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一回目の終わり。
王宮の、まだ日差しが柔らかい午前。滑らかな白大理石の階段に、私は倒れこんだ。見上げて、闇にうごめいていた何かを、よく見知った「悪魔憑き」だと認識する。それが刺してきた短剣が私の胸に刺さっている。
いや、自分が死ぬかもってことは知っていた。だって私、スマホの人気アプリ女性向け恋愛ファンタジーゲームのラスボスにしてヒロインの宿敵「マルグリット」になっているって一年前くらいから認知していたから。
それでもこれは予想外過ぎる。
だってまだ時系列的にはゲーム内では何も始まっていないから。ゲームのストーリーが始まる前日だよ。
私死んじゃったらまずくない?いわゆる必要悪ではありませんか、私。
ラスボス無しならこのゲーム、攻略キャラバトロワにでもする気か?
大理石のひややかさを感じ取り、死を見据えた次の瞬間。
私はその日の朝に戻っていた。
私がこの世界を認知したのは、大体一年前のことだ。
なぜか、気が付いたら見知らぬ世界で目が覚めていた。私は今までの知っている自分ではなく、世界も生まれ育ったものとは大きく異なっていた。ところが注意深くあたりを見回したら、知っているゲームの世界観だったのだ。
一年前まで私、普通の会社員だったはずなんですよ。二十代半ば。微妙にブラックの各種WEBサービス提供会社でエンジニアとして働いておりました。給料に対しての業務量については自社ビル定礎に彫り付けたい恨み言が満載だけど、人間関係はいいので、なんかやめづら~みたいな。替えがめっちゃきく社会の歯車ちゃんだけど、いなくなってしばらくは仲良しの同僚が困るかなと思うと、歯車的に辞めづらいのだ。ホワイトな会社はどれもみな同じようにみえるが、ブラックな会社にはそれぞれのブラックの形がある(byトルストイ)。
会社辞めて、思い切って海外で仕事を始めた先輩にこっち来いとか言われたりしているけど、いや、そんな度胸あると思う?
そういう惰性の日々だったはずなのに、ある所から記憶がない。朝起きたら、全然知らない天井だったし、自分も知らん顔になっていた。
これはあれか、過労で倒れたか、トラックに轢かれたか…?
今の自分は多分アラサーくらい。外国人の顔はよくわからないけど、後でよくよく考えてそのくらいの年齢だと見当をつけた。多分若いころは絶世の美少女だったと思われる。光の加減で緑とも青とも言い難い絶妙な色に変わる鮮やかな色彩の瞳に、艶めかしい黒髪。真っ白の肌にはシミ一つなくパーツのそれぞれは適切な大きさと形が適切な場所に寸分狂わず設置してあって、どんなポンコツ証明写真機でもパーフェクトな写真を撮れそうな絶対の安心感がある。
ただし衣装は回想シーンとストーリーが進んで最後の方でちょっと変わる以外はずっと灰色と白の無彩色修道服である。
わたしin彼女、である彼女の名は「マルグリット」。
スマホゲームアプリ『ラ・ギルランド』のヒロイン……ではなく、そのラスボス級のキャラクターである。当然予後は大変悪い。
彼女は『ラ・ギルランド』の物語の開始時にはすでに死んでいる先代王の愛妾で、先代王の妻である存命の皇太后とは仲がいまいちである(いいわけがない)。『ラ・ギルランド』のオフィシャルファンブックによると、先代王が死んで、その妻である皇太后と息子夫婦にマッハで修道院送りにされたらしい。先王の愛妾であることをいいことに、贅沢の限りを尽くしたようなので、一庶民感情を持ち合わせた私としても、それはまあ断罪もやむを得ないだろうというところだ。
ただ、一方でマルグリットが愛妾であった期間というのは逆算すると15歳から19歳の間なので、その年齢の女子を愛妾にした先王のキモさがうなぎ上りである。私のもと居た社会通念上であれば、炎上待った無しのキモオジ仕草である。脚本部門がここはもうちょっと何とかするべきではなかったのではないだろうか……。
まあ先王も悪いところばかりじゃなかったが、ゲーム内では女好きに関しては相当ディスられている。現在のユーグ王と妻アニエス王妃は堅実な政治路線を貫き、今は社会もまあまあいい感じとなっている。
そう言う環境で私は自分が『ラ・ギルランド』のマルグリットであることに気が付いたというわけだ。
皇太后も国王夫婦も極悪非道ではなかったので、修道院とは言え、教義にガチガチついでに自給自足、「飢え死に?知ったことじゃないですよ」という感じではなく、とにかく王宮に顔を出すな、という気持ちで俗界から足を洗わせたという雰囲気なので、ゆるゆる修道院生活だ。毎日料理人が上手い料理を作るし、刺繍やら読書やらでまあゆったり生きていられる。
とはいえ。
ネットに繋がらない世界であることが第一の理由だが、平和かつバチクソ退屈だ。宮廷の花だったマルグリットも退屈だったと思う。しかし皇太后の気持ちもわからんではない。これで息子である現王までたぶらかされでもしたら最悪だ。
最初にここが『ラ・ギルランド』の世界だと気が付いたのは、マルグリットの容姿が、それこそ死ぬほど見たスチルにそっくりだったから。そして思い起こせば国の名前も知っている。王族の名前も知っている。そして段々確信を強めていった。
一番の目印となったのは、この世界には「悪魔憑き」という概念がある。悪魔が人に憑りついて様々な悪行に手を染めさせる。それにより力を蓄えいずれはその身を食い破り実体化して、さらに人を喰うのだ。
修道女としてそういう人間達を知り、この設定はもしや……と気が付いたのだった。
先王の死から十年。マルグリットも29歳にはなっている。ゆったり生きてはいるが、このままだとまずいことになるのでどうにかしなければとは思っていた。時系列としては、気が付いたタイミングはゲームシナリオの開始一年前くらいだった。
ゲームの物語が始まれば、ヒロインが活躍し、マルグリットは晴れてラスボスとしてのお役目を立派に果たし、そして見事惨死!という展開になりかねない。私自身がそんなことまっぴらごめんだぜ、私はこの修道院で立派にひきこもりを務めてまいります、と誓ったところで、ゲームの強制パワーでもあれば目も当てられない。
とにかく基本的には『ラ・ギルランド』は王宮で話が進むので、ここから出なければ、何とかなるのではないかと思っていたのだが、先日、お茶をしに来た都からの司祭がナウでホットな情報を教えてくれた。
「ご存知か?伯爵令嬢アデル様が失踪との話。素晴らしい御教養で、ルイーズ姫のご信頼も厚かったのに。どなたも理由や行方は存じないそうだ」
アデルちゃん、『ラ・ギルランド』の主人公だが……?
これから国家の最大イベントと悪魔憑き対応と各種攻略対象との自分の恋愛で大活躍&過労死寸前大忙しのヒロインちゃんだが!?
それマジで?




