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死神猫のファウストと愛すべきおバカたち  作者: 白夜いくと
おさんぽ【グルメツアー】
18/32

カズのながーいお話にゃ!

「フィルムを現像するタイプのクラシックカメラというのがあってな。きっとお前さんにはわからんと思うが、それはもう高級品だった。そのくせピントも合わずに露出や絞りをしたりと、いろいろ面倒だったよ」


「カズは持ってたにゃん?」


 素朴な疑問だった。

 打ちあがる大きな花火に沢山の影と歓声。まるで焼き付けられたような美しいシルエットが、地面に彩られている。ファウストは好奇心から、当時のカズのエピソード記憶を覗いてみる。


 ――とある田舎の風景が浮かんだ。

 

「ねぇそこのあなた」


 見知らぬロングドレスの貴婦人の女性が、心地よい日本語で、当時高校生くらいのカズに話しかけて来た。農作業中だった彼は、その美しさに生唾を飲む。垂れている鼻水を拭って女性の元へと向かった。


「なにかようでもおありであられますか?」


 精一杯の挨拶であると丸わかり。恥ずかしくて顔が真っ赤になるカズ。女性は小さな花柄のポシェットから、存在感のあるクラシックカメラを取り出して、言った。


「娘の写真を撮っていただけないかしら?」


 女性の指の先には、綺麗に結われた髪に洋服といった、変わった姿の女の子がいた。女性はその子のことを「カエデ」と呼んでいる。たったったと走って来て、カズのことを見ると開口一番、「泥臭ーい」と言って無邪気に笑った。

 まるで、同じ日本人のはずなのに、異文化交流のようである。不思議とカズは2人に心を許した。


「こんな泥くせぇところにわざわざ来るなんて物好きだなぁ」


 無理に敬語を使うのは止めたようだ。お里は知れられている。泥臭い田舎。張り合っても勝てないだろう。そう思ったカズは、2人に気さくに話しかける。


「実は(わたくし)たち夫から逃げているの」


「逃げる……そりゃまたどうして」


 カズは咄嗟に、自分が大きな事件に巻き込まれたのではないかと焦りを憶えた。もし彼女らに何かがあったら後ろめたい。話を聞こうではないか。

 彼は、汗ばむタオルを頭にかけて、木陰まで2人を誘導する。


 諸悪の根源は、猫だった。


 なぜだか分からないが、夫の好きな猫たちに近づくと、2人ともくしゃみが止まらない。猫が、怖い。といったものである。


「そりゃあ、大変だ。奇病かねぇ」


「きっと猫に()かれているんです」


「それで、ここまで来たと?」


 頷く2人。カエデは暑さに耐えかねたのか、和柄の扇子でうなじを仰いだ。その様子が何とも色っぽく感じたカズは、顔が火照るのを隠すのにタオルを使った。


「……その、手に持ってるやつぁ一体何だい?」


「これはクラシックカメラ。フィルムに(わたくし)たちの姿を収めることが出来る道具です。まぁ、使ってみれば分かるでしょう。実は(わたくし)たちも、よく分かっておりません」


「なんだいそりゃぁ」


 だが興味はある。

 3人は、あぁだこうだと、クラシックカメラをいじくりまわして、1枚の写真を撮った。音と光以外、何の反応もない。肝心な姿が映っている物がないではないか。混乱したカズはある仮説を立てた。この2人はクラシックカメラを使って魂を狩りに来た死神ではないか。


「死神だなんてそんな。(わたくし)、何も知らないで……」


「お母様は悪くないわ。カメラを持ち出したのは私だもの」


「これだから都会のモンは信用ならんのじゃ。とっとと猫まみれの家にけーれけーれ!」


 カエデは、「酷いよー」とえんえん泣いていた。その後、カズは2人と会うことはなかった。若干の彼の心残りと言えば、彼女に謝りたい気持ちと、撮った写真がどのように現像されているのか。この2点である――


「おーい、ファウスト?」


「にゃぁ、タカシ」


 声をかけられてビックリ。まさかカズの記憶に、このような思い出があったなんて。意外である。寂しさというのは、人の記憶を年齢を重ねるにつれて、深層へと閉じてしまう物なのであろうか。


「猫様。なにかお考えの途中でございますか?」


 真理恵(まりえ)は、ひょいっとファウストのことを優しく抱き上げる。そして、「リラックスしてくださいね」と、耳をマッサージする。

 これは非常に気持ち良い。全国の猫好きはするべき行為である。そう思ったファウスト……そこで猫様ひらめいた!


真理恵(まりえ)は、絵が得意にゃん」


「はい。得意というよりは、大好きでございますよ」


「カズの顔を描いて欲しいのにゃ。これは死神猫の命令にゃ」


「は、はぁ……」


 ファウスト以外の全員が首を傾げた。


「ねぇ、それって面白い事なの?」


 チカがいつの間にか、購入していた炭酸飲料を片手に会話に入って来る。カズはなんだか嫌な予感がしたが、死神猫に目を付けられたら最後、きっと、ふにゃふにゃに癒されてしまうことだろう。


 9時48分。

 美しいライトアップに残る人影はまばらで、彼らも帰ろうということになった。今日は、タカシの家に泊ることはしない。真理恵(まりえ)は、コンビニで買ったスケッチブックとペンで、カズの似顔絵を描いた後、彼らと別れてファウストと一緒に帰宅した。


 カズには、いつもと同じように、「生きるにゃ。命令にゃ」とだけ伝えておいた。

▽ファウストからのお願い▽

もし猫アレルギーの人が居ても、心無い言葉を放たないで欲しいのにゃ。全国の猫好きの人たちにお願いにゃ!

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