愛すべき者たちとともに『生きる』にゃー!!
死神猫のファウストは、日本の閻魔に呼び出され、冥界に来て居た。
「なんの用ですにゃ?」
と訊けば、
「あなたの目的は何でしたか? ファウスト」
と問われた。
その瞬間、ファウストは閻魔の言いたいことが分かり、冥界から逃げ出した。
「────嫌にゃ……嫌にゃ!!」
ファウストが逃げ込んだ先は、タカシのアパートだ。事情を知らないチカは、Lサイズのピザを食べながら頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「ファウスト、どうしたんだ。変なものでも食べたのか?」
ファウストは、両手を頭に当てて震えていた。タカシからもらった金魚柄の皿を見ると、しくしく泣き出してしまう。
「うっうっ、タカシ……タカシは今、死にたくないにゃん?」
「あぁ、ファウストのおかげでちっとも死にたくないんだぞ!」
「……うぅ」
チカが炭酸飲料をラッパ飲みしたタイミングで、ファウストは声を張り上げて言った。
「タカシ、死んでくれにゃ!」
(!?!?!?)
チカが盛大に口のなかの炭酸飲料を噴いた。驚いた2人はファウストに事情を訊く。死神猫によると、
「閻魔様が、他の死にたい人を癒しに行けと命令する気にゃん。ファウスト死神猫だからにゃ、でも……タカシとのお別れ、嫌にゃん。だから死にたいって強く思うのにゃ。そしたらファウスト、ずっと側に居られるのにゃ」
らしい。
死神猫の役目は、死にたがりの人を癒すこと。ならば、死ぬ気の全くなくなったタカシとともに過ごすことは、本来必要のないこと。
事情を知った2人は顔を見合わせて、困ったように言った。
「ファウストはどうしたいんだ?」
「ファウストはどうしたいの?」
死神猫の耳がピンと上がり、また下がった。
「……閻魔様の命令には逆らえないにゃん」
落ち込むファウストの様子を見ていた2人は、何と言葉をかけてよいのか分からずに、棒立ちしていた。
────ピンポン♪
ドアホンの音が鳴る。
「こんにちは、遊びに来ました」
真理恵だ。タカシとチカは暗い面持ちで彼女を受け入れた。
ファウストはというと、部屋の隅っこで、念仏のように、「嫌にゃ……嫌にゃ……」と唱える始末。
「……どうする?」
死神猫の様子がおかしい。これはさすがにお別れを示唆するかもしれない。チカもさすがに空気を読んでまじめな顔をする。
長い時間が経った。
時計の音やエアコンの音がやけにうるさく感じる。いっそのこと全部止まればいいのに……、
そう思ったファウストは、ひらめいた!
「ファウスト、死神猫。辞めるにゃ!」
3人は「ええ!?」と声をあげる。
それは、死神猫のストライキ。しかし、それは死神猫界隈だけでなく冥界や閻魔への裏切りである。ただでは済まないだろう。
「閻魔様に直接言いに行く……のは怖いから、グイーリンダイに伝言残してくるのにゃ」
ファウストの言葉にタカシが、「大丈夫なのか」と言うと、
「やるのにゃ! これはファウストの試練にゃ!」
そう言って、シューリンガンたちの居る【ジュゲムの集い】もとい、シズコの家まで瞬間移動した。
◇
「……なんてぇ、言ったにゃ〜?」
シューリンガンの毛が逆立っている。いつもは陽気なポンポコピーも、この時だけは良い顔をしない。グイーリンダイは、様子をうかがっているように見える。
「ファウストは、今日をもって死神猫辞めるにゃ」
「そりゃ、普通の猫に成り下がるってことかにゃ〜ん?」
「そ……そうにゃ!」
続けてポンポコピーも言った。
「普通の猫は喋れないし死にたい度を測れないし……不便にゃよー?」
「う……喋りたいけど、死にたい度は測れなくても良いのにゃ」
「そんな都合の良い猫、この世に居にゃいよおぅ〜」
様子をうかがっていたグイーリンダイが、迷っているファウストに問うた。
「普通の猫に成る。それが、あなたの本当の願いにゃのですか?」
「にゃう……」
言葉に詰まったファウストを、他の死神猫が責め立てる。その空気に耐えかねて、ファウストは泣き出してしまった。
「嫌にゃん! ファウストは……タカシと一緒に今のままで、居たいのにゃ! うまく言えないけど、閻魔様の命令に従うのが嫌にゃん!」
グイーリンダイは、しばらく目を閉じてファウストの言葉を聞いていた。シューリンガンは、「……よしてやれにゃ」と、ファウストに罵声を浴びせる死神猫を払っていた。
ポンポコピーの腹の虫がなった頃。グイーリンダイの目が開く。何かを受信したようだ。瞳の色が黒色になっている。
────ファウスト。貴方は『生きること』とは何だと思いますか?
グイーリンダイの瞳を眺めていたファウストに、そのような声が聴こえてきた。
(閻魔様の声だにゃ!)
ファウストは思い出した。グイーリンダイは【ジュゲムの集い】の真のボスにして、閻魔と深い関わりがある死神猫であることを。こうして直接話ができるとは思っていなかったから、ファウストは一気に緊張して思考が絡まる。
「生きること……とにゃ?」
おそらくファウストの反応次第で今後が決まるだろう。しかしまあ、哲学的なことを考えたことなど、今までに無かった死神猫にとっては難問である。
「んんん……?」
ファウストは、死にたがりの人を癒やす死神猫だ。今まで自分が人の命を救ってきたことを振り返った。今までの行いに何かヒントがあるかもしれないからだ。
(……あれ? ファウスト、何したっけにゃ?)
例えばカズは、何をキッカケに死にたい度が減ったのだろう。恋をしたから? 愛を知ったから? 思い出が湧き出たから? それとも、カエデと文通ができるようになったから?
……具体的に確かめたことがなかった。だから分からない。
「うう……?」
早く答えなければ、閻魔に言い負かされてしまう。焦れば焦るほど、答えが出ないものだ。こんがらがる。その様子を、死神猫たちは静かに見ていた。
(うまく答えられなかったら、タカシと離れ離れにゃ……)
「ぐす……」
また泣きそうになる。
(美味しいイクラ。イチゴ、ファウスト専用の皿……日本に来てファウストは色んなものをタカシ達から教えられ、貰ったにゃん、ああ、今日は空がモクモクで綺麗にゃん。タカシたちと一緒に歩きたいにゃ〜……)
「思考にまとまりがないのは、人を不快にさせます」
グイーリンダイ……基、閻魔が言う。
ファウストは『生きること』という言葉の答を探したが、どうも見つからなかった。
(はやく答えにゃきゃ、はやく……!)
またジワリと、涙を浮かべるファウスト。心臓の音が周囲に響くくらいトクトクしている。静かに訊いていたシューリンガンが見かねて、
「……閻魔様は、キサマなんぞに訊かずとも、答を知っておられる筈だ。訊かれてるのは、ファウスト。お前の答だにゃ」
と助け舟を出した。
シューリンガンは、グイーリンダイに、叱られていた。
「……ファウストの、答……」
ファウストは、自分の皿をプレゼントされた時の喜びを思い出した。『存在を歓迎されているようで』嬉しかった。
それが『生きること』と直接つながるかは分からないが、やっぱり、ファウストには『タカシが必要』なのだと思った。
「生きる……の答えは分かんないにゃん、だから!」
ファウストは続けて言った。
「タカシたちと一緒に探すにゃ!」
それを聴いたグイーリンダイは納得したように、
「分かりました。死神猫ファウスト、愛すべき者たちとともに、生きなさい」
そう言って目を閉じた。
ファウストの心の中にある答と、ファウストの言葉が合致していたのであろう。
これにて【ジュゲムの集い】終了。
◇
タカシのアパートでは、ファウストの大好きなイクラ軍艦をはじめ、たくさんの食べ物が並んでいた。
まるで帰ってくることが分かっていたように、床にはファウスト専用の皿が置いてある。
「おお、ファウスト、おかえり!」
タカシたちの声に、全身がしびれるほど歓喜した死神猫は満面の笑みで、
「ただいまにゃん〜!」
と、タカシの肩に飛び乗った。
生きることの意味。
ファウストは見つけることができるであろうか。
タカシたちと……、
────愛すべき者たちとともに。
おしまい
お付き合いありがとうございました。
これにて、死神猫の物語を締めくくらせて頂きます。綺麗なカタチで終われたと思います。たくさん読んでくれてありがとうございます!
2025/09/13




