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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第三章 いろんなプレイヤー、いろんなわたしたち
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31.船頭ふたり、指さす航路は別たれて


 エルダがミサキとの決闘の約束を取り付けたのは、普段よりひときわ寒い、師走の日のことだった。

  

「アタシ、戦ってくるよ。決着付ける」


 ログインしてくるシオを待ち受けていたエルダは開口一番そう言った。

 いつもとは少し違う、晴れ晴れとした表情で。


 シオは、すぐに口を開けなかった。

 目の周りが熱くなって、喉が詰まって、誤魔化すように大きく息を吸い込むと、笑ってしまいそうなくらいに胸が震えた。


「がん……がんばって、くださいね」


 詰まった息を誤魔化すように、最初の音を繰り返して言い切る。

 不自然になってしまったと思う。エルダも、少し怪訝な顔でシオのつむじを見下ろしている。

 

 去っていくエルダの背中を見送ると、詰めた息が一斉に吐きだされた。

 緊張していた? どうして?


 さっきエルダと顔を合わせてから、なぜか脳裏に浮かぶのはこのゲームでの彼女との日々だった。

 決して長くはない、しかし確かな時間が二人の間に横たわっていた。

 

 強くなることを目指していたエルダと一緒にいたこともあり、二人が過ごしたのは戦いの日々だ。

 最初は不慣れなシオだったが、だんだんと慣れて来て楽しさを見出すまでにはなっていた。

 もしかしたら自分もトーナメントに出たり、ランキングを上げたりするようになるのかも……などと想像していて、それは以前の自分からは考えられないことだったか、でも嫌ではなかった。


 だが、今はその未来がおぼろげで、霧に包まれたようだった。

 ぱちぱちと瞬きをしても、そのビジョンが鮮明になることはない。


 いくばくもしないうちにその時はやがて来る。

 ミサキが勝つにしても、エルダが勝つにしても、決着の時はすぐそこにそびえ立ち、シオを睥睨している。

 エルダが望んでいたことだ。シオ自身も、内心で応援していた。そのはずだった。

 

 なのに今は――逃げ出したい、なんて思っているのだ。





 エルダについてミサキが知っていることは極めて少ない。

 どういう肩書きで、どういうプレイをしてきたのかということくらいしか知らない。

 シオに出会い、エルダに挑戦状を叩き付け、戦った。それだけだ。


 人となりを知る機会は無かったし、これからもあるのかはわからない。

 大昔の少年漫画みたいに、拳を交わせば友達! みたいな価値観でもない。

 しかしどういう経緯かシオが仲良くしているらしく、それなら問題ないだろうと手放しにしているだけだ。

 

 彼女が悪人ではないというのは、戦った時にもう気づいてはいた。

 だから楽しく戦えたし、また戦いたいと思っていた。

 

 そして今回はミサキが挑戦を受ける番だ。

 少しだけ楽しみだ。あれからどれだけ強くなっているのか――彼女も、自分も。

 ゲームは楽しくあるべきだとミサキは考えていて、今のところ一番楽しく戦えるのはエルダだと確信している。

 やはり実力の近い者同士でぶつかるのが最高に面白い。


「…………今回も攻略させてもらうからね」 


 ひとりきりの控室で、ミサキは静かに呟いた。





 幸い、緊張はしていないようだった。

 

「ふう…………」


 別の控室でエルダは佇んでいる。

 対策は練った。レベルも上げた。これまでずっと、ミサキに勝つためにこのゲームをやってきた。

 必ず勝てる――いや、


「勝つ」


 口に出すことで意思を確固たるものにする。自らの意志を再確認する。

 やるべきことはやった。スペシャルクラスという、望外の成長もあった。

 あとは倒すだけだ。


 そういえば、と思考が別の場所に向かう。

 シオは見に来てくれているだろうか。あのダンジョンで再会してからずっと一緒にいた、あの子。

 脅迫まがいのことを言われはしたが、こちらを強制したり縛り付けたりするようなことはなく(子どもらしいわがままを言うことはたまにあったが)、ただ普通の友達みたいに過ごした。

 ミサキ対策の特訓にも付き合ってくれたり、協力も惜しまずしてくれた。


 教師と生徒というリアルの立場を忘れて楽しんでしまった――そう、楽しかったのだ。

 ゲームの中でこんな関係を築けるなんて思いもしなかった。

 この戦いが終わったら、お礼のひとつでも言いたい。なにかおごってやるのも悪くないかもしれない。それが現実か、それともバーチャルでのことかはまだわからないが。


 そのためにはまず目の前の戦いに集中しなければ。

 ぱしっ、と両手で頬を叩き立ち上がった。もう間もなくその時が来る。








 アリーナには大勢の観客が詰めかけている。

 元PKギルドのリーダーのエルダと元無名プレイヤーのミサキの対戦カード――以前このアリーナを湧かせたバトルの再演はプレイヤーたちの口から口へと伝わり、この舞台に彼らを呼び寄せた。

 ちなみに噂の発生源は、やはりというかもちろんと言うべきか、フランである。商売のチャンスは逃さない。


 そして……シオもまた、迷った末にこの場所に来ていた。片方の手でもう片方を包み、アリーナの中心を見つめている。


 様々な思いが漂う中、しばらくざわめいていた観客席がひときわ大きくどよめく。

 バトルフィールドに光の渦が二つ立ち昇ったのだ。

 その片方から、最初に現れたのはミサキだ。


「あれ、あの子前となんか違くね? 見たことない装備付けてる」

「ばっかお前知らねえのかよ。すっげえスポンサーがついたらしいぜ」


 少し離れた席から聞こえたその声に、フランは嬉しそうに軽くふんぞり返った。

 あの子を強くしたのはあたし――そう言わんばかりの表情で。

 ミサキの装着しているグローブ《アズール・コスモス》や足甲プリズム・ホワイトはフランが調合したものである。


 もう片方の光の渦からはエルダが現れた。

 右手には高品質のカトラス、左手には幽鬼のワイルドハント

 スペシャルクラスの海賊へとクラスチェンジした彼女の、初陣とも言える舞台だ。


「うお、久しぶりに見たな」

「たまーに目撃情報があったりしたけど、公式戦に出てくるのはいつぶりだろうな……」


 フィールドに立つエルダはきょろきょろと観客席を少し見回したかと思うとシオの姿を見つける。

 視線がぶつかり、そこでシオは固まった。目が離せなくなった。


 エルダは手を振るわけでもなく、ただ黙って頷いた。


「――――――――あ」

 

 その瞬間、わかった。

 わかってしまった。

 シオはどうして自分がこの戦いの時を拒んでいたのか、どうしてずっと焦燥感に包まれていたのかを理解してしまった。


 エルダはずっとミサキに勝つためこのゲームに勤しんできた。

 それ以外の理由は今まで見つけられなかった、とも話していた。


 つまりそれは――ミサキに勝てば、このゲームをやめてしまうということになるのではないだろうか。


 そうなれば『エルダ』という存在はいなくなる。

 シオの、初めてとも言える友達が消えてしまう。

 リアルでは確かに会えるだろう。ただそれは『エルダ』ではない。バーチャルと同じようには接することができない。だってリアルの彼女は教師の海堂香澄でしかなく、自分は生徒の花菱織衣でしかないから。関係を育んできたのはあくまでもエルダとシオの二人だから。


 だから彼女がゲームをやめればそれきりだろう。そこを飛び越える胆力は、花菱織衣にはない。

 きっと内心では気づいていて、それにずっと気づかないふりをしていた。

 

 ――――だって「勝たないで」なんて、言えない。


 あんなに頑張っていたエルダに、そんなことは口が裂けても言えなかった。

 それがわかっていたから心の奥底に押し沈めていた。

 

「どうして」


 どうして今気づいてしまったのだろう。

 本当は応援したかった。助けてくれたミサキよりも、共に過ごしたエルダへと、声が枯れるくらいに声援を送りたかった。

 だからここに来たのだ。


 なのに、ここに来て、エルダの姿を見て、目を合わせて、その瞬間わかってしまった。


 結局のところ、彼女に甘えていたのだろう。

 秘密を握っている自分に優位性があって、だから一緒にいて、子どもじみたわがままも聞かせた。

 それが何より楽しくて、そんな時間がずっと続けばいいと思っていた。


 それがもうすぐ終わるというところまで来て、ようやく気付いた。

 もう止めることはできない。

 決着の時まであと少しだ。


 失意の中、シオはひたすらに俯き、罰を受ける罪人のようにその時を待つ。


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