世界と繋がる街だとにゃ?
「これなんかどう?」
チカがスマホを床に置いて、あるページのリンクをタップした。
「世界の食博街?」
タカシが首を傾げて言った。どうやら、期間限定の催しらしい。趣旨は、街の一部に世界を代表する食べ物の屋台を誘致して、各国の味や雰囲気を知ってもらおうとするものである。ここから電車で3駅、徒歩5分ほどで行ける距離だ。
「夜の9時までですけど、間に合いますかね?」
真理恵が、丸眼鏡に手を当てながら、スマホの情報を読んでいる。現在画面上に表示されている時間は夕方の6時ごろ。遊べても、1~2時間だ。そうとなれば、急がなければ。
「間に合わすのよ。だって、今日までだもの!」
チカが目を輝かせて言った。電車での移動は動物の場合、普通はカゴに入れるのであろうが、死神猫は姿を消せる。それはいいとして、全く会話についていけていないファウストは、詰まらなさそうに話を聞いていた。尻尾しょぼしょぼ。
そんな様子に気づいたのか、タカシは死神猫を優しく抱きかかえると、赤ちゃんをあやすように、ゆらゆら揺らしながら、「いっぱいたべような!」と言って笑った。毛の色は変わらないが、ファウストの心はトクトクと脈打って頬が赤くなりそうだった。
「まぁ、付き合ってやるにゃ!」
「嫌だったらここで待ってても良いんだぞ」
「にゃー、死神猫をからかったら地獄逝きにゃよ」
「だったら素直に嬉しいって言うんだ」
喉元をタカシに撫でられるファウスト。本能的にゴロゴロと鳴いてしまう。
「じゃあ、そろそろ行きましょ! ATMもあるみたいだし、お金はそこで降ろせばいいわね」
チカが真っ先にアパートの扉を開けた。夕日に染まった彼女のボディは、紅に染まっている。まるでこれから戦場へと向かう、武士のようだった。
タカシたちは、ワイワイ言いながら、駅に向かっていた。
(にゃ)
ファウストはある気配を察知する。
見覚えのある爺さんと、あれは……シューリンガンたち。
「猫様どうかしたのですか?」
真理恵がファウストの視線の先を辿る。餌撒き爺さんこと竹林カズ。死神猫は、彼が孤独でどうしようもない人物であることを説明した。カズが、押入れに太いロープを隠し持っていることを言うと、全員ハラハラした様子で爺さんの方へ駆けよっていった。
「カズさん、早まっちゃダメです!」
タカシがシューリンガンたちに割って入ってきて、爺さんに今までの自分の暗い過去を話した。恋人が出来るまでは人生そのものが灰色に見えていたことや、独りで食べるご飯は時間が停まっているように感じたということ。
「どうしてワシの名前を知っとるかわからないが、不思議な青年だのぅ。こんな訳も分からないジジイに声をかけるとは。ワシのようになりたくなければ、若いうちに、幸せを沢山知っておきなさい」
様子を伺っているシューリンガンたちは今後の彼らの行動が読めたようだ。その場から自然といなくなる。駅前の時計は6時45分を指していた。そろそろ電車が来る頃である。
「これから【世界の食博街】というイベントがあるんですが、一緒にどうですか?」
チカがカズのことを誘う。誰にでもフレンドリーで明るい彼女は、高齢者だろうが他人であろうが、すぐに打ち解けられる。彼女の言葉を否定する者は、1人もおらず、返答にオロオロしているカズの腕をぐっと掴んで半ば強引にイベント街まで運んだ。その間ファウストは、姿を消してひっそりと後をついて行った。
【世界の食博街】
赤・緑・茶……様々な色彩の屋台や看板。見たことのない文字の案内板があったり、明らかに日本人ではない顔つきの店員や客が、沢山在った。一言で表すならばカオス。この街の一角だけ、まるで異世界のようである。
「あぁ、私緊張してきました」
「大丈夫よ真理恵。私とター君が付いてるから。それにカズさんも居るし」
「……ワシは何をしたらいいんじゃ?」
「好きな物とかないんですか」
タカシの言葉に、「うーむ」と真剣に悩みだすカズ。好きな物・こと。彼は、今までそのようなことを考えて生きてきたことが無かった。立ちっぽうけているうちにも時間は過ぎていく。とりあえずはチカの好物である、韓国料理の屋台から攻めた。
「へぇ整理番号順なのね。銀行みたい」
メニューは決まっていた。
オレオチュロスにチーズハットグ、そしてトッポッキ。これを3人プラス死神猫で分け合って食べようという算段だ。店員の韓国系のおばちゃんは、「トッポッキは辛いから気をつけろ」と笑顔で言っていた。
死神猫はまだ辛いという体験をしたことがない。その反応を見てみたいが故に購入することになったのだ。カズは、ファウストにトッポッキを食べさせようとしているタカシたちに対して、「猫に刺激物を与えてはいかんのでは」と、やんわり言う。
「大丈夫にゃ。ファウストは普通の猫じゃないにゃんよ」
「え、あ、喋った……?」
驚くカズ。ファウストは少し考えたが、タカシたちに説明させるより、自分が喋って、納得してもらった方が早い。タカシに抱きかかえられたまま、人間界の言葉でカズに事情を説明する死神猫。
(まぁ、死にたい奴を救ってるってことならいいかにゃ)
特に閻魔は、死神猫たちに、自分たちの存在を隠せとは言っていない。だったらいいか。目をぱちくりさせるカズの顔色を見ながら、ファウストは大きく欠伸した。
そうしている間に番号が呼ばれた。
「チョウン エヘン テセヨ」
商品が渡されるときにそう言われたが、言葉の意味が分からずに全員があたふたしながら「センキュー」と返していた。死神猫のファウストには、言語の壁が無い。相手が何と言ったのかもお見通しである。「良いご旅行を」と言ったのだ。
しばらくその言語の話題で盛り上がったが、スマホで検索して理解したらしい。チカは、もし今後韓国人の旅行者と出会ったら、さっきの言葉をかけようと言っていた。
(人間は不便だけど、道具を使って他人を思いやることが出来るにゃ~)
思いやりが先か興味が先か。
そんなことは、どうでもいい。チカのような人間が増えたら、救われる人はもっともっと増えるかもしれない。
さて、それはさておき、出来立てほやほやのフードを頂くことにしようか。場所は、街の公園のベンチ。イベント用に椅子が多く設けられていた。近くにある桜の木の枝には、僅かだが、つぼみが顔を出していた。
椅子を動かして、4人が向かい合って食べられるようにセッティングし、ファウストはその真ん中にちょこんと大人しく座っている。
「じゃあまずはトッポッキから!」
独特なにおいがした。まぁでも、人間の食べられる範囲であるから大丈夫だろう。そう考えていたファウスト。しかしこれが、死神猫の機嫌を損ねることになるのだが……。




