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死神猫のファウストと愛すべきおバカたち  作者: 白夜いくと
海を越えて【イギリス編】
27/32

猫に小判はたまらんにゃ~

 ――それは、尾道おみち家の一人娘のカエデが中学生だった頃。彼女とその家族はまだ日本に居た。貿易系の仕事をしていた父親を持つ裕福な彼女らの生活は、決して派手ではないものの、周囲からはそれはそれは恵まれた物に見えたであろう。


 例えば、毎日車で出迎えや、条件付きなら欲しいものは何でも買ってもらえたこと。その時の条件というものは、カエデ自身が生涯働いて返せるだけの代物であることだ。


 彼女はそれを守り、何不自由なく生きてきた。

 しかし、ある日カエデの父親が数匹の猫を仕事仲間から引き取ったことで、尾道おみち家に波乱が起きる。


(猫アレルギーかにゃ)


 ファウストはそう思いながら、カエデの事情をもう少し探った。


「お父様! 喉がかゆいわ」


 白のワンピースに結われた髪が特徴のカエデは、咳が止まらないらしい。父親に目を真っ赤にしながら怒っている。母親も、アレルギーでくしゃみが止まらないのか、ティッシュペーパーをガンガン使いながら鼻をかんでいた。2人にとっては、猫との同居生活は、地獄のような時間であった。


「どうした2人とも。こんなにも愛らしいのに。それにこの子たちは、我が友人がくれた大切な家族だ。いまさら返すなんてできるか。恥ずかしい」


「あなた。(わたくし)たちのことも考えてください」


「なんだと、口答えするのか。大黒柱である私に!」


 カエデの母親と父親の喧嘩は日に日にヒートアップしていった。どうやらカエデの父親は相当頑固で内弁慶。内容は、今後の彼女らの遺産についても触れられるようになった。


 なんとこの父親。怒りに任せ、家の猫たちに全遺産を相続させると言ってしまったのだ。これにはカエデの母親も強く抗議した。自分たちで飼えない動物に遺産を贈与するなど、「出て行け」と言っているのと同じではないか。


「あなたは少し頭を冷やしてくださいませ。行きましょうカエデ」


「お父様なんか大嫌い!」


 あっかんベーをして、屋敷を後にするカエデたち。その時に持ち出されたのが、クラシックカメラなのだ。彼女たちは、屋敷のある都会から離れて、カズの居た田舎へと流れてきた。彼女らに異変をもたらしたのが猫であることを証明し、裁判所へと現像フィルムを持っていくために。


 しかし、使い方が分からない。


 こういう細かいことは男性の方が知っているだろうということで、畑作業をしていた田舎者のカズに声をかけたという訳だ。結局カズにも追い払われて、再び屋敷に戻ることになったが、尾道おみち家の財産の全ては、猫たちに継がれるようになった。


 さすがに命の危険があるとのことで、猫専用の部屋を設けるために、カエデの父親のイギリスの友人の紹介で、あの立派な邸宅に引っ越しをすることになった。カエデと母親は猫に触れないという理由で、メイドが複数人つき、猫や彼女らの世話をすることとなったのである。


 自由であった彼女らの生活は一変し、猫中心の生活になってしまったのだ。今はもう居ないが、莫大な財産が、猫たちの供養に使われた。猫たちに遺産贈与の話が出来るはずもなく。そういったお金の話は、世間知らずなカエデたちではなく、お付きのメイドたちが仕切っているのだ。


(そりゃ恨まれるにゃー)


 いや猫は悪くない。

 あの時意地を張って遺産を猫にやったのが悪いのだ。カエデの父親のおバカ。


 大体の情報は得られた。今目の前で激怒している女性――カエデは、人生を猫に狂わされたと思っているのだ。ファウストは考えた。死神猫が陽気に姿を現したところで、彼女は喜ばないだろう。むしろ神経を逆なでする可能性もある。


 詰んだ。そう思った時だった。


(にゃ?)


 右奥の花瓶の置いてある棚の壁に、ブレたモノクロの写真が1枚飾ってある。カズだ! 間違いなくあの田舎クサい服装は、カズとしか考えられない。


 そこで、猫様ひらめいた!


(えいっ!)


 額縁を蹴って落としたのである。下はモコモコの絨毯。ガラスが割れることはなかった。それも計算済みのことである。メイドのジュリーは、この現象のことを「ポルターガイスト」と呼んで震えていた。


 肝心のカエデは、その様子を見ると、静かに車椅子を動かして、ジュリーに写真を取って欲しいと言った。


「それにしても、カエデ様は変わっております。このようなピンボケ写真を、ずっとずっとお持ちになられて。あなた様を冷たくあしらった人であるのに」


「……少し下がってくれないかしら。たまには思い出に浸りたいときがあるの」


「ええ、何かあったらお呼びくださいませ」


 ジュリーが部屋の扉を開けて出て行く。彼女の表情は少し心配そうだ。しかし、カーテン越しに見るカエデの姿は、人知れずにこやかだった。


「私が自由だった頃の写真。大切な1枚よ」


 カエデと母親が自由だった時間の写真。モノクロでピンボケだけれど、とても大切な1枚であったということは、ファウストにも理解できた。


 そろそろ日本ではカズがシューリンガンたちに餌をやりに行く時間だ。ファウストは、日本の閻魔にもイギリスの閻魔にも許可を得て、孤独なカズを救うと決めた。


 なら、すべきことは一つ。


(今のカエデの姿をカズに観てもらうにゃん!)


 それは死神猫の底力。

 ファウストの両目を通して、カズの精神世界に訴えかけるのだ。簡単に言うと、今目の前で起きていることを、映像としてカズに送るというもの。この猫様。とても便利である。


(カズ。しっかりと観るのにゃ!)


 ファウストは、カズに訴えかけた。これが俗にいうデジャブというやつである。うまくいくのであろうか。

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