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「ルイーズ王女も、親しい家族と離れて他国に行かれるので。こうして歓迎してくださる方がおられるということに心強さを感じますし、ルイーズ王女の幸福になんの疑念もございません」


 いやいやいや、ほんとは、どういうことだ?っていう疑問だらけだよ。ぎすぎすしていたアンチ結婚派のデシデリアは微塵もなく、ここにいるのは甥っ子の結婚を喜ぶ親戚の伯母ちゃんだ。ってことは甥にあたる両王子との仲も良好なのか……。


「デシデリア様がずっと喋りっぱなしですから、マルグリット様が口をはさむ隙がありませんね」

 クラウディオが言うと

「あらひどい物言いですこと。わたくしだって、習ったクラロ語を使ってみたいし、誰かとお話しすることは本当に楽しいわ」


 デシデリアは彼の方を扇で軽くどついた。クラウディオがふざけたような笑い声をあげる。

 うーむ。本当に屈託なくいい人なんだよな……。


 そこで我々は、マドリウ国文化だの音楽芸術だのお二方の婚礼や結婚生活、そして美容やダイエット法に至るまで話をしていた。クラウディオの好感度がめちゃくちゃ上がりそうだ。私。

とはいえ私はヒロインではないので友情エンドだな。そういうのでいいんだよ。アデル嬢に告白するはずがヘタレているクラウディオの尻を叩く役とか、超やりたい。

 とにかくデシデリアはあまり悪事を働くようなタイプではないとわかった。そうなるとまた別の方からアデルの失踪の理由を探らなければならない。


「そういえば」

 私はもしかしたら行けるのではないかと思って口にしてみた。

「マドリウ国からは、ベルナルド殿下のご友人もいらっしゃっていると伺いました」

「ああ、ラウルのこと?」

 そう、攻略キャラ三人目である。


 マドリウ国宰相のご子息、ラウル。とりあえず当てもないので、デシデリア様がもし伝手があるのなら、ここで対面しておこうかと思ったのだ。


「クラウディオはラウルと仲が良いのかしら?」

「僕と彼、気が合うと思います?」

 クラウディオは肩をすくめた。えー、ゲーム内ではどうだったかな。ベルナルド王子とラウルは親友だけど、クラウディオはそこには関わっていた気がしないな。


「そうねえ、彼、真面目だから」

 デシデリア様が含み笑いをする。なるほど、性格の不一致か。離婚理由の筆頭って感じ。


「忙しがっていて、ここに顔を出しにも来ないわ」

「ルイーズ王女とベルナルド王子にずっと付き添っているからでしょう」

 なるほど。ここで強くお願いすると、「なんでそんなに会いたいんだ」ってことになりそうだから、引いておくか。でもルイーズ王女達と行き会えれば会えそうだな。


 ふむ。

 一時間ほど談笑して、私は部屋を辞することにした。デシデリア様からお菓子をしこたま食べさせていただいたのでお腹は減っていないが。

 クラウディオはまだデシデリアと話をしているようだったので、私は一人、別れの挨拶をして立ち上がった。


「それで、どうなさるおつもりです?」

 扉の前で一礼した私に、クラウディオは微笑みかける。

「フリートのこと」

 ……なんて?


 私は耳を疑った。エルキュールが突然口にした「フリート」それを彼も今。デシデリアが何の不思議もなさそうににこにこしている。私だけがなんのことかわかっていない。


「それではごきげんよう、マルグリット様。またお時間があれば、ぜひリュートと合奏いたしましょう」

 今言った、フリートという言葉のことなど、まるでなかったかのようにクラウディオは別の事を続ける。全然意味が分からない。

 ぽかんとしている私に、むしろ二人がけげんそうな顔になってきたので、私は慌てて部屋をでたのだった。


 『フリート』。

 ゲームシナリオにもなく、今の話題でもなかった、突然降ってきたような言葉。


 いや、それよりもアデルのことを考えなければなるまい。ここはひとつイザボー皇太后のところに戻って、ルイーズ王女に合わせてもらおうかな。そうすれば失踪前の彼女のことが分かる。


 考え事をしながら歩いていた私は、気が付いたら、人通りのない、半地下の回廊にたどり着いていた。やべ!こういう時に悪魔憑きが出てくるんだ。私は手元のフルーレを確認した。今なら逃げるくらいならできそうだ。

 この回廊を抜ければ、またある程度人がいる庭園に出られる。死んでも多分また繰り返しだろうけど、ここまで同じことをするのもめんどいのでなるべく進みたい。


 イザボー皇太后に会って、エルキュールと剣技で親交を深める。マルセルには王宮に向かう途中であって、簡単に警告しよう。それからクラウディオと知り合い、デシデリアに会う。違うルートもあるかもしれないけど、スキップするのは行き詰ってからでよい。


 その時、回廊の途中の、女神像の影からまるでそれこそが影そのもののように人が出てきた。私はフルーレを手にする。


 来た!あの、黒いフードの悪魔憑き。

 ううーどぅする?相手の隙をついて逃げ出すか、それかガチバトって、悪魔祓いができるところまで持ち込めるようにするか。後者は一人では結構厳しいが……!


 悪魔憑きは長剣を手にしていた。マントのフードの下は、仮面をかぶっていることに今さらながら気が付く。さほど身長は高くないが、今までの無数のループでのボコられようからして強い。


「王宮内で何をしている!?」


 突然男性の声が飛んだ。少し、訛りがある発音に、マドリウ国の人間であるとまず気が付く。

 悪魔憑きと向かい合う私の視界に入ったのは、その向こうから駆けてくる姿だった。私の気が逸れた瞬間に突きだされた剣の切っ先からかろうじて避ける。ちょっとの隙もありゃしない。普通、変身ヒーローだって、変身中は敵も襲ってこないものだけど。


 駆けてきた男性は、私と悪魔憑きの両方を見た。いでたちで私に味方すると瞬時に判断したらしい。私のフルーレよりも数倍重そうな長剣を抜いた。


「悪魔憑きか」

「そうです!取り押さえることが出来ればわたくしが祓います」

「なるほど。修道女殿」


 男性は悪魔憑きのもつ剣を自身の長剣を突きだして受け、頭上に薙ぎ払った。しかしそのパワーを擦り抜けるように悪魔憑きは自分の剣を逃す。こやつできる……!機会を見つけて私もフルーレを使おうとするけれど、悪魔憑きはなかなかその隙を見せない。だが男性は強く、じりじりと迫っていく。


 やがて悪魔憑きは壁に追いやられて進退窮まるかと思ったが。

 ふいに悪魔憑きは方針を変えたようだった。すっと身を屈め、それからそのゆったりとしたローブを跳ね上げた。一瞬視界がふさがれ、私も男性も姿を見失う。その隙をついて悪魔憑きは我々を取り残し、回廊を駆けだしたのだった。


「待て!」

 男性が走り出す。ちょっと待たれよ!今まであいつに何十回殺されたと思っているんだ。あれは私の仇だけど!

 私も男性を追って駆けだした。回廊を抜けると、彫刻の庭園に出る。植え込みに混ざって、大小さまざまな彫刻が設置されている。今は新緑の季節で大変緑は鮮やかで庭園は美しく、そして見づらいわ~!!!


 一瞬で我々は、その障害物に悪魔憑きを見失っていた。


「あいつめ……」

 私はついに立ち止まり、息を切らして芝生に膝をついた。

 だがその次の瞬間、私は背後から激痛を感じた。気が付かないうちに灌木の影を辿って背後に回り込まれていたのだ。

 胸から剣の切っ先が出ている……。刺された。


「君!」

 男性が叫ぶ。その声に私は閃いた。

 しまった、ここで死んでる場合じゃなかった。

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