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死神猫のファウストと愛すべきおバカたち  作者: 白夜いくと
クラシックカメラと【カエデ】
22/32

賑やかな茶の間で強烈猫パンチ! だにゃ……!

「【カエデ】ねぇ……よくある名前だ」


 お茶とお菓子を真理恵(まりえ)に配りながら言うシズコ。目を細めて考えるさまはまるで狸のようだった。名門の教授ともなれば、様々な人間と出会う。その中に、同名の者も何人か居たという。そもそも、下の名前だけしか分からない人間の存在を、普通の人間が探り当てることなど出来っこしない。


 ここで、少しだけ整理しよう。


 カズが出会った【カエデ】は、89歳の彼より10歳ほど若かったようにみえる。つまりもしシズコと出会っているのなら、【カエデ】は93歳の彼女より15歳位は年下ということになる。なんだか算数の問題みたいだが、おそらくそうなるだろう。


「やはり接点は無いでしょうか」


「残念ながら覚えがないねぇ」


 真理恵(まりえ)の質問にそう答えたシズコ。手詰まり。カズに大口叩いてしまった以上、最低でも【カエデ】の所在は調べなければ。ファウストはそう思いながら、静かに2人のやり取りを見ていた。


 ――カリカリカリカリ


 襖を何者かが乱暴にひっかいている。ファウストにはすぐわかった。シューリンガンたちだ。音にビックリしている真理恵(まりえ)と、死神猫たちへの餌を準備しているシズコ。(いぶ)された、ふわふわの木くずのような物体。


「鰹節?」


 真理恵(まりえ)が不思議そうに、シズコに向かって呟いた。


「そうだお嬢さん。猫の手を借りたらええがね」


「え?」


 襖を開けて、本来なら見えないはずの死神猫たちを順番に撫でながら、鰹節を庭にまくシズコ。真理恵(まりえ)にとっては理解できないほど不思議な行為だが、地面に土ぼこりが出来て鰹節が宙に舞ったかと思えば、なくなっていく様を見て、状況を把握する真理恵(まりえ)


「……もしかして、居るんですか?」


「今頃気付いたのかい。お嬢さんも死神猫を連れているのに」


 真理恵(まりえ)と目が合うファウスト。特に隠していたわけではない。聞かれなかったから言わなかっただけだとでも言いたそうな表情をするファウスト。


「やい、新入り。ここに来た理由を言えにゃ」


 シューリンガンの一声。沢山の死神猫たちが姿を現して、真理恵(まりえ)とファウストを威嚇する。おー怖い怖い。それでもシズコは襖を閉じず、様子を穏やかに眺めながら言った。


「ファウストちゃんがみんなに相談に乗って欲しいとさ。優秀な【ジュゲム集い】なら断れないねぇ」


「……それは本当かにゃんー?」


 シューリンガンのギラリとした瞳がファウストに問いかける。この死神猫。大変疑い深い。このままでは埒があかないと思っていたところに、見かねたグイーリンダイが、割って入ってきた。


「私たちの所へやって来たということは、誰かをお探しですかにゃ?」


「あ、そ……そう、です」


 こちらは察しの良い死神猫。

 自分よりも丁寧で、少し上から目線な喋り方のグイーリンダイに驚きつつ、真理恵(まりえ)はたどたどしく返した。エメラルドの瞳がファウストに近づく。


「襖から聴こえていた【カエデ】という女性。情報さえ頂ければ、数ある記憶からお探しすることも可能ですにゃ。ファウストさん、このグイーリンダイにお任せを」


「おいおいグイーリンダイ。お前、ただ働きするつもりにゃのか」


「シューリンガン。きっと何か訳があるのですにゃ。閻魔様も言っていたでしょう? 困っている者は助けろと」


「……お猫好(ねこよし)め」


 シューリンガンの放った語感がよかったのか、ポンポコピーは「おねこよしおねこよしーにゃん♪」と楽しげにステップを踏んでいた。興味がありそうな表情で寄って来るその他の死神猫たち。シズコの家の茶の間が賑やかになってくる。にゃーにゃー。うるせーにゃぁー。


 一通り事情を説明するファウスト。


「なんだー。カズのひとめぼれの子を探すんにゃねー♪」


 ポンポコピーがモップのような毛をわしゃわしゃさせながら言う。シューリンガン・グイーリンダイ・ポンポコピー。3匹のお得意様の願いとあらば仕方あるまい。シューリンガンはブスッとした顔で、「やるにゃら早くしろ」とグイーリンダイに命令する。


「それでは、ファウストさん。この前と同じく目を合わせてくださいにゃ。カズにまつわる記憶を全て、このグイーリンダイが読み取りますにょで」


「了解にゃ」


 なるべくグイーリンダイの負担を減らすように、カズの記憶を思い出そうとするファウスト――であったが、意識すればするほど様々な記憶が思い起こされる。今頃【タカチカ】はどうしているだろうかとか、いくらが美味しかったとか……。


「集中してくださいにゃ。ふざけているのですか止めますよ」


「ち、違うにゃ。こういう時って真剣に考えられにゃ……あぅっ!」


 シューリンガンの強烈な猫パンチで気絶するファウスト。口からズズッと魂が出るのを垣間見た死神猫であった。


「……にゃれ、グイーリンダイ」


 シューリンガンの命令で、再び作業が行われる。見ていた真理恵(まりえ)は、口角をゆがませて不気味に笑い、


「猫様は……受けなのですね」


 そう呟いた。シズコは、そんな彼女らを見て、ひたすら笑顔を崩さなかった。さてさて結果はどうなることやら。ここまで来たらグイーリンダイの知識量に頼るしかない。ここから先は、ファウストの記憶とグイーリンダイの記憶との対話となる。


「……うまくいくといいな」


 シューリンガンが、そう呟いた気がした。

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