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「彼女が失踪してしまいまして。このルイーズ王女婚礼の間際に、です。大変まっとうな人間でよく働いていた彼女が何の前置きも理由もなくいなくなることは考えにくいのです」
「……なるほど」
ラウルはアデル失踪のことは知らなかったらしい。まあ、生まれは良いとしても、一女官のいないことなど、大っぴらにするわけがない。
「実はわたくし、アデルと面識がございまして」
まあちょっと嘘をついている。イザボー皇太后じきじきの依頼とか言うとまた話の大きさに怪しむだろうからな。
「多少年が離れておりますが彼女のことはそれなりによく知っております。共通の知人を通して彼女の失踪を知りました。それで、この婚礼の見物という理由で、こちらまで足を運んだ次第です。心配ですからね」
アデルの失踪はゲームとしては大問題だ。でも今この場を現実と捉えた場合は大したことじゃない。アデルがいようが居まいが、ベルナルド王子とルイーズ王女の結婚は、何か大事件でも起こらない限り止まらない。
私の個人的な事情という矮小化を図れば、ラウルが気にするような案件ではないと思ってもらえるわけだ。
「よくイザボー皇太后があなたの訪問を了解しましたね」
まあ確かに、死んだとはいえ自分の夫の愛人がのこのこ姿を現すのに気分がいい妻はおらんな。
「イザボー皇太后は、有能で厳しい方ですが、理不尽ではございません」
ぬるっと正面からの回答を避ける。
「ふむ」
ラウルは頷いた。ある程度納得はしつつあるらしい。
「それで、あなたはアデル嬢の行方の手掛かりを追っていると」
「そうです。そのために王宮内を歩き回ることになっているので、この修道女の姿もあって目立つでしょうね。貴婦人の普通の衣装に着替えた方がよろしかったかしら」
だが私は知っている。もう一つの効能を。
「でも、そもそも確かに、王宮は伏魔殿でしょうから。修道女がいる場所ではないかもしれません」
ラウルは一瞬であったが微笑んだようだ。
よし!そうなのだ。修道女に対して、いきなり嫌な態度を取れる人間というのはそう多くない。皆、多かれ少なかれ信仰を持ち合わせていることが多いから。だから私がこうして彼からの悪感情をぎりぎり抑えられているのはのは、この衣装の印象もあるだろう。
「……それで、アデル嬢の手掛かりは見つかったのですか」
「いいえ、全然」
「よろしければお手伝いしましょうか?」
ありがたい申し出でではあるが手伝ってもらうとなるとかえって動きにくくなる気がするな。
「いいえ、結構です。だってラウル様も、ベルナルド王子のお世話や婚礼の準備でお忙しいでしょう」
「ここに来る前の方が大変だったな。旅を始めるにも婚礼の準備で大変手こずりましたから」
「本当は、わたくし、ベルナルド王子にお目にかかりたいのですけど、それはかないませんでしょうね」
控えめに探ってみる。
今回のアデルの行方不明が、もしゲームと関連があるのならば、主たるイベントの持ち主であるベルナルド王子とルイーズ王女には絶対会っておいた方がいいと思っていたのだ。
「王子に?なぜ?」
うー、行き詰りそう。
私はあくまでもゲームイレギュラーの存在であり、なるべくストーリーやキャラに深く介入しないようにしていたけど、ここはもう、ちょっと踏みこむしかないか。
「……わたくしのいる修道院では、珍しい菓子を作っております。より、洗練された出来栄えにして、王宮で取り入れて頂けたらと思うのですが、いかんせん、わたくしこの王宮内では遠巻きにされておりますでしょう?」
「なるほど、ベルナルド王子から帰国前にこの王宮内の有力者に勧めてもらえたらということですか。あなた自身ではなく、異国の権力者からの申し出であれば受け入れてもらいやすい、と」
「率直ながらわたくしにも打算がございますの」
そう、ゲームファンブックにはこう書いてある。
ラウル:実は超甘党。新作スイーツには目がない。
「その菓子は美味なのですが?」
「ラウル様、おためしになります?」
私は小物袋を開いた。はい!当然菓子なんて入っていません。
「あら、部屋に忘れてしまったようですわ。しばしお待ち下さいませ。この上ですから、取ってまいります」
私はにっこりして、その場を離れた。足早に回廊を戻り、いつものあの階段の踊り場へ。
また忙しくなるな。
悪魔憑きがいつも通りお越しになられたので、はい、また。ええ。
ブッスリとな。
というわけで!133回目ですよ。
一体どういうお菓子ならラウルのお気に召すのかはわからない。とりあえず、作ってみるしかないか……ということで、私は本日の冒頭で王宮には向かわずとりあえず、修道院に戻った。そこの料理人に指示をしてまずは一般的な焼き菓子を作ることにした。味見してみれば、まあ普通に上手いが、問題は特に良くもない、というところだ。
そもそもマルグリットは料理をしたことが無い。私の記憶でもあまりお菓子のレシピはない。王宮に行かず、修道院の厨房でオーブンを借りているが、難しい。そう、だってここは文明未開発の設定だから電子レンジもタイマー付きオーブンも無いのだ。焼き加減とかめちゃくちゃ難しい。王宮行ってる場合じゃねえ!
私が作る必要はないにしても、ラウルを納得させるだけのお菓子のレシピを編み出さなければならない。その主体は当然料理人ではなく私にある。どうしてこの世界には料理レシピサイトが無いのだ。この際一般人が提供している若干怪しげなレシピでもいい、参考にさせていただくのに~!
修道院の料理人と私は焼き菓子づくりにかかりきりになった。当然王宮に行かなければ、夕方になると悪魔憑きが律義にやってきてぶっすり刺されて終わるのだが。




