縁結びのファウストにゃ! 後編
まず、ゆうまと母親が気を逸らしている隙に、ファウストはこっそり姿を隠した。次に、今までのゆうまの気持ちを次々と代弁してゆく。
幼稚園のお迎えが遅くて不安だったこと。
園でなかなか友達が出来なくて寂しかったこと。
本当はもっと素直になりたいこと。
ファウストの右目は何でもお見通しだ。ゆうまの気持ちが死神猫の声を通じて部屋中にこだまする。2人は部屋を見渡して、声の主を探しているようだった。
「ゆうまは寂しがり屋の意地っ張りで、父ちゃん母ちゃんに構ってもらいたい。そんなお年頃なのにゃ~」
ファウストはからかうように、「にゃにゃにゃ」と笑う。ぷくりと膨れるゆうまのほっぺた。彼は給湯器の湧いた音のような声を出して、ジタバタ暴れ出した。やっぱり意地っ張り。本当のことを言われたら怒る。母親の表情を見てみると、落ち着いてはいるが困ったような顔をしていた。
「ゆうま、ごめんね、いっつも1人ぼっちにさせて……」
「うっさぁい! ちねちねー!」
ゆうまの投げた怪獣のオモチャの角が母親の額に強く当たる。
(うわぁー痛そうだにゃ……)
怒られる。そう感じたのかゆうまは、急いでベッドの下に隠れ、出てこなくなってしまった。アラームが鳴る。出社ぎりぎりの時間。仕事の時間を取るか、ゆうまとの時間を取るか。
彼の母親が何を考えているのかなんてファウストには全てお見通しだ。しかしここは、しばらく様子を見ようではないか。
「お母さん、会社と幼稚園に連絡して来る」
「みんなきらい。ころちゅっ!」
「親を殺したら死刑だからね」
「うぎ!?」
ゆっくりと扉を開けて部屋から出ていく母親を見て、ファウストはゆっくりとゆうまの前に姿を現した。金と銀のオッドアイが、ベッドの隙間の暗闇を照らす。ふるふると唇をへの字にしながら、泣くのをこらえているゆうまが、なんとも情けなく感じた死神猫。
「もっと素直になるにゃん」
「……さちゅばちゅとしたにんげんかんけいは、こうしてできあがるのだ……」
ファウストは、呆れて転げてしまった。しかしなんともまぁ頑固な子どもである。彼の言う【さちゅばちゅとしたにんげんかんけい】とやらは、ゆうまの本心を知った母親が何とかしてあげようと、今まさに必死で対応している。
スマホ越しにへこへこと、会社の休みを申し出ている姿。幼稚園にお休みの連絡を入れている姿。ファウストの金の右目には全て見えていた。彼女は、ゆうまとの時間を選んだのだ。
――テレビの音が聴こえる。「がおがお魔人をやっつけろ!」という声に、熱いロックなBGMが流れてくる。ゆうまはそれが彼の大好きな【ベアの助仮面】という番組だとすぐに分かった。
扉がちょこっと開く。隙間には、壊れたはずの【ベアの助仮面】のフィギュアがひょっこりと顔を出していた。ゆうまがうずうずと、ベッドの下から体を出す。「はじまるベァ!」という一言に吸い寄せられるように彼は扉を開けた。
「捕まえたっ!」
「かあちゃ……!?」
5歳児の頭で、ゆうまは必死に考えている。どうして壊れた【ベアの助仮面】が元通りになっているのか。どうして母親は頭にこぶを作りながらもご機嫌なのか。
真相はこうだ。
ゆうまと親が喧嘩してオモチャが壊れてしまった日。拗ねていた彼を見かねた父親が、同じ物を用意していたのだ。ゆうまがぐうすかと寝ている間に両親揃ってこっそりと。彼の誕生日のプレゼント用として。
(バカにゃー)
ファウストは閻魔がよく言っていた説法の中に、「親の心子知らず」という諺があるのを思い出した。のんびりと冥界で暮らしていた死神猫にはさっぱりな言葉だったが、ゆうまの両親の行動で大体理解した。
「お母さんのこと許してくれる?」
「……ちゃ、ぃ」
「ん?」
「ごんちゃい!」
はて。「ごんちゃい」とは。
言わずもがな、「ごめんなさい」と言いたかったのだろう。ファウストにも、それくらいはわかる。機嫌も戻って朝ごはんを食べているゆうま。
(ここはファウストの居るべき場所ではないにゃん)
可愛さ。気高さ。愛くるしさ。
それらを、高田家は求めていない。彼らは今後も、1つの家族として、立派に生きていけるであろう。そうとなればファウストの食う寝るところに住むところは何処になるのか。
ふと、ベッドの布団の中に隠した、タカシからもらった皿を思い出す。
(タカシ……1人で拗ねてないかにゃ……)
気になって仕方なかった。チカも真理恵も仲良くやっているだろうか。同じ釜の飯を食った仲だ。多少の情が湧く。
(死神猫は気まぐれなのにゃ。これは寂しいとは違うにゃん)
どうしてだろう。
冥界で好きに生きていた時とは違う気持ちがファウストには芽生えていた。幸せそうに【ベアの助仮面】を母親と観ているゆうまを見て、少しだけ。ほんの少しだけ嫉妬する死神猫であった。
(タカシが戻って来ていいって言ったにゃん。これは戻って来いって言う危険信号にゃ)
無理やり理由をつけてファウストは、皿を咥えて、タカシの住むアパートまで移動した。




