理屈っぽい日本の閻魔様だにゃ!
冥界にはひんやりした空気と、青白い炎に真っ赤な炎が沢山。多くの死人の彷徨える声が聴こえる。ファウストは、彼らを上から見渡して、閻魔の座っている椅子の所まで近づいた。もうじきその顔が見れそうだというところで、
「遊びに来たのなら許さぬぞ。死神猫」
お付きの青鬼が鎌をファウストへと向けて、「しっし!」と追いやるような仕草をした。死神猫は普通の猫ではない。しかし、階級というモノはある。
厄介だ。閻魔の付き人の青鬼と赤鬼は、死神猫よりも偉い存在なのである。しかも、ファウストは海外から派遣された者。立場が弱すぎる。このままでは会ってすらくれないかもしれない。
「下がりなさい。青鬼」
「しかし、閻魔様」
「2度も命令させるつもりですか」
聴こえた声は思っているよりも若々しく、女性的な声であった。閻魔様と呼ばれた彼女は、尼さんのような恰好をしている。どうして髪が無いのだろう。袈裟には何が書いてあるのだろう。イクラは美味しい……そんな無粋なことを考えていると、
「思考に纏まりが無いのは、話す人を不快にさせます。気を付けましょう」
早速閻魔からお叱りを受けてしまった。思考が読まれてしまう。どうやらグイーリンダイもそれに似た能力を持っていたのであろう。【ジュゲムの集い】の真のボスはシューリンガンではなく、グイーリンダイだったのかと気づくファウストだった。
「閻魔様。私を天国へと導いてください! 私は何も悪いことをしておりません!」
横から割って入った女が、自分の話を始めた。壮絶ないじめを乗り越え大人となり、好きな人と出会って平凡な主婦として立派に子育てをして、幸せに暮らせると思った矢先に交通事故。言い分だけを聞くと不幸な人生ともとれる。
「語られていない真実があります。あなたは、1度いじめには遭いますが、大人になった時。陰口や嘘をついて親切にしてもらったママ友達を陥れましたね。自分だけが幸せになろうと、育児も夫にまかせっきり。その体たらく、罪に値します」
「でも、私は交通事故という悲劇に遭って……」
「また真実を隠しましたね。あなたは、交通ルールを守らず、赤信号の時に自転車で道路を渡った。因果応報です」
ファウストは裁判の様子をじっと見ていた。容赦なく相手側にとって都合の悪い情報を言い当てる閻魔に、とうとう女は泣き出してしまった。
「しかし、地獄逝きにはあまりにも平凡な業すぎる。飽食もせず、更生の余地あり。心改めるのであれば、天国逝きを認めよう」
「改心いたします!」
閻魔の尺が女の額に触れると、女はその場から、スッと消えて行ってしまった。穏やかな顔であった。なるほど。日本の閻魔の判断では、改心をする余地があれば罪を犯しても天国へ逝けるのか。ちょろいな、と思ったファウストであった。
(シズコにはそう教えておいてやろうにゃ)
にゃにゃにゃと含み笑いをするファウスト。
「来なさい死神猫」
多くの死人がファウストの方を見る。赤鬼と青鬼は石像のように動かずに立っている。用件を伝えるために口を動かそうとしたが、うまく発音できない。なにかしらの力が働いているのであろうか。
「……事情は分かりました。ではファウスト、あなたに質問です。あなたがそれを成し得たいと思ったのはどうしてですか。私の前で嘘やはったりは通用しませんよ。好奇心という悪戯な心ならば許しはしません」
「にゃぅ……」
困った。
ファウストは、カズに【カエデ】の居場所を教えることによって、何がしたいのであろうか。改めて考えた。心に希望をあげたい? 死んで欲しくない……?
(むぅ~。頭がこんがらがるにゃー)
きっともう答えは、閻魔には見えているはずだろうが、あえて口出しをせずに死神猫自身に考えさせているようだ。その間も、死人の数は増えていた。早く答えなければ追い出されてしまう。ファウストは咄嗟にタカシのある言葉を思い出した。
独りで食べるご飯は、まるで時間が止まっているように感じる。といった言葉。とても寂しげだった。タカシとカズは、どこか似ていると感じる。恋人が出来るまで、ずっと孤独で灰色の人生を送ってきた人。
「えっと……幸せ。例えば恋人を手に入れた人。タカシのようにゃ人は、他の人の幸せも大切にできるにゃん。ファウストのことも快く受け入れてくれたにゃ。だから、カズにもそんにゃ幸せな人生を送って欲しいのにゃん!」
思っていることと、言っていることが一致しているのを確認した閻魔は、狐目のファウストの額に、ピタッと尺を当てる。ファウストが目を開けると、なじみ深い、海外の冥界に繋がる道が現れた。時空の歪。今からファウストはイギリスの冥界へと逝っていいこととなった。
閻魔の中で正解なのなら、きっと死神猫の言うことは、間違いないのであろう。むしろ正解を問うために訊いたのではなく、決心をさせるために尋ねたのであろう。
「決して己の真実と、相手の真実を天秤にかけてはなりませんよ」
押し寄せる死人たちを青鬼と赤鬼たちが払いのけていた。ファウストには閻魔の放った言葉の意味が分からなかったが、どこか認められたような気がして、有頂天になっていた。




