『昔にかえりたい』とはなんだろにゃ〜?
ファウストは散歩が趣味になっていた。街を歩けば撫でてもらえ、無邪気な顔を向けらてもらえるからだ。
(にゃにゃ、ファウストは今日も死神猫として人間を癒してる優等生……閻魔様もきっと冥界から見ていてくれてるだろにゃ♪)
いい気分でファウストが公園に出向く。そこでファウストは何か嫌な気配を察知した。意識を集中してさがしてみると、どこか詰まらなさそうに空を見上げている男がブランコに座っていた。
死にたい度を勝手に測ってみる。46%、ほどほど高い。何か男は問題を抱えているのかもしれない。
(むーん、声。かけてみっかにゃ……)
ファウストには、人を癒せる自信と今までの実績があった。だから、積極的に関わって問題解決してやろう。そう思ったのだ。
「にゃ〜」
まず猫語で話しかけてみる。
男は、ファウストの事など見る素振りもなく、ボーッと空を眺めていた。その視線の先に何があるのか気になったファウストは、彼の情報を少しだけ探る。
南部蒼汰。35歳。会社員。
それなりに実績を積んで、人から役職も与えられ仕事では不満も何も無い。しかし、その給料の使い道に悩んでいる。
昔から好きだったゲームを楽しめなくなった。それ以外に趣味はなかったから、お金が貯まる一方で、楽しみがない。
『昔にかえりたい』そんなことを思っている。
(にゃ? 昔に、かえる???)
ファウストには理解ができなかった。理解できない事はほっときたくない死神猫。ファウストは直ぐに日本語で蒼汰に問いただした。
「今が楽しくなかったら、今を楽しくするしかないにゃん。昔にかえる事なんてしなくても人生はいつでも楽しくなるにゃよ。それより、昔にかえるって何なのにゃ?」
蒼汰は、目の前の猫が喋ったことに驚きはしたようだが、大して表情は変えなかった。どこか懐かしそうな目をしてファウストを撫でる。
「居たよな、喋る猫のキャラ」
死神猫は数多くの人を癒した中で知ったことがある。それは相手の話を聞くことだ。だから無駄に喋ったりはしない。様子を窺う。
「生意気で自由だったり、でも時折核心をついたことを言ったり……ただのマスコットやナビ係じゃなかった。グッズなんて作らなくても、心の中の住人として、アイツらは生きてたよ……今と昔のゲームを検索すると尚更思う。あぁ、昔のゲームが懐かしい」
ファウストは、『ゲーム』に付いての情報を探った。その中の単語で最も適したものは、『懐古厨』だった。
「かいこちゅう?」
「はは、そうだよ。誰も昔のゲームなんてやりたがらない。今の子は、映像が綺麗で何でも最新型の機能を搭載された、押し付けのテンプレート物語を好んで買うのさ。レビューも高いしね。懐古厨の気持ちは現代では宙ぶらりんさ」
(にゃあ……なんかコイツも面倒な思考回路だにゃ〜)
ファウストが悩んでいると、真理恵の気配を察知した。
(そうにゃ、真理恵も漫画やアニメが好きにゃ! きっと話が合うはずにゃ!)
死神猫は、真理恵の気配のする方へ走っていった。餅は餅屋と、死神猫は考えたのだ。ファウストには絵や物の真価は分からない。しかし、同じような趣味を持つものならば、楽しく会話が出来て『昔』ではなく『今』を楽しめるのではないか。
死神猫はそう考えたのである。
しかし……、
「BLや同人誌、声優ネタで盛り上がる女子のせいで、男性が愉しむコンテンツが減ったことに、多くの腐女子は責任を持って欲しいね」
「女性が愉しむ幅を広げて、作品たちを有名にしてるのも事実ではないでしょうか」
「僕はそういう次元の話をしていない。腐女子が関わらなければ、腐らずに済んだコンテンツが沢山あった。そう言いたいんだ」
「誰にだって愉しむ権利はあります。そう言う蒼汰さんは、積極的に作品の購入をしたり交友関係を広めたり、推し活はしているんですか?」
「それも気に食わない。僕はそれこそが悪の商法だと思って………」
二人の仲は最悪だった。
例えるならば水と油。決して交わることのない次元の話を聞いていて耳が痛くなるファウスト。近所の子も、「あの二人うるさいねぇ」と指をさす始末。
絵や物の価値は分からない死神猫だが、二人の口喧嘩(?)を聞いていて、分かったことがある。
蒼汰は、腐女子が関わったことで大好きなゲームのコンテンツが潰されたと恨んでいる。
本当にそうなのかは置いておいて。この気持ちがある限り、蒼汰は純粋な気持ちでゲームをすることができなくなるだろう。
そこで、死神猫は二人の『創作物に対する気持ち』を試してみた。閻魔のマネだ。
「蒼汰にとって、ゲームとは何なのにゃ? 真理恵。お前にとって漫画やアニメは何なのにゃ?」
本気でコンテンツを愛しているなら、深い話までできるはずだからだ。
しかし、それらは死神猫には理解できない程に熱く長く……、
「ま、纏まりがないのは死神猫を不快にさせるにゃ! 一言で纏めるにゃ!」
真理恵は『人生でございます!』と即答した。蒼汰はしばらく考えたあと『人生だった』と答えた。
「にゃ〜、人生だったとにゃ。具体的には? 何なのにゃ?」
「心地良い過去。かな。今も昔のキャラが心の中で生きている感覚がする。でも、新しいゲームをしたらその気持ちが壊れてしまいそうで、嫌なんだ」
「むーん……」
ファウストが蒼汰の理屈を必死に噛み砕こうとするも、理解できず。反対に真理恵はこう提案をしてきた。
「昔のゲームを踏襲した冒険ファンタジーゲーム、知ってますよ。友達がハマってやってます」
「どうせ豪華声優に高グラフィックで、セリフだけ古臭い物なんだ」
真理恵は、ムッとした顔でゲームの説明をした。
「2Dなんですが、最新技術で立体的な背景に成っていて魔物を仲間に出来たり、調理や街を造れたり……それだけでなく、一人一人の冒険者に物語があって、気が付けば村人も魔物もみんな好きになってるゲームです。もちろん戦闘も楽しいです」
止まらない説明をファウストは寝そうになりながら聞き、蒼汰は真顔で聞いていた。
「……ふーん、確かに現代には少ないゲームだね」
「あ、少し興味湧きましたか? 蒼汰さんがお好きそうなゲームなら、複数タイトルありますが」
「どんなタイトルかだけは、訊いておこうか」
「良いですよ」
ファウストは、蒼汰から『詰まらない』という気持ちが消えていくのを感じた。同時に心臓の音が速くなっていくのを察知する。
(詰まらないは、知らないことが原因なのかにゃ〜)
検索すれば嫌な情報がたくさん出てくる奴と楽しい情報が出てくる奴。それを分け合う友達の有無。その違いで、生きやすさは変わるのかな。そんなことを思い、欠伸をする死神猫。
「年甲斐もなく不満をぶつけてしまった。悪かったね真理恵さん」
「いえいえ、気持ちは分かるんです。だから棲み分けは必要だと感じていますよ」
蒼汰とは挨拶をしてその場で別れた。何をするかは言っていなかったが、死神猫の目にはお見通しである。
新しいゲーム機とゲームを買いに、電気屋へ行くのだ。
これで、蒼汰は『昔にかえる』ことは出来るのだろうか。また暇があったら、死神猫の就職斡旋情のような場所、もとい【ジュゲムの集い】で話してみたいものだ。
「ファウストは『今』が良いのにゃ。でも、もし『昔にかえりたい』と思うことがあったら、それはどんな時にゃろなー」
死神猫はそう言いつつ、櫛のように細い真理恵の手に撫でられ、タカシのアパートまで帰っていた。
「……永遠ではないことを知った時……かもしれませんね」
「なんにゃ真理恵。この死神猫様に説法かにゃん?」
「ふふ、昔のゲームの台詞を応用してみました」
「??」
ファウストが『分からない』という顔をしていたら真理恵は、「分からなくて良いですよ。その方がずっと幸せで居られますから」と、死神猫の鼻を意地悪そうに小突いた。
おしまい




