323.hallucination halation
気まずい空気が流れていた。
街を歩くミサキとフランには少し距離がある。
物理的にも、精神的にも。
「…………」
「……………………」
フランの『自分がいなくなったら寂しいか』という問いに『大丈夫』と答えたせいでこうなってしまったのは反省するところだが、それでもミサキは本音を吐くわけにはいかなかった。
この子を引き留めるような真似はできない。
そんなすれ違いが続く中で街のメインストリートを歩いていると、向こうから巫女服っぽい装備に身を包んだ少女がやってきた。
「スズリ!」
「ミサキにフランか。探していたんだ」
無数の刃を同時に操る剣士はたおやかに笑う。
正直、息が詰まりそうだったから人に会えて良かった――とミサキは良くない安堵を得ていた。
「今日でお別れだな。フラン、剣についていろいろお世話になった。ありがとう」
「こちらこそ。大活躍だったみたいね、最強の剣士さん?」
「言い過ぎだよ。私よりもっと……いや、やめておこう。あのクルエドロップにも勝てたのだから謙遜は嫌味だな」
フランの言う通り、このゲームの剣士においてスズリの右に出るものはいないだろう。
スペシャルクラス『極剣』の名の通り、おそらく彼女は剣士において頂点に立っている。
「時間が許してくれるならもう一度戦ってみたかったな。スズリと」
「私もだ。それで……その」
スズリの雰囲気が変わる。
鋭い剣のような空気が一点柔らかくなったように感じた。
「ミサキ。私、あなたに会えて良かった。あ……あなたが私の”スズリ”を認めてくれたから立っていられた。ここまで強くなれた。二人のために戦えた」
「スズリ……」
凛とした剣士というロールをしていたスズリは、そんな自分が偽りだと思い悩んでいた。
そんな彼女がミサキと出会い、自分の中から生まれ出た人格もまた自分だと肯定してもらった。
あれが無ければ今頃どうなっていただろう、とスズリは想う。
おそらく早々にこのゲームを辞めてしまっていたかもしれない。
「だから……あ、ありがとうね、ミサキ」
「わたしこそありがとう、スズリ。君が味方でいてくれるだけで、本当に頼もしかった」
ミサキのほうこそ、彼女がいなければどうなっていたかという感じだ。
「……むしろ貰いすぎかなあ」
「そんなことないよ。私こそまだまだ返しきれてない」
「じゃあイーブンかな?」
そんなやりとりをしながら笑い合っている中、ふとスズリがミサキとフランを見比べた。
いきなりどうしたんだろうと思っていると――――
「もしかして喧嘩でもしたか?」
「えっ!? いやー……そんな」
「喧嘩じゃないわよ」
すぱっと切り返すフランに鼻白むスズリ。
そんな妙な空気にミサキは情けなくうろたえることしかできなかった。
やっぱり端から見てわかるものなのか。特にスズリはこのゲームで出会った中では付き合いが長い。
「そうなのか?」
「ええ。心配しないで」
「ならいいんだが……そうだ、そろそろギルドハウスに行かなければ。元気でな、二人とも」
スズリはそう言って去って行った。
目的地はミサキたちも訪れた『ユグドラシル』だろう。スズリはあそこのギルドメンバーなのだ。
二人残されたことで、またも気まずい空気が流れ出す。
「えっと……行こうか」
「ええ。次はどこ行くの?」
「海岸。誰もいないかもしれないけど、いい?」
フランは衒いなく頷いた。
その様子には不機嫌なところはもう見受けられない。
もしかしたら、気にしているのは自分だけなのだろうか――とミサキは頭を悩ませながらも歩き出すのだった。
曇り気味の空の下、波の音が響く。
海岸をぐるりと見渡したミサキは寄り添う大小二つの人影を発見した。
「フラン、ごめん。ちょっと行ってくる」
申し訳なさそうなミサキに、フランは言葉にせず手を緩く振る。
行って来なさいという意志表示だと受け取ったミサキは砂浜へと続く階段を降りていく。
その音に気付いたのか、それとも偶然こちらを見たからか。小さいほうの人影がこちらを指さして、傍らの誰かに伝えているようだ――その大きい方の人影は溜め息をついているようだったが。
「シオちゃん。それに……エルダ」
「ミサキさん! お久しぶりです」
溌剌と笑う少女、シオに同じ表情を返す。
しかしもう一人……エルダは頑なにこちらを見ようとしなかった。
らしいなあ、と内心で苦笑しつつ、
「エルダ、元気になったんだね」
「はいっ! 実はけっこう時間がかかっちゃって、リハビリにも苦労してたみたいなんですけど、つい一週間ほど前に退院して」
「一緒にいる所を見ると仲直りできたってことでいいのかな?」
ミサキの問いに、シオは満面の笑みで頷いた。
本当に嬉しそうだ。ミサキが知らないところで、いろいろなやりとりがあったのだろう。
エルダは頑固だから、その心を和らげるのには相当な苦労があったことが窺える。
「で、ご本人さまはなーんでさっきから黙ってるの?」
「ミサキさんと顔を合わせるのが恥ずかしいらしいですよ?」
「言うんじゃねえよ!」
振り向いて激昂するエルダは顔を真っ赤に染めていた。
マリスに浸食されていない彼女を目の当たりにするのは随分と久々のような気がして思いのほかほっとする。
あの姿が自覚のないままにトラウマになっていたのかもしれない。
「あー……えっと、さ。元気だった?」
「……元気だからここにいるんだろ」
「そ、そうだよね。その……あはは」
「なんで二人してもじもじしてるのですかっ!」
年上二人が年下の子に怒られてますます目が合わせられなくなってしまう。
面と向かって話すのは難しい。なぜなら最後に戦ったあと、お互いの気持ちをさらけ出し合ったからだ。
普段なら絶対に言わなかったようなことまで吐き出しつくし、そしてそのまま別れて今に至る。
つまり話すことは無いし、実のところ顔を合わせるのも面映ゆいものがある。
「いやほら、ねえ?」
「……なあ?」
「そこで通じ合うのですか……」
まずい。シオに呆れられている。
危機感を覚えたミサキはごほんと空咳を落とした。
「え、エルダ! えっと……また会おうね」
「ま、またって……どこでだよ」
「それはほら、別のゲームとか、良かったらリアルとかでも」
再びもじもじを始めるミサキに、エルダは呆れたように――しかし大人っぽく笑いながら頭の上に手を置くと歩き去っていく。
「気が向いたらな」
その跡をシオも追う。
しかしすぐに立ち止まり、振り返った。
「ミサキさん、本当にありがとうございます! あなたは私のヒーローでした!」
「こっちこそありがとう。シオちゃんも元気で」
手を振りつつエルダを追いかけるシオを眺めながら、聞こえないようにもうひとつ呟きを落とす。
「…………本当に、こっちこそなんだよ」
ヒーローだというのなら、自分をヒーローにしてくれたのはシオだ。
この世界で初めて出会ったのはシオだった。
あの時あの子に出会ったから……そして話を聞いたから、たくさんの縁ができた。
本当にどこで何が繋がるかわからない。
「終わった?」
「うん。待っててくれてありがと」
「構わないわ」
次がおそらく最後。
さて、あの後輩はどこにいるのだろうか。
と、適当に街をぶらついていると。
「せんぱーーーーー」
「おっと」
とっさに身を躱すと後ろから抱き着いて来ようとしたらしきピンク一色の魔法少女が転びかける。
「な、なんで寸前で避けるんですか! こーんなに可愛い後輩がじゃれついて来てるというのに」
「いやなんか身の危険を感じて……」
ぷんすか怒っているのはラブリカ。
リアルでは神谷の学校の後輩でもある少女だ。
「あなたも来てたのね」
「あ、フランさん。今日発つんですよね」
「そうよ。元気でね」
「そちらこそ。風邪とか引かないようにしてください」
初対面からは考えられないくらい気の置けないやりとりをしていて、ミサキは無性に感慨深い気持ちになった。
何だかんだ仲良しに落ち着いたものだ。
「私から言うことはもうあまりないんですが……せんぱい」
こそっと耳元に唇を寄せ、囁いてくる。
「準備できてますけど……この様子だとまだ伝えてないんですか」
「いやあちょっとタイミングが……」
「なにチキってるんですか! 最後なんですから気合い入れてください!」
ぺちん、と背中まで叩かれてしまう。
そんな様子をきょとんと見つめていたフランに何でもないと手をぶんぶん振ると、ラブリカは素知らぬ顔でミサキから離れた。
「それでは私はこの辺で! また会いましょう! あ、先輩愛してまーーーーす!」
まーす、まーす、まーす……と街中に恥ずかしいエコーを響かせてラブリカは走り去っていく。
顔が熱くなるのを感じるが、文句を言いたくても姿が見えなくなってしまった。
「最後まで変な子ね……なに話してたの?」
「いや、まあ……」
何でもいいけど、と呟きフランもまた歩き出す。
もうあいさつ周りも終わりだ。
この世界との別れが刻一刻と迫っていた。
陽が傾き始めたころ、二人はアトリエに戻って来た。
「ふう、さすがに疲れたわね」
「いろいろ周ったもんね」
取り留めも、中身も無い会話。
ただ時間を引き延ばそうとしている、それだけのやりとり。
これも、もしかしたら最後かもしれないと思うと無性に愛おしくなる。
そしてもっとこれまでの時間を大切にしておけば良かったという後悔も湧く。
「さてと」
フランは懐からタブレット型のアイテムを取り出した。
《タブラ・スマラグディナ》。別の世界へ渡る力を持つアイテム。
これを使い、フランはこれからこことは違うどこかへと旅立つ。
旅立ってしまう。
「これでお別れね」
夕日を背にしたフランが囁くような声音で言う。
逆光で顔が良く見えない。しかし、きっと笑っているのだろうなと思った。
その姿は言葉にできないほど儚く、そして胸を締め付けるほどに手放し難い。
しかし、留めてはおけない。
彼女には彼女の人生があり、目指す場所がある。
ただ、それでもせめて。
「待って、フラン」
「なあに?」
「最後の依頼を……ううん、わたしのお願いを聞いてほしい」
ぎゅっと唇を引き結び、まっすぐに錬金術士を見つめる。
太陽が少しずつ傾いていく。逆光が弱まり、その表情が……驚きと、少しばかりの喜びを帯びたフランの顔が良く見えた。
「うん、いいわ。聞いてあげる」
「…………最後のお願いは、わたしと……戦ってほしい」
この世界においてこれ以上のコミュニケーションは無い。
お互いの全てをぶつけ合い、心を通わせる。
そんな懇願に――フランは果たして頷いた。




