庭師の男に演技してみたにゃん!
庭師の男は道具を置いてファウストを抱き上げると、手入れされたイングリッシュガーデンを見せつけた。ファウストにとって花や低木などは興味が無かったが、一応話を聞いてみる。
「この庭園は、ガートルド・ジーキル女史の、様々な植物を区画ごとに植えていくというスタイルを採用しているのだ。立体感や安定感があってナイスだろ。日本出身の【カエデ】様も気に入ってくれている。フランスのような人工的な庭ではなく、自然に近いのがおそらく日本人の心に響いたのだろう」
まぁ満足そうな顔をして語る男。
仕事にプライドを持っているのが一目でわかった。確かに綺麗な庭だ。手前に赤や黄色の花や草木が植えられており、それを保護色である低木が綺麗にまとめている。色彩豊かであるが、決して視覚的にうるさくなく、むしろどこかどっしりと落ち着いた印象を与えた。
【カエデ】という婆さんは、こんなにも美しい景色の中で、何を思っているのであろう。ファウストにとっては調べることも簡単であるが、グイーリンダイのように、表面上の出来事しか知ることが出来ないのを死神猫は知っている。
そこで、ファウストは潜入捜査のため、庭師の男に演技をしてみた。
「にゃー……」
弱弱しく鳴いてみたのだ。
お腹が空いたよ。そんな気持ちを込めて。
「ん。どうしたのだ。捨て猫か? どのような雲でも、銀の裏地がついているものだ。諦めるな。その美しい瞳が灰色になるのは勿体ない。そうだ【カエデ】様に相談してみよう」
(やったにゃ!)
作戦成功。
大きな緑の柵の横にあるインターホンで、庭師の男とメイドと思われる者がファウストを入れさせて良いかどうかを話している。上下関係があるのか、男は敬語で話していた。
どうやら【カエデ】の猫アレルギーは本物らしく、邸宅に毛が一本でも入っていたら、大事なのだそうだ。しかし、ファウストは普通の猫とは違う。抜け毛などありえない。
(問題は、このフォルムにゃ……)
あの歳だ。黒猫の姿をしているファウストを見て条件反射で倒れられたり、病院送りになってしまったらそれこそ冥界に逝く人が増えるかもしれない。だからといって完全な人間になることはできない。
――そこで猫様ひらめいた。
シズコは、二本足で立つ猫や金魚の画を飾って楽しんでいた。戯画のような所作をすれば面白がって受け入れてくれるかもしれない。そうファウストは考えたのだ。
だったらまどろっこしいことは止めて、直接【カエデ】の所へ行こう。
(お庭の手入れ頑張ってにゃ)
ファウストは、男の手から離れて、低木の中へと隠れた。
「おや、お節介だったか? 元気でな、幸運の黒猫よ」
陽気な男の声を聴きながら、金の右目を使う。どうやら【カエデ】は、自室で編み物をしているようだ。側にはお付きのメイドと思われる女性が1人居た。彼女は何も言わず両手を腹部に重なるようにあてながら、その様子を見ている。
黙々と行われる作業。視点を変えると様々な物が置いてある。例えば……ん?
(あれは)
ファウストが真っ先に見つけたのは、年季の入った時計のように精密な機械。一目見てそれがクラシックカメラであることが分かった。なぜなら、カズの精神世界で見た物と同じであったからだ。
(だったら、現像したフィルムも有るはずにゃ)
ファウストは気配を消して、バレないように【カエデ】の部屋へと侵入する。赤い絨毯がモコモコしていて、とても歩き心地が良い。
「あぁ、まぁ……」
突然メイドが、幽霊でも見つけたかのように顔面蒼白で口元に手をやる。そうだ忘れていた。モコモコの絨毯にファウストの足跡がくっきりついてしまったのだ。
「ジュリー、どうしたの」
メイドの名前はジュリーというらしい。【カエデ】は話を聞くと、持っていた糸玉と縫い針をファウストの足跡、つまり死神猫向けて勢いよく投げつけた。
(あっ、あっぶにゃー!)
死神猫に物理攻撃は効かないが、いきなり物を投げられるという行為はやはり怖い。車椅子から身を乗り出す勢いで部屋から出ようとする【カエデ】をとめるジュリー。
「これもアンタらが仕組んだ罠なんだろ!」
「いいえ違います! 私どもは、貴方様の財産が目的で仕えているわけではございません」
「ならどうして私を自由にしてくれないの」
「それは……私の口からは言えません」
ここからはある程度、金の右目を使う必要がありそうだ。ファウストは、ローブのような分厚いカーテンの中に潜って隠れ【カエデ】の事情を盗み見ることにした。




