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死神猫のファウストと愛すべきおバカたち  作者: 白夜いくと
クラシックカメラと【カエデ】
20/32

カズに希望を与えたにゃ!

 カズの精神世界は、雨雲に包まれた空のように、もやがかっていた。ファウストの存在に気づいた彼は、目の前の死神猫に不思議そうに尋ねる。


「夢にまで出てくるとは。摩訶不思議な猫だ。何か用かい?」


「ファウストは、カズに大切な記憶をお届けしに来たのにゃ」


 死神猫は、彼が幼い頃、【カエデ】とその母に出逢っていることを話した。遠くの昔のお話。カズは、「そんなことあったか……」と首を傾げている。


「思い出すにゃん。カズは【カエデ】たちに酷いこと言ったにゃ。ド田舎のくそ暑いにゃかで!」


「ド田舎……そういえば」


 カズは、何かを思い出したようだ。精神世界に少しだけ光がさした。と同時に、彼らの前に現れる一台の、時計のように細かな装置の沢山あるクラシックカメラの幻影が。カズは見覚えがあるようで手をパチンと1回鳴らした。


「あぁ、あの複雑なカメラ……クラシックカメラを持っていたお嬢さんの話か」


「ちなみに猫アレルギーだったにゃん」


「そうだそうだ。思い出した。とても可愛らしい子でね。夢でだから言うけれど、初恋の子だったんだ。ほんの一瞬の恋だったけれどね」


 (もや)が晴れていくのと同時に、ポカポカと暖かさを帯びていくカズの心の音――なんだ。ちゃんとカズの人生には華があったじゃないか。グイーリンダイの大ウソつき。そう思うファウスト。


「にゃーあ。もしその子が生きていたら逢いたいかにゃ?」


「それは……分からんね。憶えてくれているのか分からんし」


「憶えていてくれなかったら逢えない物なのにゃん?」


 つくづく人間とは不思議な生き物だと思うファウストであった。そもそも死神猫は「逢いたいか逢いたくないか」を尋ねたはずだ。答えは「イエスかノー」で返ってくるのが普通だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


「ファウストは恋というモノはよく分からにゃいけど、美味しいは知ってるにゃん。新鮮な食べ物も、日を過ぎたら味が落ちちゃうのにゃ。2日目のマグロみたいに。恋もそんなモノなのにゃ?」


 聞いて、「はっはっは」と声を出して笑うカズ。その音にビクッとする死神猫。


「ワシの恋心を、マグロに例えたか。これは面白い」


「何が面白いのにゃ」


 死神猫はいつだって真剣だ。バカにされたと思って金と銀の目をギロリとさせる。怒ったぞ。「シャー」と威嚇する。カズはそんなファウストを右腕で抱きかかえると、しわくちゃの左手で死神猫の頭部を優しく撫でながら言った。


「マグロのように美味いもんじゃない。ワシの恋は埃をかぶったフィルムのようなものだよ」


 そこで猫様思い出した。

 そう、フィルム。カズが【カエデ】たちと撮った写真が、この世の何処かにあるかもしれない。その事をファウストは彼に話す。次第に、(もや)は晴れて、スカイブルーの爽やかな空のような空間が広がった。彼の精神世界には穏やかな春風が吹いている。

 生きる希望を、カズが見つけた証拠である。


「思い出のフィルム。絶対にみっけてきてやるにゃ」


「……これは良い夢だ! 久しぶりに生きた心地になった。ずっと孤独で、生きている理由なんて分からなかったが、お前さんのおかげで記憶を取り戻し、生きていることが幸運に思えたよ。ありがとう」


 カズは涙目になっていた。その理由はファウストにはまだ分からない。しかし、気分だけは良かった。人助けをしている。そんな自分に酔っているのだ。


「にゃにゃー。カズ、ハッピーエンドの前に死ぬにゃよ。絶対命令にゃ。情報は仲間と一緒に探してみるからにゃ」


 少々生意気な一言を発して、ファウストはカズの精神世界から抜け出した。

 

 真っ暗な部屋に、真理恵(まりえ)の寝息がすうすうと聴こえる。今日は死神猫の力を沢山使った。カズの似顔絵から退いて、ふかふかのキャラクターグッズの上で体を丸めるファウスト。


(明日も忙しくなるにゃぁー)


 カズの幼い頃の記憶は思い出させられた。さて次は、思い出のフィルム探し。ファウストたちには、この世の全てがお見通しである。しかし、少しだけ(しゃく)なことがある。


 フィルムを持つものが猫アレルギーで、ましてや、猫に()かれていると言っていたこと。そもそもフィルムは無事に存在しているのか。【カエデ】は生きているのか。猫様の思い付きに優先順位などない。それが裏目に出なければいいが……。


(にゃーシューリンガンたちがなんとかしてくれるにゃろ)


 ふわぁと欠伸をしながら、楽観的思考。

 ファウストはもう1匹ではない。3匹よれば文殊の知恵とでも言うべきか。また、タカシたちも居る。本来なら死にたがりな人間たちを癒しに来たはずなのに、関われば関わるほど自分の心が満たされていく。死神猫はそれが心地よかった。


(居場所があるって良い事にゃー)


 そう思いながら、ゆらゆらと夢の中へと入っていったファウストであった。死神猫の精神世界には、沢山のイクラと、それを一緒にたらふく食べる【タカチカ】たちが居た。

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― 新着の感想 ―
[一言] 居場所があるって良い事にゃー >> 本当にそうだと思います。 何をするにしたって頼れる人がいるのといないのとでは全然違いますもんね。
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