(2)
「リュートがお上手とのことで」
唐突にラウルに言われた。
「それに、剣技も素晴らしいと」
……あっ、エルキュールとクラウディオとの関わりでのことか。
実は繰り返している中でも、なるべくこの二人との接点は持ち続けているようにしている。今となっては、エルキュールに合わなくても悪魔憑きから逃げられるくらいには剣の技術は上がっているし、デシデリアにも有って彼女は容疑対象ではないということも確信したので、クラウディオとのリュートのイベントはスキップしても良い。
それでも一応攻略キャラなので、今後に何か影響あるかもしれないと思って二人とはなるべく知り合った方がいいと算段した。だから今回も彼らを経由してきたのだ。だからそのあたりの交流から私の存在は聞こえていたのだろう。
「変わった修道女殿ですね」
ラウルは抑揚の無い口調で言う。これ、私はラウルがあまり悪意のない人間であるとゲームの展開からすでに知っているから許せるが。普通こんな風に言われたら腹立つかビビる。
「そうですか?普通と思っていますけど」
ラウルは無表情で頷くが質問は続けてきた。
「剣の技もリュートの腕前もなかなか身に着けるのが難しいと思われるレベルまで達していたとのことです」
「特になにか珍しいものもない修道院生活なので、いろいろと己を高めるよう学ぶ時間だけはございました。そのおかげでしょうか」
何回もループして腕を磨きました!とかめちゃくちゃ言いづらいよ。
「それはお褒めの言葉を頂いたということでよろしいでしょうか?」
「……そうですね」
ラウルは頷く。
「宮廷人というのは何でも何度でも噂にするもの。根拠も無かろうと思っていましたが、先ほどの剣捌きを見て、なかなかのものと思い知りました」
「成り行きで得た技術です」
「ご謙遜を」
本当に成り行きなんだけどな……。
「それで」
ラウルは無表情のまま続けた。
「どんなご用事であなたは王宮に?」
まあそうだよね。声をかける前に私が何者かくらい調べているだろうね。唐突に今日の午前中に王宮に舞い戻って来た先代王の愛妾。しかもそれには犬猿の仲であるはずのイザボー皇太后もいっちょ噛みしているらしいとなれば、今回婚姻関係を結ぶ国の要人としては、何が起きているのかくらい突き止めたい。
あー、ラウルの後ろにはもしかするとベルナルド王子がいるかもしれないな。あれもアホじゃないという設定だったし。(注:そんな書き方はしていない「第一王子である兄を支える聡明な弟王子」とかだったはず)
「まだ王子の耳には入っていませんよ、あなたのことは。これは私の独断です」
おっ、人の内心を読みますねえ。
私は目元で笑って見せた。
「わたくしをお疑いになられているの?」
それから付け足す。
「何か、不審なことでもございまして?」
いや正直マルグリットは我ながら不審だらけだが。
ルイーズ王女とベルナルド王子の婚姻については、水面下でのそれぞれの権力闘争は有れど、両国に承認されている。王女の侍女であったアデルの唐突な失踪は、クラロ国の一部にとっては奇妙で不安を呼ぶ出来事だが、マドリウ国の人々にとってはあまり関心のないことであろう。もしかしたら……というかおそらく確実に婚姻に反対する勢力はあるのだが、それは具体的になっていない。
つまりラウルが不安になるようなことは、公には存在していない。
彼がもし、彼の抱く不信感の大本を問うのだとすれば、「彼のほうでそう思わざるを得ない様な出来事は発生している」ということの証明だ。まあ普通の宮廷人はそうは言わないよね。それなら空気を読んで、何もおかしなことは起きていませんという外面をしていた方がましだもん。自分が関係なければスルー。
だからラウルはスルーできない何かを掴んでいる。
「さあ。しかし私はベルナルド王子の親友としても、父をマドリウ国の要職に持つ一国民としても、この婚姻が上手くいくようには気を使っているのですよ。あなたがどう、というほどにあなたのことは存じ上げませんが、王宮から遠ざかっていた先王の愛妾が唐突に戻ってきたとなれば、気になるということは御想像いただけるのかと」
さすがだ。ラウルもなかなかに負けていない。ぐいぐい質問を重ねてくる。
「愛妾であったあなたであるがこそ」
なるほど。
私は修道女のベールの下で考える。
私がエルキュール、クラウディオ、と辿ってきたのは、彼らがストーリーに食い込む、つまり物語のキーマンだということ狙ってのことだ。そしてもう一つ、「ある程度まっとうな人格を想定できる」ということもある。
一応アデルが主人公の恋愛シミュレーションゲームだ。彼らそれぞれいろいろな理由があり、初見では理解できない様な言動は有れど、それは彼らの秘められた過去によるもので、問題を解決したり、彼らを理解していくことによって愛情深い存在となる。
まともな倫理観と正義感、そして愛国心を持ちえているのだ。だから、味方にしやすいと考えた。
当然ラウルもそれにあたる。
ただラウルにはラウルの思惑があるということを思い知らされる。いよいよ、好意だけでは回らなくなってきたか。
リュカやデシデリアのこともあり、私が知るゲームの世界とのズレはある。それは懸念事項だけど、とりあえず信じるしかない。裏切られたらその時は、軸足を立て直して取り掛かる必要があるけど、今は信じるということを前提にしていた方が進路は決めやすい。
「わたくしを高く買い過ぎですわ。ただの愛妾ですのよ」
そう言ってみればラウルは呆れたと言わんばかりに眉を顰める。
「先王の死後、国母でもないのに、身の安全と落ち着いた生活を手にして、敵も作らず王宮から消え去るなど、なかなか見事な撤退劇ですよ。状況によっては毒の一つや二つ盛られて隠遁先は墓、ということだって珍しくありません」
ふむ。
この人はあまり、愛妾のような存在は好きではないのだろう。あと、確かに不審な死を迎えている愛妾は、クラロ国に見ならずマドリウ国も含めて大変多いですからな。
「そんな私がのこのこと王宮に現れれば、胸騒ぎもするということですね」
そうなると、アデルじゃないが彼女の素直さを見習って、ある程度正直に話した方が得策か。
ラウルと偶然知り合えたことは実りだった。だからこれから自分がどうしたくて、それをどう彼から引き出すかということが課題だな。
ラウル自身が、今回のアデル失踪に絡んでいるというのは考えにくいと思うけど……。ラウルは確か、アデルと明日、両国の園遊会で初めて顔を合わせるはずだから。
「アデルというルイーズ王女付き女官がおります」
私はまっすぐに彼を見て、思い切り確信から踏み込んだ。




