櫛のような手のオタク女子と出会ったにゃ!
アパートの中には、昨日の余った寿司をちまちま食べているタカシの姿があった。ファウストを見つけると、彼は「一緒に食わないか?」と誘う。酢飯の良い匂いがしたが、死神猫は、本題を先に話した。
「指輪の件は解決したにゃ。チカとも仲直りしたし、ファウストの、ここでの役割は終わったのにゃ。あとは警察に任すにゃよ」
「あぁ、よくやってくれた。お礼にファウスト専用の皿を買ってきたぞ」
「にゃ?」
タカシの持っていたそれは、沢山の金魚が描かれている、軽そうなプラスチックの皿だった。値段を聞くなんて野暮なことはしない。安かろうがそれなりの値段がしようが、生まれて初めてファウストが誰かからプレゼントをもらった。その事実に間違いはない。
ここは素直に言おう、
「ありがとにゃん!」
と。
死神猫の前に置かれる新品の皿。お世辞にも本物の陶器とは思えないが、初めての貰い物だ。ファウストは小さな皿の周りをグルグルと回って、見物するかのように金魚の柄を眺めていた。そこに置かれるマグロ寿司2つ。イクラは鮮度があるからという理由で、昨日全て、ファウストとチカが食べてしまった。
「それでさ。頼みごとがまだあるんだよ」
「?」
1日経ったマグロを、少し血なまぐさいと思いながらガジガジ噛むファウストの頭を優しく撫でるタカシ。どうやら、チカの悩み事を聞いて欲しいらしい。彼女に対するストーカー被害について。
「あんな女性のストーカーなんているわけないにゃ」
「いや……チカを追っかけてるのは女性なんだ」
「にゃぁ?」
もしかして、同性愛者とかいうやつなのか。だとしたら物好きな上に変わり者だなぁ。そう思うファウストであった。
――と、ここでタイミングよくタカシのスマホが鳴る。
通話の相手はチカで、今からタカシのアパートへと向かうところだそうだ。部屋の時計を見ると、夜の8時。外が寂しくなる時間帯。いくら暴力女でも、相手が凶器を持っていたら、たちまちやられてしまう。
そうなると、冥界へ逝くものが増える。仕方ない。これも、死神猫の仕事。
ファウストは、今のチカの様子を金の右目で探った。同時にストーカーの正体も、暴いてやった。
ストーカーと思われる女性の名前は、伊藤真理恵。チカと同じ大学に通う19歳。身長165㎝。体重50㎏。丸眼鏡が特徴のオタク女子。服装や髪型も垢ぬけておらず、年齢に比べて幼い印象だ。
どうやら彼女は、自分の感情を伝えるのが下手で、チカにお礼を言おうと、現在進行形で、つきまとっているようだった。
「チカ。お前何かしたのか?」
タカシがファウストの情報を聞いて尋ねる。チカには感謝されることなど全く覚えが無いようで、不思議がっていた。真理恵が伝えたかったお礼とは、いったい何なのか。死神猫には、全てお見通しだ。
「テスト範囲教えてくれてありがとうって言いたいらしいにゃん」
「あ、そういえばもうじきテストだって言ってたなぁ、チカ」
――コンコンコンコン!
通話が切れると同時に、何度も玄関の扉を叩く音が鳴る。
「そんなに慌てなくても……」
タカシが扉を開けると、チカが顔面蒼白で立っていた。
「どうしたんだ、チカ!」
「あの子、頭おかしい‼」
ファウストの右目が、チカのエピソード記憶を視る。どうやら真理恵は、今日のお礼にと、自分の大好きなBL(かなり際どい)の描かれた缶バッチを、チカに渡すでもなく、放り投げてくるのだ。
彼女からすれば、最高のプレゼント方法なのだが、その柄や行動を見て、怖くなったチカは全速力で、タカシのアパートまで来たのだという。
(にゃんとも言えにゃい……)
ワンワン泣き出すチカに、困ってしまったタカシは、ファウストに頼み込んだ。真理恵を追っ払ってくれないかと。食べかけのマグロ寿司を、名残惜しそうにファウストは見つめる。
どうしてこうも人間は灰汁が強いのか。個性的と言えばそうだけれど……。
死神猫には、真理恵の気配がわかる。すぐそこ。玄関前だ。彼女は授業中の間に描いたイラスト(際どい)を、タカシの玄関の扉にペタペタ貼り付けていた。イラストには小さく、「ありがとうございました」と書かれている。
「そんな、なんか誤解されそうじゃないか!」
慌ててタカシが玄関の扉を開ける。その拍子に真理恵の大事な丸眼鏡が外れてしまった。まるで猫のように丸っこくてウルウルした瞳が怯えている。リスのように小さな手。
思っていたより、幼い印象の彼女に、少しだけ胸がキュンとしてしまうタカシだった。当然それを快く思わないチカ。
「タ~く~ん~」
「いえ、違うんです~!」
2人の会話を聞いていて、バカらしいと思っていたファウスト。その一方で、眼鏡を拾って掛けた真理恵の死にたい度が、ぐんぐん上がっていく。その理由という物が、彼氏いない歴=年齢。ということであった。
「お熱いですね。2人とも」
「「?」」
突然話しかけられて、首を傾げる【タカチカ】。真理恵の言葉はお祝いではなく、(リア充爆発しろ!)という、謎のメッセージが込められているのを、ファウストが察知する。
しかし、当の本人たちは、素直に褒められているのだと思って、自分たちの世界に入り込んでいってしまった。加速する嫉妬心。
銀の左目で測ってみる。
(死にたい度……15%)
なるほど高い。
これは癒さなければいけない案件なのであろうか。そう思いつつファウストは、彼女に近づいて猫語で話してみた。
「にゃあ」
「あ、こんにちは。猫様」
真理恵が、緊張した様子で死神猫に触る。小さな指は、まるで繊細な櫛のようで、とても心地よかった。しかし、なんだか物足りない。
撫でるならもっと、自信を持って撫でて欲しい。妙に緊張されるとこちらまで移ってしまう。そう思った。
「何猫被ってるんだよファウスト。喋ったら良いじゃないか」
「!」
タカシが全てバラしてしまった。ファウストが死神猫であることを。真理恵はその話題に、喰いついてきた。視線をファウストに合わせて、
「猫様! あなたは二次元の彼方から遣って来られた、実はイケメンな死神様なのですね!」
と迫ってくる彼女に、怯える死神猫。どうして自分の周囲には変な人が集まってくるんだ。そう思うファウストであった。詳しい話は、タカシのアパート内ですることになる。
まず、真理恵に彼氏が出来る方法を、チカが伝授するというもの。そして、ファウストの今後の事だ。
(ファウストは気ままに暮らせたらそれでいいのににゃぁー)
人間同士のことは人間同士で解決してくれと、大きな欠伸をする、死神猫であった。
▽ファウストからの一言▽
BLについて知りたい純粋な心の持ち主は、親や友人の前で調べないようにするにゃん。後悔する者と沼にハマる者とが居るにゃが、ファウストは何も知らにゃい……。




