辛いは嫌いにゃあ‼
コチジャンたっぷりのからーいトッポッキ1つ。噛めば噛むほどジュワジュワ染み出て舌を刺激する。あまりにも辛いから吐き出そうとしたが、食べものを口から出すという愚行をしたくなかった死神猫は最後まで食べきった。
その結果、声がかすれてしまったのである。
「なぁファウスト、機嫌直せよ~」
気まずそうにファウストの背中を撫でながら言うタカシ。チカと真理恵は、クスクス笑いながら、ふてくされた死神猫の姿を見ている。カズは、ハラハラとしながらその様子を見ていた。
「オレオチュロスは甘いわよ。食べる?」
チカがあまーい匂いのするオレオチュロスを、一口大にちぎって、ファウストの鼻先にあてた。ぷいっ。まるで、子どもがいやいやをするように首を振るファウスト。
「あぁ可哀想に。そこの自販機で水を買ってくるから待っとれよ」
カズは、公園の自販機からペットボトルの水を買うために席を立った。
「そんなに辛いかなぁ」
タカシたちも、ぱくりと食してみる。韓国料理を食べなれていたチカでさえも、地団太を踏む始末。本場の屋台の味は、刺激的なおいしさがあった。咳き込みながら、また、唇を真っ赤にしながら、盛り上がる3人。
(人間は可笑しいにゃん。食べるのが痛いなんて、苦痛でしかないのにゃ)
そうしているうちにカズが帰って来る。両手には全員分の水があった。タカシはリュックからファウストの皿を取り出して、水を入れる。それは死神猫にとって癒しの音だった。ヒリヒリする舌。
「猫様。水を飲んで回復してください」
「辛いは嫌いにゃん。次は違う味を要求するにゃよ」
回復中。
タカシたちはカズにお礼を言っていた。ファウストは、チーズハットグが伸びる瞬間や、オレオチュロスのあまーい味にビックリしている様子などをスマホの写真機能で収めているのを見て、
(なんでも記念記念って煩い奴らだにゃ)
と思った。
どうやらチカはそれらをネット上で公開しているらしい。どうしてそのようなことをするのかが理解できなかったファウストは、直接聞いてみた。
「どうしてなんてこともない日常を誰かに知ってもらいたいにゃん?」
チカはこう答えた。
「もっともっと誰かと繋がりたいからよ」
「?」
首を傾げるファウストの頭を撫でるチカ。ぷにぷにな手が心地よい。心なしかチカの腹回りが大きくなった気がするが、触れないようにしよう。
次は、珍しそうだからという理由で、オーストリアの屋台エリアに行くこととなった。その道中に、死神猫の気配を察知するファウスト。
(あれは、ベルゼブブ!)
揉み上げ切られすぎちゃった系女子の目黒綾子。その肩にちょこんと乗っかっている、死神猫のベルゼブブ(お豆ちゃん)。彼女もオーストリアエリアに行くのか、タカシたちの前を、マップを持ってぶつぶつ言いながら歩いている。
ファウストはこっそりと耳を傾けた。
「お豆ちゃんが居ると、割引してくれたりするから嬉しいわ。ずっと一緒に居てね」
はて、割引とは。
ファウストは、分からないことはすぐに聞く性格だ。タカシたちに、「割引って何だにゃ?」と質問する。説明されてガックシ。韓国エリアの屋台では、ファウストが居ても割引はされなかった。ベルゼブブの裏の顔を知っているだけに悔しい。
「同じ死神猫なら、声かけてみましょうよ」
チカは、基本どんな人とでも仲良くなれる。ずんずんと、駆け足で綾子の元へと向かうチカ。気づいたのか、綾子はチカに視線を向けてギョッとする。彼女の大嫌いな、肥満系女子が迫ってきた。後を追うタカシたち。カズは息切れ切れだった。
「なによアンタたち」
「はじめまして、私はチカ。この黒猫に見覚えはありませんか?」
ずいっとタカシの腕から引きはがされて、綾子の目の前に差し出されるファウスト。狐の目のような笑い方をして見る。
「あぁ、あの時の!」
ファウストの視線の先にはベルゼブブ(お豆ちゃん)が居た。
(お前になど負けていられるかだにゃん!)
「クロちゃん、飼い主がデブでかわいそう」
フッ……と鼻で笑うベルゼブブ(お豆ちゃん)。
場が凍り付いた。
暴力女なチカのことだ。もしかしたら綾子に殴りかかるかもしれない。楽しいイベントでそれだけは避けたい。
「ねぇお菓子食べに行こうー」
ベルゼブブ(お豆ちゃん)が言う。綾子は一足先に、オーストリアエリアに入った。自分の腹を見て少し落ち込んだ様子のチカ。カズと真理恵はどうしていいか分からず、あたふた。しかしタカシはこう言う。
「俺は、明るいチカが好きだ。体型なんて関係ない。容姿でめそめそするなんて、チカらしくないんだぞ」
「ター君‼」
また始まった2人だけの世界。真理恵はため息をつきながら、その様子を見ていた。感動したのかカズは、そんな2人に盛大な拍手を送った。
「最近の若い者はしっかりしておる。ワシも時が戻せるのなら、恋をしてみたいものだ」
「恋愛経験ゼロの私の前でそれ言います?」
肩を落として言う真理恵。
タカシが時計台を見てみると夜の8時を指していた。と同時に、華やかなライトアップがされる。元居た場所がどこなのかも解らなくなるような不思議な照明。これは夜に来たものにしか味わえない喜びであろう。
「きれい……」
スマホで写メを撮る人たち。もちろんタカシたちもだ。オーストリアの屋台では、ファウストの苦手な辛い物ではなく、スパイシーなソーセージ数種類。薄い黒パンの上にペーストされたスクランブルエッグとオーロラソースのオープンサンドなどを購入した。
「これは好きにゃあ」
もともと東アジアの出身ではないファウストの口に合うのは、こういった、ヨーロッパの味なのかもしれない。そう思う死神猫であった。
色々巡ってはいるが、そろそろイベントもおしまいだ。夜景を見ながら、カズが寂しそうにしている。今日の出来事は、チカの気まぐれのようなもの。毎日こんな日常など続かない。また独りになってしまう。ファウストは、彼の死にたい度がぐんぐん上がっていくのを察知した。
フィナーレとして、街に花火が打ちあがる。
そこで死神猫は思いついた。1人足す1人は2人。2人ボッチだときっと生きたくなるはず。【タカチカ】のように、楽しく面白く。
「ファウスト良い人知ってるにゃんよ」
「ん。ワシに用か」
「浦和シズコって知ってるかにゃ?」
花火に見惚れている3人は置いておいて、カズと秘密の会話をするファウスト。物件を紹介しているみたいであるが、死神猫はいたって真剣。情報を伝えると、カズは、
「ワシにはもったいない人だ。それに歳を考えると、先に逝かれてしまう。それも辛い」
「にゃぅ」
想定外。
確かな趣味を持っているシズコが居れば、きっとカズのいい刺激になると思ったのだ。しかし人間の寿命ほど儚いものはない。辛いと言われてしまった。どう返せばいいのか分からない死神猫。
(恋って何なのにゃ。ファウスト分からないにゃん)
イベント会場が片付けられていくが、ライトアップはそのままで、中にはパフォーマンスでゴミを拾う人たちも居た。スマホ上に残る沢山の画像。
本当にカズは、人生で一度も華のある生活をしたことが無いのであろうか。そして昔は、どのようにして感動を保存してきたのであろう。
気になったファウストは、カズに昔の感動の保存の仕方を聞いてみた。




