文字で繋がる2人にゃん!
――日本――
「さぁ、今日もたくさん食べるんだ」
カズはいつも通りにシューリンガンたちに餌をやっていた。少しばかり気分がよさそうだ。良い夢をみたからだろう。そんな時、彼にデジャブ現象が起こった。それがファウストによるものであることを察知するシューリンガンたち。
死神猫たちはカズの足元にすり寄り、ファウストの見ている光景を受信する。
(カズ。しっかりと目の前の光景を見るのにゃ!)
ファウストの声が聴こえた。それと同時に、イギリスの邸宅に居る婆さんの姿が見える。それがカエデであることをカズはまだ知らない。
「あの婆さんは、誰じゃあ?」
「あら、何の声かしら」
ファウストの瞳の力は、目の前の光景を相手に送信するだけでなく、声も届く。スマホでいうところの、対面型電話のような役割を果たしているのだ。人間界では、デジャブという現象で片づけられているが。
シューリンガンたちは、じっとその様子を見ている。
「そろそろ過去を捨てて運命を受け入れるべきなのかもしれない。カズさんは良いわね。自由な田舎でのんびりと1人で過ごせるのだもの」
「どうしてワシの名前を」
カズが言った瞬間、2人が一緒のタイミングで「え?」と言った。もしかして、夢でも見ているのか。そう疑い始めるカズとカエデ。ファウストは、瞳を閉じることなくカエデの姿を映し続けていた。
「……あなたは、1人がお好きですか」
先に話しかけたのはカズ。カエデも、夢の中の出来事なら本音で話せると思い、長々と自身の生い立ちについて語りだした。長いこと生きていれば様々な出来事がある。カズはずっとカエデの話を聞いていた。否定も肯定もせず、あるがままに。
「不快に思われたかしら。でもフェアじゃないわ。あなたのお話も聞かせてくださいな」
「ワシの話……」
言ってしまえ。「昔、あなたに一目ぼれしていました」と。ファウストは心の中でそう思ったが、神経を集中させるために余計なことはあまり考えないようにした。
「遠くの昔。それはもう美しいお嬢さんと出会った」
「あら、その方とは結婚しましたの?」
「そんなバカな」
話が詰まる。
カズが目をやったのは、カエデの持っている写真であった。自分とカエデを繋ぐ想いでのフィルム。なんとか想いをぶつけたいという彼の気持ちが現れている。
「そこに映っている少年。恨んでいますか」
「……正直印象はよくありません」
「そう、ですか」
再び沈黙。
しかし、次の瞬間カエデは、クスクスと上品に笑いだした。
「でも、今は落ち着いていて。大人って感じですわ」
「……」
シューリンガンがカズの顔色を窺う。リンゴのように真っ赤に染まっている頬。これはもう、勢いでも何でもいいから告白するしかない。いや、すべきだ。
「あの、カエデさん」
「はい」
お、始まるのか。国境を越えた猫通信の告白が。ファウストたちはフサフサの尻尾を振って応援していた。なんだこの感覚は。こちらまでバクバクするではないか。死神猫たちは興味津々で盗み聞き。いい趣味をしている。
「ワシ……いや、私は、あなたのことが好きでした。しかし、歳をとるにつれて孤独になり、あなたのことを忘れていってしまった。それを、死神猫という不思議な猫に取り戻してもらいました。あなたの嫌いな猫に」
「死神猫?」
カズが死神猫について説明をする。にわかに信じられないが、きっと今の状態も死神猫たちによるものであろうと言うカズ。
(正解にゃ)
ファウストは、自慢げに耳をピーンと尖らせた。
「それでその……それだけなのですが」
「嬉しいわ」
言葉を濁らせるカズに覆いかぶせるように喜びの言葉を述べるカエデ。どうやら、告白は成功したようだ。しかし、結婚まではいかない。2人は、文通をしようということになった。カエデはもともと日本人だから日本語が出来る。だから、本文は日本語で。と。
「あぁ、夢のようだ」
「えぇでも、手紙が届いたら現実になるのだわ」
2人はその後、声だけでの会話を楽しんだ。住所を交換したり、イギリスと日本の違いを話してみたり。それはもう楽しそうだった。
しかし、そろそろファウストの集中力に限界が来ていた。目を閉じてしまったのである。声が聴こえなくなったのを確認すると、カエデは写真を眺めながら、「私にも自由が訪れたのね。カズさん」そう言って、にっこり微笑んだ。
カズもカエデも、幸せになれたのかな? そんな思いをはせて、ファウストは日本へと帰って来た。食う寝るところ住むところ。タカシのアパートへと。疲れてぐてーっと寝てたところに、タカシが買い物袋を片手で持ちながら帰って来る。
「おぉファウスト。カズさんは救えたのか」
「バッチリにゃん!」
そう言って、タカシの元へと走りだすファウスト。なんだか非常にぬくもりというモノが欲しくなった。これはタカシを癒しているのであって、決して死神猫自身の我がままではない。
「タカシ、ファウストの皿はちゃんと保管してるのにゃ」
「ははは、捨てるわけないだろ。待ってろ、今日はサイコロステーキだ。チカも真理恵ちゃんも来るんだぞ」
「それは美味しいにゃん?」
「美味いぞー。ほっぺたが落ちるぐらいな」
「やったにゃーん♪」
日本にはびこる自殺の原因は、ちょっとしたことで癒されるかもしれない。ほら、あなたの側にも猫様の影があるかもしれない。死神猫は心の弱った人たちに寄り添う存在。
もしためらう心があるのなら、きっとそれは死神猫が語り掛けているのです。
「本当にそれで良いのにゃん?」
と……。
おわり。




