ロックなイギリスの閻魔様だにゃ!
ファウストは、イギリスの冥界への道を渡った。そこは、日本の冥界とは違い、電飾のような様々な色の炎がチカチカと燃えていた。死人の数もそう多くない。大きな椅子に座るチャラい閻魔が、死人となにやら話していたから、ファウストはその様子を伺うことにした。
「なぁ聞いてくれよ閻魔。俺、パブで飲んでたら帰り道が解らなくなってこんなとこまで来ちまった。一体俺はどんな夢見てるってんだ」
中年男性が冗談交じりに閻魔に語り掛ける。どうやらこの男、自分が死んだことに気づいていないらしい。普通ならば失礼極まりない行為であるが、イギリスの閻魔は、金に染めた稲妻のような髪の毛をいじりながら大声で笑いながら言った。
「友人たちと一気飲みゲームをして、急性アルコールで死んだ幸せ者め。そのまま天国に逝って女王陛下の夢でも見るが良い」
(にゃ、ゆる~い!)
閻魔が訳の分かっていない男の額に尺を当てた。男はヘラヘラしながら、「センキュー♪」と言ってその場から消えていく。
しかし、国が違えば裁き方も変わるものだ。いや、生き方が違う。様々に裁かれている者を見ていたが、同じ島国の日本人とイギリス人で大きく違ったのは、死人自身の幸せ度だと思ったファウストであった。
なんてったって、イギリスには女王陛下が居られるではないか!
(日本にも天皇陛下が居るのに……不思議にゃぁ)
などと難しいことは置いておいて。
ファウストはイギリスの閻魔に気さくに声をかけた。ヘロー。
「ふむふむ。事情は読めたぞ。好奇心は猫を殺すと言うが、死神猫にはそもそも心臓が無い。大した脳も無いと思っていたが、一丁前に自分の考えを持つようになるとは。タカシって野郎に相当懐いたんだなー」
(にゃむっ)
内心カチンときたが、これは冥界のブリテンジョーク。乗ってしまえば阿呆扱い。ここはグッと堪えるファウスト。えらーい!
「ファウストは、日本に派遣されていろんにゃことを知りましたにゃ。独りは寂しいとか、みんなで食べるご飯は美味しくてあっという間だとか」
「ふむ、それから?」
肩肘をついて、尺を自分の頬に宛てる閻魔。その表情は少し小バカにしたようにも見える。しかしファウストはお構いなしに続けて言った。
「……日本の方がご飯美味しいにゃ」
「この畜生め。地獄へ堕としてやろうか!」
ピッカンゴロゴロ、冥界に雷のような声が轟いた。それは言ってはならないタブー。紅茶は美味しいが、ファウストにとってそれは常識の範疇であり、食べ物がおいしいということにはならない。冥界のブリテンジョークをうまく返したファウストに、閻魔は大変機嫌を悪くした模様。
「ふんだ。じゃあ【カエデ】のもとへは自分の頭を使って行くんだな」
「にゃ、にゃんでそうにゃるのですにゃ!」
「癪に障る言葉を慎め。俺は閻魔だぞ。偉いんだぞ、わかるか子猫ちゃん」
ふぅー!
唸るファウストをけらけら笑いながら尺をちらちら見せつけてくる閻魔。まるで遊ばれているようだ。冥界に居る死人も、その様子を見て笑っている。こいつら早く裁けよ。というのは心の中での気持ち。
「死にたい人間の前で難しいこと考える死神猫が何処に居るよ? 頭すっからかんにして、そいつの分の感情を受け止めてやるくらいの度量が無けりゃ止めとけ止めとけ」
「にゃ?」
突然の閻魔の説法に疑問符を浮かべるファウスト。死にたいってことは人間にとって大変なこと。何も考えないで、ただ感情を受け止めるだけでいいなんて、そんな簡単な話あるだろうか。ますます不信感を持つファウスト。
「あのなぁ。本当に死にたい奴はもう冥界に来てるのさ。未練のある奴はそもそも来る気すらない。ただ、現実との接点を探してるだけだったりするんだぜ? そういう奴の方が、死んだあとうるせーんだよ。ああ生きればよかったとか、こう生きればよかったとか。とにかくうるせぇ」
「にゃーん」
閻魔の説法……いや、持論に説き伏せられるファウスト。また頭がこんがらがってしまった。一応、多くの人間を裁いてきたことはある。きっと本当にうるさいのであろう。未練を残して死んだ者は。
「さて、どこまでを冗談とするかは置いておいて。行きたいのなら探している【カエデ】の情報を渡してやろう。お前も結構面倒くさそうな奴だしな」
「むぅ……お願いしますにゃ」
ファウストの額に閻魔の尺が当てられる。
頭の中に入り込む映像は、大きな庭とブランコ、そして噴水。入り口にある緑色の大きな柵だった。そんな場所で、車いすに座りながらボーっとイギリスの曇り空を眺め続けている婆さんが1人でポツンとしている。
「スッと誰にも知られずに死ねたらね……」
そう呟きながら、大きな屋敷に入っていく婆さん。中には沢山の使用人が居たが、それを迎える家族のような者は居なかった。ファウストは何となくだが、その婆さんが【カエデ】であると分かった。
そして、抱えている寂しさのようなものも。
「本当に大丈夫か子猫ちゃん?」
閻魔が茶化して言う。ここは、紳士に返そうではないか。
「サンドイッチとアフタヌーンティを頂くためだけに、何も考えずお邪魔するほど、死神猫の面は厚くないのにゃ」
「ヨシ、その粋だ」
何が?
そう問いたかったが、閻魔がファウストのことを呼び、尺を死神猫の額に当てた。
「頭で考えるな。正解を押し付けられたら、不快な気持ちになるだろ? ただ感じてやれ。それだけでいい」
光と共に、ファウストはイギリスの大地へと降り立った。場所は【カエデ】の住む大豪邸前。周囲には、整えられた大きな森林のような領地があった。
さて、これからどうしよう。ちょうど庭師の男がファウストに気づいたようだ。邪険にもせずこちらへ寄って来る。よし、この男をうまく利用しよう!
ファウストの作戦決行である‼




