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(6)

 今ならちょうど三時のお茶の時間です、とクラウディオは言った。

「これから彼女とちょうどお会いすることになっています。よろしければご一緒しませんか?デシデリア様には巧みなリュートをお弾きになられる方ということでご紹介いたします」

「ええ、お願いします」


 アザッスと言いかけそうになり、私はそれを飲み込んで丁重にお礼を言う。クラウディオといっしょに王宮内に戻り、二階まで登ると、最も美しいとされる客間に向かった。

 贅の限りを尽くした王宮の美しさは、久しぶりに見た私にとってはたいへんな眩さだ。ここしばらくむさくるしい駐屯所でフルーレの特訓や下町でリュートの特訓やらで、あまり王宮内に立ち入ってなかったからね。


「デシデリア様」

 一つの扉を叩き、クラウディオが声をかける。

「クラウディオです。お邪魔しても?」

「ええどうぞ」

 美しい、小鳥がさえずるような軽やかな声だった。それは彼女の美貌を思い来させる。


 クラウディオが扉を開けて、私は彼に続いて部屋に入った。部屋の中には丸いテーブルがあり、若い女官、そしてもう一人、豪奢な衣装の女性が席についていていた。目の前には何種類もの砂糖菓子や揚げ菓子が、美しい陶器の皿に盛られており、銀器がまぶしい。

 その先には、怜悧な美貌と険のある表情の、デシデリアが。

 が?


 私は思わず扉のところで足を止めてしまった。

 女官の他には、一人の女性しかいない。クラウディオもデシデリアと呼んだ。だから間違いないはずなんだけど。


 そこに座っているのは、ふくよかなお体と、愛嬌のあるまんまるな顔立ちの、どこからどう見ても年齢相応の女性だった。若かったころはとんでもなく美人だったんでしょうね~と言われる優しくて逞しいオカンという感じが近い。


「まあクラウディオ。あなただけじゃないのね」

 くるくるキラキラ変わる豊かな表情で彼女は言う。

「修道女様なんて、どうしてこちらに?まあまあまあ、困ったわねえ。わたくし、とても敬虔な御心の前に出られる様な状況じゃないのに」


 一言一言の間に、その推定デシデリア様は、ひょいぱくと砂糖菓子や焼き菓子、フルーツを口に放り込んでいる。確かにそのふっくらした体形を維持することは並大抵の努力ではないだろう。一日三食ではとてもこと足りるまい。


「節制という言葉とご縁がないのよ」

 てか、私の知ってるデシデリアと全然違うが!?

「デシデリア、様」


「修道女様、あなたどなたか存じませんけど、よろしかったらおかけになって。マドリウ国のお菓子の美味しいことと言ったら。まあお茶についてはわたくしが国からもってきたものの方がいい香りですけど、それは単に慣れというだけかもしれませんしね。お茶を飲んで行ってくださいな。クラウディオ、ぼんやりしていないでお客様をこちらにお連れして」


 いやめっちゃフレンドリーだな。

 唖然としている間に、クラウディオは私の手を取って、テーブルまでつれて行く。すでに女官は私とクラウディオの分のお茶を入れていた。美しい布張りの椅子に腰かけて彼女と向き合う。


「あの、デシデリア様」

「ええ、なんでしょう」

 にっこり笑うデシデリア様は、確かにお顔真ん丸なんだけど、よくよくみれば確かにデシデリアの面影は残してある。面影はあるけど表情は違う。ほがらか。


「お砂糖はお使いになられて?」

 ニコニコと満面の笑みで彼女は私を見てくる。

「あ、あの。わたくしは。マルグリットと申します」

「あらー。もしかして先代王のご寵愛を受けていらしたという?まあ~」

 デシデリア様の声のトーンが一段階上がる。


「やっぱり違うのねえ。美しさが普通の人間とは何段階も違うわ」

「デシデリア様もお美しいですよ」

 デシデリア様は愉快そうに、ほんと屈託なく笑った。


「あらあらあら。まあわたくしも昔と同じ体形でしたら、そこそこ今もいろいろな男性を射止めていたかもしれませんけどねえ。そんな時代は随分遠くになりましたわね。でも別に、射止める男性は一人でいいわけですし」

 ん?

「デシデリア様はご結婚を?」

「あら、知らないの?」

 デシデリアは悪戯っぽくクラウディオを見た。


「修道女様ですから、世俗のことはあまり存じておられないのでは?」

「なるほど。わたくし、結婚はしていないんですけど、ずっとお付き合いしている方がおりましてね。若い頃からのお付き合いなんですけど、ほら、一応第一王女でしょう?国家の方針として生半可な相手とは結婚できないんですよ。公人と言う立場も面倒なものですよ。かといって他にいい相手がいたわけではないので、ずっと宙ぶらりんでしてね。大変最悪な時代ではあったんですけど」


 うふふと笑うデシデリア様の左手薬指に、指輪がはまっていることに気が付いた。


「二十年かけて、頭の固い連中を説得しましたのよ。やっと去年結婚にこぎつけまして」

「ご結婚!……お、おめでとうございます」


 えっ、えっ?

 デシデリアは、反対されていた相手と、二十年かけて結婚したってこと?


「大変でしたのよ。夫の身分が低いので、彼、暗殺されかけたり。でもわたくしも絶対譲らなかったですからね。夫が死んだらわたくしも死にます、その時には反対する連中、皆殺しにしますから覚悟してくださいませ、くらいな脅しもしてましたの」

 ほほほ、とデシデリアは扇を口元に当てて優雅に微笑むが、言ってることはガチ戦闘民族だ。キャラの性格の名残りはあるぞ。


「ずっと一緒に暮らしまして、ほとんど夫婦みたいなものでしたけど。幸せなせいか、随分太ってしまいましたわ。夫に嫌われたら困ってしまうので、何とかしないと、とは思っているのですけど」

 確かにデシデリアは幸せそうだった。


「そんなことおっしゃって。デシデリア様のご主人は、愛妻家で有名なんですよ。多分デシデリア様が今の体重の倍になっても平気です」

「あら、優しいこと。クラウディオは」


ケロッとした顔でいうデシデリアを一体どうすればいいのかぜんぜんわからん。私の知ってる彼女はこんなフレンドリーではなかった。とてもルイーズ王女とベルナルド王子の結婚を邪魔するようには見えない。


「婚姻できなかった時代に三人子供も産んでしまいましたからね、『既成事実と経年で国のうるさい風習の息の根を止めた』と言われておりますの。でもうるさいジジイ共が死んだのは、単純に老衰ですから、わたくし、特に手は下してませんのよ」

 子供もいるんか~い!


「全くご家族仲がよろしくて」

「クラウディオ、あなたもちゃんと身を固めた方がいいわよ?あなた本当にふらふらしているでしょ。だいたいね、あれやこれやといろんな女人に好かれたとしても……」

 クラウディオが流れ弾でハチの巣になりかけたところで私は口を挟んだ。


「あの、デシデリア様は、今回の婚礼のためにご一緒されたと伺っておりますが、ルイーズ王女にはもうお会いになられて?」

「ええもちろん。とても可愛らしい方ね。大人しいようだけど、言葉の一つ一つに王族としての誇りもあるし、心優しさを感じるわ。むしろ当方のベルナルドがちゃんと好かれるか心配よ。あんな素敵なお嬢様がいなくなっちゃうなんてユーグ国王に恨まれてしまいそう」


 めちゃくちゃ気に入っとるがな……!


「我らが王女への言葉として、わたくしも大変ありがたく頂戴いたします」

 内心の困惑を隠して私は言った。デシデリア様のほかほかのふんわり笑顔には勝てんけどなるべく愛想よく見えるように。

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