パイポパイポと唱えてにゃー!
「にゃにゃあーにゃいんにゃいんにゃあにゃあ」
(新入り、会議の時はパイポパイポの技で話すんだ)
パイポパイポの技。
死神猫が扱えるコミュニケーション術。猫語で話さなくても、以心伝心出来る技。つまりここからは、死神猫たちがテレパシーで会話をすることになる。改めて、ファウストは自己紹介して、【ジュゲムの集い】に参加した。
みんなの視線がリーダーのシューリンガンに集まる。
「人間界には死にたい奴が沢山いることが分かった。孤独だとか会社に行くのが面倒くさいだとか、失恋だとか……様々にある。中には深刻な奴もいるが、俺様たちの任務は、その初期段階を食い止める事。プチストレスが重なって人は重症化するもんだ。何が一番いいか。安い言葉じゃない。物理的な癒しだ。俺様たちの武器は何かを言ってみろ、ポンポコピー」
「可愛さと気高さと、愛くるしさだよー」
シューリンガンの問いにそう答えるポンポコピー。ファウストは、「ほぅ」と頷きながら、演説のような彼の語りを聴いていた。お次はグイーリンダイの近況報告。
「みなさまごきげんよう。現在確認できている情報は3件です。愛妻のお気に入りの服を間違って洗濯してしまい、口を利いてくれなくなった夫の話。イチ推しの俳優が立つ舞台チケットに当選しなくて酷く悲しんでいる女性の話。そして、自分の体重でお気に入りのオモチャを壊した幼稚園児の話です」
ファウストは脳内で情報をまとめた。些細なことから愛妻から無視されている夫の話。イチ推し俳優が観られなくて悲しんでいる女性の話。お気に入りのオモチャを壊してしまった園児の話……。
どれもファウストにとっては重要ではないと感じたが、シューリンガンが言うように、小さなストレスが重なって、人は衝動的なことをしてしまうのかもしれない。
「この案件を癒したい奴は居るか!」
シューリンガンが言うと、次々我先にと手を挙げる、死神猫たち。何だか就職斡旋場みたいである。こんなにガツガツした集いだったとは思わなかったファウストは、少し引いてしまった。咥えていた皿を地面に置いて、そろりそろり手を挙げて参加してみる。
「あら、あなたも応募するのですね」
グイーリンダイが尻尾をフサフサと左右に揺らして言う。
「それじゃあゲームするよー♪」
ポンポコピーがシズコの家の襖を破かない程度にカリカリ3回搔いた。開かれた襖の先には、にっこりと微笑んだシズコが、「はいはい」とわかったように、小柄な容器に入った魚の形をした石を3つ用意して待っている。
「では、ファウストさんにもわかりやすく説明しましょう。ルールは簡単です。シズコが石を投げますので、拾って彼女に渡してください。先着順で、このグイーリンダイが先ほどの情報先へのアクセスをお教えします」
なるほど。簡単だ。
要は石を拾って婆さんに渡せばいい。それだけ。ファウストには特にあの中の、誰を癒したいとかは無かったが、どうせならタカシみたいな美味しい食べ物をくれる人と出会いたいものだ。そう思っていた。
「そぉれ、拾っといでー」
シズコなりのサービスなのか、石は新入りのファウストの所へと、集中して投げられた。1つだけ拾おうとすると、沢山の死神猫が勢いよく重なるように飛び掛かってくる。
「わぁああああ!?」
たちまちファウストはモフモフの渦に飲まれてしまった。石が何処にあるのかよりも、まず苦しい。抜け出さなくては。ファウストは瞬間移動で浮遊して、上から揉みくちゃになっている様子を見た。
(これは……無理だにゃ)
諦めかけたとき、1つの石が群れの中からファウストの方へと飛んできた。ラッキー。他の死神猫は全く気付いていない。そのままキャッチしてシズコの所へと、バレないようにこっそり運んでいった。
「おやおや、ファウストちゃんが一番乗りだねぇ~」
シズコの言葉に、ギロリと目を光らせる死神猫たち。まるで「抜け駆けしたな」とでも言うかのような視線だった。
シューリンガンたちが、ファウストをはじめ石を拾った死神猫を呼ぶ。シズコはその様子を見ると、微笑みながら襖をそっと閉めた。
「まずはファウスト。お前は3つの案件のうちどれを癒しに行きたい?」
「えーと……」
困ってしまった。
石を拾ったのはいいものの、特に興味のある案件は、ファウストには無かった。どうしてか始まるグイーリンダイの謎のカウントダウン。焦るファウスト。偶然ポンポコピーの腹の虫が3回鳴った。
「……み、3つ目の案件がいいです!」
条件反射で、ポンポコピーの腹音の数で決めてしまった。3つ目の案件――お気に入りのオモチャを壊した園児を癒しに行くこと。そうと決まれば、早速。グイーリンダイのエメラルドの瞳で情報が交わされる。
高田ゆうま。5歳。身長105㎝。体重17㎏。口癖「ちね」。自分の思うようにいかないと癇癪を起す。戦隊もののテレビが好きで、よく見ている。
幼稚園では、他人に尖った物を投げつけるなど、問題児扱いされている。両親ともに会社勤めで、お迎えが遅い。その事に関して、寂しい気持ちがある。
唯一の友達であったヒーローのオモチャ【ベアの助仮面】を壊してしまったことによって、深い失望感にあふれており、現在進行形で食べ物摂取拒否中。本人に餓死する意図があるかは不明である。
「バカにゃぁー」
「まだ幼いですから仕方のない事です」
グイーリンダイは、続けて、ゆうまの部屋までのアクセスを教えてくれた。非常にくだらないが、これも死神猫の仕事。タカシからもらった皿を咥えてファウストは、ゆうまの部屋まで移動した。そこには、沢山のヒーローのフィギュアが飾ってあった。




