実はアデルの失踪には、マドリウ国も関わっているとか。だとすると事は非常に大きくなってくる。いや、公式ではそんな悪い奴ではなかったと思うが……。


「何かしらの陰謀があるとお考えか?」

「その恐れを払拭して、安心してお二人にご結婚頂きたいと願っております」

「私にも手伝えと言うことか」

 ラウルはそう言って、ティーカップを手にした。優美でありながらなよなよとしたところはない端正な姿でお茶を飲む。そして焼き菓子を一つつまんで口に入れた。


 おっ、食べたな!食べましたな!どうすか?

 ワクワクしながら反応を待った私だが、言いかけた言葉を途中で止めて次の瞬間こちらを見たラウルの目は鋭く射抜くようだった。


「貴様、何者!?」

「へあ!?」

 ラウルがテーブルを叩き立ち上がる。その勢いに私も立ち上がって一歩退いた。


「この焼き菓子の芳醇な香り、この近隣の素材を用いたものではない」

「芳醇ならいいじゃん~」

 思わず素が出てしまった。


「どうしてこの香りを知っている!?」

「た、たまたまですよ」

「この都から遠く離れた村の独特のハーブである。なぜ今、この場でそれがでてこなければならない?」

 噓だろ~疑い深いな~。


「何か……密命を受けているのか?」

 その時、ラウルの乱暴な動作にティーカップが落ちた。陶器が割れる音が部屋の外まで響いたのだろう。外で待機していたマドリウ国の兵士が扉を開けて顔を出してきた。


「何かございましたか」

「この女を捉えよ」


 ラウルは言う。おいマジか。私は予想外の展開に仰天しながらとっさに逃げようとした。しかし入口は塞がれている。窓際に寄ったが……うーむ結構高いな。飛び降りるのは厳しい。

 バタバタと部屋に突入して来た兵士は十名もいる。しかもラウル自身も腕利きの剣士だ。一人くらいなら逃げおおせても兵士十人はキツイ。


 私は追いつめられて窓に寄る。そこに手を出してきた兵が居て、私はのけぞった。その瞬間思ったよりも低い位置まであった窓枠に足元をすくわれて。


 ハイ落ちた。今回は転落死!レア!

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